薔薇屋敷のお茶会(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「何故ここに……!」
 その女性を認めると、ダークは椅子を蹴散らすように乱暴に立ち上がった。
「何故ではないでしょう! あなたが女を連れ込んだと聞いて、急いでやって来たのよ。一体どういうことなのか、ちゃんとわかるように説明してくれるわよね!?」
 ダークのもとまでやってくると、女性は非難するように詰め寄る。
 ダークはあからさまに面倒くさそうに顔をゆがめた。
 そして、ふうとひとつため息をつく。
「違うよ。マリーベルさんは、僕の恩人だよ」
 女性をさりげなく引き離しながら、ダークは不機嫌に言い放った。
 すると女性は、マリーベルの名に大きく反応し、ばっと振り返った。
 そこにたしかにマリーベルの存在を確認すると、ぱっと顔をはなやがせる。
 そして、あっけにとられ見ているマリーベルに、ずいっと詰め寄る。
「やっぱり、マリーベルさん! わたし、わたしです、メロディ・ジョエル。昨夜、あなたに助けていただいた……!」
 女性は先ほどまであれほど怒っていたはずなのに、今は目をきらきら輝かせ嬉しそうにマリーベルに迫っている。
 胸の前で両手を組み、うっとりマリーベルを見つめる。
 たしかに、この女性は、昨夜マリーベルが助けた吸血鬼に襲われた女性、メロディ・ジョエル。
 まさかこのような場所で再会するなど思っていないので、マリーベルはそちらにも驚いていた。
 それにしても、この変わりよう、勢いは何だろうか。
 メロディの目は、まるで憧れの王子様でも見るかのように、マリーベルを見ている。
「ええ、覚えているわ。よかったわ、大丈夫なようね?」
 マリーベルは気おされつつも、平静を装いにっこり笑って返す。
 昨日の今日で、よくここまで回復したものだと、そこに感心する。
 普通、吸血鬼に襲われ一命をとりとめた者が、次の日にここまで回復することなど考えられない。最低一週間ほどは寝込むだろう。
 たしかに、ダグラス家の聖水をもってすれば、普通よりも早く回復するけれど、それにしたって……。
 なんという脅威的な回復力なのだろう。
 もしかして、思いのほか、吸血鬼に血を吸われていなかったのかもしれない。
 それならばそれで、不幸中の幸い、喜ばしいことだろう。
「もちろんです! 本当に昨夜はありがとうございました。おかげで今はこの通り! 助言に従い、先ほど聖職者の清めも受けてきました」
 メロディはマリーベルの手を両手でとり、がっちりにぎりしめる。
 マリーベルはやはり気おされつつも、安堵したようににっこり笑った。
 ひっかかるところはあるけれど、メロディが回復することが何よりだろう。
 そのやりとりを見ていたダークが、おずおずとマリーベルに声をかける。
「マ、マリーベルさん、もしかして、メロディとお知り合いだったのですか?」
「え、ええ」
 すっと顔だけダークに向け、マリーベルはこくんとうなずく。
 すると、その前に身を乗り出し、メロディは自慢げに語りだす。
「そうよ。昨夜、マリーベルさんに助けてもらったの。わたし、昨夜のパーティーで吸血鬼に襲われたのよ。その時にね、マリーベルさんが助けてくれたの。でも本当、びっくりしたわ。まさか、マリーベルさんがあのダグラス家の方だなんて……!」
「え……!?」
 ダークが険しい顔で叫んだ。
 がたんと、円卓が鳴る。
 それから、うかがうように、恐る恐るマリーベルを見る。
「もしかして、それでは、昨夜僕とぶつかった時、マリーベルさんが追っていたというのは……」
 マリーベルはへらっと誤魔化すように愛想笑いをする。
 せっかく黙っていたのに、マリーベルがヴァンパイア・ハンターだとあっさりばれてしまったよう。
 まあ、メロディのあの説明から、そう導き出すのは自然の流れだろうけれど。
 こうなってしまっては、もう黙っているのも誤魔化すのも無駄だろう。
「実はそうなの。でも、気にしないでね。これはわたしのミスだから」
「しかし……っ!」
 ダークは上体をずいっと突き出し、青い顔でマリーベルを見つめる。
 なんて大変なことをしでかしてしまったのだろうかと、ダークは自分で自分を責めているようにも見える。
 マリーベルはふるふると首をふり苦笑する。
 どちらにしても、たとえあそこでダークとぶつかっていなかったとしても、果たしてマリーベルは吸血鬼を捕えることができていたかもわからない。
 危険な吸血鬼のようだから早く捕えるにこしたことはないけれど、だからといって焦っても仕方がない。相手の動向がよくわからないうちから深入りするのは危険。
 なので、昨夜はあれはあれでよかったのだと、そうむりやり思い込む。
 機会はまたすぐにめぐってくるだろう。その時こそ、きっちり捕まえればいい。
 それまでに、新たな犠牲者がでないことだけを願う。
「でも、女と聞いてびっくりしたけれど、マリーベルさんならいいわ。それに、ダークの恩人でもあるようですし? ……くすっ。わたしたちって、二人そろってマリーベルさんにお世話になったのね」
 たちこめてしまった重い空気を払拭するように、メロディがあっけらかんと言い放った。
 楽しげにくすくす笑い出す。
 マリーベルは肩をすくめ、ふうと小さく息をはきだした。
 そして、マリーベルも気を取り直し、何事もなかったように振る舞う。
「あ、そうそう。ねえ、あなた方二人の関係って?」
 ぽんと手をたたき、マリーベルはにやにや笑う。
 すると、メロディがぽっと頬をそめ、照れたふうに答える。
「……今のところ、恋人といったところかしら? ねえ、ダーク?」
「え? あ、ああ……」
 くねくね体をくねらせ嬉しそうに答えるメロディとは違い、ダークはどこか上の空でつぶやいた。
「んもう、ダークったら。いつもこうなのだから。いい加減にしてよね、それじゃあまるで、わたしが一人で浮かれているみたいじゃない」
 メロディはぷんぷん怒ってみせる。
 けれど、ダークはそれに何かを答えようとはせず、苦笑するだけだった。
 マリーベルは、二人のどこかかみ合わないその様子を、なんとなく釈然としないといったふうにぼんやり見ている。
 メロディの口ぶりでは、結婚も視野に入れたつき合いのようにとれるのに、一方ダークはまったく興味がなさそうに見える。
 けれど、恋人ということは否定しない辺りから、それは確からしい。
 もしかしたら、あまりうまくいっていないとか?と、余計なお世話なことまで考えてしまう。
 まあ、しかし、男女の仲とは他人にはわからないものだし、照れているだけという可能性もあるし、これはこれできっとうまくいっているのだろう。
 一時間ほど前に決まったことをこうも早く聞きつけ、やって来るくらいだから。
 きっと、メロディが、ちょっぴりやきもちやきやさんなだけだろう。
 そう納得した時だった。
 マリーベルの視界が突然、大きくぐらりとゆれた。
 マリーベルの視界というよりはむしろ、マリーベル自身が大きく揺れている。
 目の前がぐらぐらゆれ、白くかすむ。
 マリーベルの異変に気づいたダークが、慌てて声をかけた。
「マリーベルさん? どうなさったのですか?」
 メロディもその言葉で異変に気づいたようで、不思議そうにマリーベルに声をかける。
「マリーベルさん、気分でも……?」
 しかし、その時にはもう、マリーベルの耳にはほどんどその言葉は聞こえていなかった。マリーベルの目には、ほとんどその姿は見えていなかった。
「マリーベルさん!!」
 二人が叫び慌てて駆け寄る様子が、マリーベルの意識の遠くで聞こえ、見えていた。
 ぷつりと、意識が途切れる。


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