特別な存在(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「いや……しかし、ひとつだけ驚いたことがあったね。マリーベル、君、メロディを助けただろう。普通ならば、あの程度の傷害を与えておけば死ぬはずなのに。せっかくちょうどいい機会だから、あのわずらわしい女を始末しようと思ったのに、まったく余計なことをしてくれたものだよね」
 ダークはマリーベルの首筋にすっと顔を寄せ、そこで汚らわしそうにつぶやく。
 ひんやりしたダークの吐息が、マリーベルの首をなぞり広がっていく。
 びくんと、マリーベルの体がおぞましさにはねた。
「始末!? あなたたちって、恋人同士なのじゃあ……!」
 しかし、懸命に自らを奮い立たせ、マリーベルはなおも食い下がっていく。
 ダークになど、吸血鬼になど、負けるつもりはない。
 ヴァンパイア・ハンターのはしくれ、最後まであきらめる気も、屈する気もない。
 それが、ヴァンパイア・ハンターとしての、いや、マリーベルの誇り(プライド)
 ダークは驚いたようにマリーベルを見て、そして馬鹿にするようにくすくす笑う。
「本当、君は単純だね。そのようなことがあるわけないだろう。あの女が言い寄ってきただけだ。そして、適当にあしらっていたら勝手に勘違いをしたまでだよ。はっきり言って、迷惑この上ないね」
 ダークはいまいましげにはき捨てた。
「ひどい、どうして……っ? メロディの気持ちはあなただって……」
「おや? このような状況で他人の心配かい? それが汚らわしいのだよ。たかが人間風情が!」
 汚らわしいものでも相手にするように言い放つと、ダークはまっすぐマリーベルを見つめた。
 そして、なぞるように指を首から上へ移動させ、そのままマリーベルの頬を包み込む。
「けれど、君はどうやら違うようだね。そう、最初からそうだ。どうも僕の興味をひきつける。その、僕の力をも中和してしまう力といい」
 ゆっくりとマリーベルの顔に顔を近づけていく。
 唇と唇が触れるかといったところで、マリーベルがすっと口を開いた。
「あなた、間違っているわ」
 そして、きっぱり言い放つ。
 ダークはすっと顔をはなし、いらだたしげに怒鳴る。
「何だと!?」
 マリーベルは顔がはなれるとそっと胸をなでおろし、ダークをきっとにらみつける。
 かと思うと、すうと目から力が失われ、哀れむようにダークの姿を映した。
「あなたは知らないの? 人間の少女と恋をしたヴァンパイアの話を」
「何をいきなり……。まあ、知ってはいるが、ヴァンパイアの面汚しがどうしたというのだ?」
 ダークの顔が訝しげにゆがむ。
 マリーベルはふうと小さく細い息をはきだし、意を決したように告げる。
「それが彼よ。彼が、わたしが殺したと言われている吸血鬼よ」
「奴は五十年前に死んだはずだ」
「死んではいなかったのよ、ただ封印されていただけ。そして、三ヶ月前にその封印が解かれ、自ら天に昇っていったの。愛しい少女を追いかけて」
 ダークは険しく顔をゆがめる。
 マリーベルが言っていることが信じられないと、仮に信じたとして、なんて汚らわしいことなのだろうかと。
 それが本当だというならば、ヴァンパイアの面汚しどろこではない。切り刻んで灰にしてやったとしても、腹の虫がおさまらない。汚らわしい。ヴァンパイアとして認められない。
 人間などにうつつをぬかし、果てはそれなどとは、なんと嘆かわしいことだろう。
 いびつにゆがむダークの顔を見て、マリーベルはすうと息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「彼は、死を望んでいたのよ」
「だから、君が殺したというのか!?」
「違う。手助けをしたに過ぎないわ。わたしは、杭など使っていない。ただ祈っただけよ。今度こそ、彼女と二人、幸せになれるようにって……」
「それだけで、吸血鬼が死ぬはずがない!」
 ダークは声を荒げ叫ぶと、再びマリーベルの首をぎっちりにぎった。
 けれどすぐに悔しそうに手を放す。
 マリーベルは、ほうっと息を吐き出した。
 今度こそ、勢いにまかせ、首をへし折られる気がしたのだろう。
 マリーベルは、まっすぐにダークをにらみつける。
「できるの、わたしたちの一族は、……ううん、一族の中でもごく稀にそういう力を持った子供が生まれる。それが、わたしなの」
「なるほどね。だから、君のような華奢な娘でも吸血鬼を殺せるということか」
 ダークはいまいましげにはき捨てる。
 マリーベルはひとつ深呼吸する。そして、再びその目にきっちりダークの姿をとらえる。
「だから、あなたももうこんなことはやめて。これ以上人間を傷つけないで。あなたが辛くなるだけよ、彼のように」
「ほう? 今度は命乞いか?」
「違うわ。あなたはこれくらいでやめるような人じゃないでしょう? わかるわ、その目を見れば。だから、あなたの言う高貴な吸血鬼を殺したわたしだけ殺せばいい、それで十分でしょう。他の人間に手を出さないで」
 ダークは感心したように目を見開き、そして嘲るようにふっと笑った。
「結局はそういうことか。それで? この僕を説得できるとでも?」
「……思っていないわ!」
 マリーベルはそう叫んだ瞬間、ダークを突き飛ばした。
 同時に、さっと上体を起し、体勢を立て直す。
「な……っ!?」
 一瞬できたダークのすきをつき、マリーベルはざっと後退し、ベッドから飛び出る。
 けれど、その時にはすでにダークも気を取り直し、落ち着き払った様子でマリーベルを嘲るように見た。
「どういうつもりだ? これくらいで逃げられるとでも?」
「……さあ? できるかどうかはわからないけれど、やってみる価値はあるでしょう?」
 マリーベルは得意げににっと笑みを浮かべる。
「なるほどね……」
 マリーベルの挑発に、ダークは楽しげに口のはしを上げる。
 それから、にっこり笑って見せた。
「まったく、君は本当、退屈しない娘だね。……そうだなあ、殺そうと思っていたが、別のことを思いついたよ」
 不気味に笑みを浮かべるダークに、マリーベルは思わずびくんと体をゆらした。
 そして、じわりじわり後退していく。
 果たして、このまま一気に逃げることができるかはわからないけれど、ダークがどうでるかわからない以上、間合いはできるだけたくさんとっておくにこしたことはないだろう。
 ヴァンパイアの瞬発力に、人間がどのくらい対応できるかはわからないけれど。
 きっと、その笑みから、ダークはよからぬことを考えているに違いない。
「そう、君みたいな面白い娘はなかなかいない。気に入ったよ、マリーベル、君を僕のものにしてあげよう」
 そう言うか言わないかのうちに、ダークの姿がすっと消えた。
 そして、次の瞬間には、マリーベルの目の前にやってきて、そのままその両腕の自由を奪っていた。
 ダークの手が、ぎっちりとマリーベルの腕をとらえている。
 マリーベルはぐいっと手をひき、ダークの手を振り払おうとする。けれど、びくともしない。
 甲斐なく、そのままダークに引き寄せられ、その胸に捕えられた。
 ダークはマリーベルの首に唇を寄せ、ささやく。
「だから言っただろう? 僕は吸血鬼の中でも特別なのだよ。その辺りの吸血鬼と一緒にしてもらっては困る」
 ダークの言葉にあわせ、マリーベルの首の上で唇が動く。
 ぞくぞくぞくと、マリーベルの体の中を気持ち悪く不気味なものがうごめき、かきまぜる。
 はっとして、マリーベルは叫ぶ。
「嫌、やめて……!!」
 気づくと、首にちくりと痛みが走っていた。
 それは、まるで牙を突き刺すように、きっちり二箇所に感じる。
 マリーベルは体いっぱいを使い、ダークの腕の中から逃れようともがく。
「嫌、嫌よ、やめて!!」
 なおも必死に抗い逃れようとするけれど、かなわない。
 じわりじわりと、首に牙が食い込むのがわかる。
 つんと、マリーベルの鼻に血のにおいが漂ってきた。
「いやーっ!!」
 そうマリーベルが叫ぶと同時に、その首に一気に牙が食い込んだ。
 マリーベルの悲鳴だけが、血色の薔薇の屋敷に悲しくむなしく響く。
 空に浮かぶ月は、マリーベルの首を伝い落ちる鮮血のように赤い。


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