特別な存在(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 細かな細工が施された天蓋のあるベッドで、マリーベルは眠り続けている。
 昼前に意識を失ってなお、空に月が輝く頃になっても目覚める気配はない。
 ダークが盛った薬は、それほど強いものだったのだろうか。
 マリーベルは、紅茶をふた口、スコーンをふたかけら口にしただけなのに。
「ああ、目覚めたようだね」
 うっすら目をあけたマリーベルに気づき、ベッドに腰かけずっと見つめていたダークがつぶやいた。
「……え?」
 目覚めはじめに飛び込んできたダークの姿に、マリーベルは呆然と声をもらす。
 それから、ぼんやりした頭でぼんやりと記憶をめぐらす。
 どうして、このようなことになっているのだろうか。
 薄暗い部屋の中で、ダークがマリーベルを見下ろしている。
 次の瞬間、ようやく思考が一本で結びつき、飛び起きる。
「あ、あの、わたし、一体……?」
 マリーベルは上体だけを起こしたままで、いそいそとベッドから出ようと体を動かす。
 何がどうなっているのかわからないけれど、とりあえずベッドから出た方がいいと判断した。
 マリーベルの記憶は、ダークとお茶をしていたらメロディがやってきて、そして話しているうちに視界がゆれて……そこでぷつりと切れた。
 恐らく、あの時意識を失っていたのだろうことはわかる。
 そして、意識を失ったマリーベルを、ダークがベッドに運んだのだろう。
 そこまでたどりつくと、自然、答えもでてきた。
 マリーベルははっとして、申し訳なさそうにダークを見る。
 ダークは問いかけには答えようとせず、ただじっとマリーベルを見つめている。
 薄闇の中、口元だけが妖しく浮かび上がる。
 にいと不気味に口のはしがあがった。
 その変化に気づき、マリーベルはさっとベッドから飛び出る。
 そして、視線だけを動かし、扉を探す。扉を探し当てると、そちらへ目指し、一気に駆け出そうとした。
 しかし同時に、マリーベルはダークに腕をつかまれ、その勢いのままベッドに投げ込まれた。
「きゃ……っ」
 マリーベルの体が、乱暴にベッドに沈む。
 慌てて上体を起こそうとすると、マリーベルの上に影がかかった。
 見ると、覆いかぶさるようにして、そこにダークの姿があった。
 マリーベルの両手首が、ダークの手によって、ベッドにぬいつけるようにおさえつけられる。
 ぎりっと、マリーベルをつかむダークの手に力が入る。
 マリーベルは、痛みに思わず顔をゆがめた。
「な、何の真似よ……!」
「そのままだよ」
 マリーベルが非難するように怒鳴ると、ダークは静かに答えた。
 にやりと笑うその口から、二本の牙がちらりと見えた。
 差し込む月明かりに照らされ、赤く光る。
 マリーベルの顔から、さあと血の気が引いていく。
「あ、あなた、まさか……!!」
 マリーベルが目を見開き見つめると、ダークはくすくすおかしそうに笑い出した。
「ようやく気づいたようだね。ヴァンパイア・ハンターといっても、たいしたことはないようだ」
 嘲笑うように、ダークは口のはしを上げた。
 その言葉。すなわち、ダークはヴァンパイア――?
 マリーベルは手にぎゅっと力をこめ、手首を握るダークの手を振り払おうとする。けれど、びくともしない。
 相手が男というだけでも不利なのに、さらに吸血鬼ともなれば、結果など自ずと知れてくる。獣の前の赤子同然。
 もはやそこには、マリーベルの記憶にある、のんびりとしたダークの姿はない。
「どうして……どうして、こんなことを……?」
 絶望感にさいなまれることなく、マリーベルは険しい顔でまっすぐダークをにらみつける。
 果たしてどちらなのか、マリーベルの言葉に、それともその眼差しに、ダークはおかしそうに唇をゆっくり動かす。
「決まっているだろう。邪魔だからだよ、君が、君の存在が」
 そう告げると、ダークは片手にマリーベルの両手首を持ちかえた。
 そして、あいたもう一方を、マリーベルの首へかける。
 首にかけた手に、ぐっと力をこめた。
 細く白いマリーベルの首に、ダークのするどくのびたつめが食い込む。
 マリーベルは、苦しそうに小さくうめき声をあげる。
「最後だから教えてあげよう。君は三ヶ月ほど前、吸血鬼を殺しただろう? それがここまで聞こえてきてね、吸血鬼を殺した少女というものに興味を持ったのだよ。一体、どれほどの力の持ち主か……。僕自ら確かめてやろうと思ったのさ。そして、君をおびき寄せるために、今回のことを思いついたというわけ」
 マリーベルの苦しむ姿を楽しげに見下ろしながら、ダークはじわりじわり首にかけた手に力をこめていく。
 どうやら、その口ぶりから、あのパーティ会場に現れるという吸血鬼騒動は、ダークが仕組んだことらしい。
 マリーベルは途切れがちなかすれたうめき声をあげるけれど、もはや音になるのがやっとになってきた。
 このまま首をしめ続けられては、命を落としかねない。
 ダークはそのつもりなのだろう。そのつもりで、マリーベルの首をしめているのだろう。先ほど、ダークはマリーベルの存在が邪魔だと、最後だと言っていたから。
 マリーベルは苦しみながらも、変わらずダークをにらみつける。
 しかし、そろそろ目がかすみはじめてきた。いよいよもって危ない。
「おやおや、まったく気が強いお嬢さんだね。実にその目がいい……」
 ダークはそう言うと、手の力をふとゆるめた。
 マリーベルの首には、ゆるめた手に添うようにダークの手の痕が赤くついている。
 咳き込み落ち着いたかと思うと、マリーベルは荒い息をしながら、かすれる声でダークに問いかける。
「どうして……? どうして、あなたからは吸血鬼の気が感じられなかったの? 今はこんなにぷんぷん臭うのに」
 ダークはおやと口を動かすと、くっと小さく笑った。
 それから、にたりと笑みを浮かべ、いやらしくマリーベルを見下ろす。
「それはそうだよ、僕ほどの高位の吸血鬼ともなるとね、気の調節くらいたいしたことじゃない。本当、面白かったよ、君がまんまと騙されていく様はね」
 あはははと声を出し、ダークは楽しげに笑う。
 自分が仕組んだ罠に見事にはまっていくマリーベルが、それほど愉快だったのだろう。
 ぴたりと笑いがとまると、ダークの目が妖しくぎらりと輝いた。
「さあ、どうして殺してあげようかな?」
 ダークは楽しげにマリーベルを見ながら、舌なめずりをする。
「それだけで……それだけで、本当に? 他に何かあるでしょう?」
「おやおや、何故そう思う? それだけだよ。高貴な吸血鬼が、やすやす人間風情にやられるはずがない。どれほどの力があるのか見てみようと思ったが、所詮この程度。期待はずれだよ。もう少し楽しませてくれると思ったのだけれどね?」
 ダークはすうと表情を強張らせ、いまいましげにはき捨てる。
 つつつうと、マリーベルの首筋に沿わせ、指を動かしていく。
 ぞくりと、マリーベルの体中に恐怖と嫌悪がはしる。


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