特別な存在(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「ねえ、ダーク。あなた、一体何をしたの!?」
 カーテンがきっちり閉められ、昼の陽光がさえぎられたその部屋で、メロディは非難するように声を荒げ問いかけた。
 メロディの前には、意識を失いベッドに横たわるマリーベルがいる。
 あの後、マリーベルが倒れた後、どこからともなく現れた使用人によって、マリーベルはこの部屋に運ばれてきた。
 その後を、メロディが慌てて追ってきた。
 ダークは無表情で、マリーベルに寄り添うようにベッド横にいるメロディを乱暴に突き飛ばす。
 メロディは床に倒れこみ、愕然としたようにダークを見つめる。
「何って、人聞きが悪い。ただちょっと……睡眠薬を飲ませただけだよ」
「な……っ! あなたって人は……!!」
 事もなげに答えるダークに、メロディはかっと顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
 睡眠薬を飲ませただけなど、そのように簡単に済ませられることではない。
 睡眠薬を飲ませるというその行為自体、何か裏によくないことがあると言っているようなもの。
 ここにメロディがいるから本当に、とりあえずはそれだけで済んでいるけれど、もしここにメロディがいなかったら……。考えるだけで恐ろしい。
「別に不思議じゃないだろう?」
 にらみつけるメロディを、ダークは蔑むように見下ろす。
「不思議じゃないって……」
「それより、君、もう来ないでくれないかな?」
 さっとメロディに背を向け、ダークは眠るマリーベルの頬にそっと手を触れる。
「ひどい……! あなた、マリーベルさんをどうするつもりなのよ!?」
 倒れた時にどこか痛めたのだろうか、メロディは辛そうに起き上がりながらダークを怒鳴りつける。
 ダークはうるさそうに顔をしかめた。
 それから、マリーベルの顔にそっと顔を寄せる。
 ダークの吐息がかかり、マリーベルの髪がわずかに揺れる。
「決まっているだろう? 睡眠薬を飲ませてすることと言えば……」
 そうつぶやくと、ダークは陰湿な笑みを浮かべた。
 メロディの体がびくりと震えたじろぎ、後ずさる。
 顔からさあと血の気が失せ、ごくりとのどが鳴る。
「あなた、おかしいのじゃない? こんなことをして、一体何になるというのよ?」
「君に話す必要などない。わかったらさっさと消えてくれ。うっとうしい」
 メロディを憎らしげににらみつけ、ダークは冷たく言い放つ。
 マリーベルの頬を指でつつうとなぞるようになで、髪にそっと口づける。
 メロディの顔は、恐怖の青と怒りの赤に染まっていく。
 どちらの感情が勝っているのか、それともどちらもが負けているのか、複雑に顔をゆがめている。
「どうして……!? あなた、変よ! そんな人じゃなかった……!」
「くすっ。何を言っているのかわからないな。僕はもとからこうだよ?」
 ダークは陰気を帯びた笑みを唇にのせ、くすくす笑い出す。
 それからすっと笑いをやめ、蔑むようにちらりとメロディに視線を流す。
「まったく、少し優しくしてやったからって、つけあがるのもたいがいにしてくれないか。僕が君程度の女をまともに相手にするとでも思ったの? 馬鹿だね」
 ダークは汚らわしそうにはき捨て、ベッド横においていたベルをとり、ちりんと鳴らした。
 すると、扉をあけ大男がやって来て、まだダークに何か言いたそうなメロディの腕を乱暴につかみ、そのまま部屋の外へ引っ張っていく。
「ど、どうして……!?」
 男にひきずられながら、メロディはダークを非難するように泣き叫ぶ。
 それから、扉はゆっくり閉められ、廊下の向こう側へメロディの泣き声が消えていった。
 すっかり汚らわしい泣き声が聞こえなくなると、ダークは再びマリーベルの寝顔に視線を落とした。
 そして、そっと首筋に唇を触れさせる。


 街はずれのリープ邸。
 空はすっかり闇を落としている。
 雲間から時折のぞく月だけが、地上を照らしている。
 今夜の月は、不気味なほどに赤い赤い色をしている。
 赤い満月が、凶兆を示唆しているようにぎらぎら輝く。
 カーテンの隙間から漏れ入る赤い月明かりのため、デュークがいるこの部屋も気味悪く染まっている。
 いらだたしげに足をゆすりソファに腰かけるデュークが、控えるジョナスを乱暴に呼びつけた。
「ジョナス!」
「何でございましょう? デュークさま」
 すっとデュークに寄り添い、ジョナスは平然と答える。
 ジョナスのその様に、デュークは理性を吹き飛ばしたように叫ぶ。
「何でございましょう?じゃないだろう! マリーベルはまだなのか!? マリーベルは……!」
 デュークはばっと立ち上がり、ジョナスの胸倉をつかむ。
 ジョナスは額にじんわり脂汗をにじませ、けれどやはり平然と答えた。
「はい、まだ……。しかし、さすがにそろそろお戻りになるのではないでしょうか」
「それにしても遅いだろう! もう夜だぞ!」
 乱暴にジョナスを払いのけ、デュークは再びソファにどっかり腰をおろす。
 マリーベルの帰宅の遅さに、いてもたってもいられないらしい。
 朝早くでかけ、お茶をしにいっただけにしては帰りが遅すぎる。
 デュークは先ほどから、立ち上がったり座ったりの繰り返しで落ち着かない。
「何よりも、お前がついていながら、何故マリーベルをあんな奴のところへ行かせた!?」
 デュークは手もとにあったクッションをとりあげ、それを窓へ向けて放り投げる。
 投げたクッションが窓に当たった拍子にカーテンがゆれ、そこから気味が悪い赤い光が入ってきた。
 それにしても、この異様なほどに赤い月はどうしたことだろうか。
 まるで、血染めの月のように見えてならない。
 これほど不気味な月は、デュークの記憶ではみたことがない。
 やはり、何かの凶兆なのだろうか?
「しかし、マリーベルさまにも何かお考えがあるようでしたので……」
「それはわかっている。マリーベルは軽はずみな行動をとったりはしない。軽はずみのように見える行動をとる時は、必ず何かを考えてのことだ。けれど、それでも無茶はさせるな!」
 相変わらず平然と答えるジョナスを、デュークは憎らしげににらみつける。
 それから、さっと顔をそらした。
 ジョナスはふうと小さく吐息をもらした。
「では、もう一度確認をとってみます。しばらくお待ちください、デュークさま」
「早くしろよ!」
 ジョナスはそう言うと、デュークの怒鳴り声を背に受け、ひとまず部屋を出て行く。
 扉を閉めると、そっとそこに背をもたれかけた。
 月明かりが差し込み、見える限りのつづく廊下もまた、赤く赤く染まっている。
「マリーベルさま……」
 ぽつりつぶやくと、ジョナスは扉から背をはなし、小走りで廊下の向こうへ消えていく。
 もちろん、ジョナスもこのような時刻になっても戻らないマリーベルを心配している。
 けれど、ジョナスも一緒になって取り乱したところで何もはじまらないので、デュークの前では冷静を装っていた。
 恐らく、デュークよりもジョナスの方が、マリーベルが戻らないことに苦しめられているだろう。
 デュークではないけれど、ジョナスもまた、どうしてあそこでマリーベルを行かせてしまったのかと悔いている。自らを責めている。
 マリーベルには何か考えがあるとわかっていても、やはりあそこでとめておくべきだった。
 もしマリーベルに何かあったら、悔いても悔やみきれない。
 マリーベルは、せっかく見つけた特別な存在。失うわけにはいかない。
 しばらくして、ジョナスの姿は再びデュークの前にあった。
「やはり、確認したところ、マリーベルさまは二時間ほど前に、ジフィー邸を立ったと連絡があったようです。あちらの馬車でこちらに送り届けたと回答がきました」
 先ほどとは違い、ジョナスは険しい顔でデュークを見つめている。
 デュークは苦々しげに唇をかむ。
「それは確かか?」
「はい、その送ったという者に確認をとりました。たしかにリープ家の門前までお送りしたと」
「何故、門までなんだ?」
「マリーベルさまが、そうお望みになられたとか」
「そうか……」
 ひとつひとつ確かめるように問うデュークに、ジョナスはたんたんと事務的に答える。
 それから、訴えるようにじっとデュークを見つめた。
「デュークさま」
「ああ、わかっている」
 デュークはジョナスを手で制すると、考え込むようにソファの背に手をかけ、頬杖をついた。
 それから、いくらもしないうちに、デュークはさっと立ち上がった。
「では、行くぞ、ジョナス」
「はい!」
 デュークがきっぱり言い放つと、ジョナスは力強くうなずいた。


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