闇に生きる魔物(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「くそっ、門前払いか!」
 がしゃんと大きな音を鳴らせ、デュークが目の前にそびえる門扉を乱暴に蹴飛ばした。
 月光を浴び、からみつく薔薇がやけに鮮明に赤く浮かび上がっている。
 いかにも女性受けしそうな、けれど一歩間違えばとてつもなく趣味が悪い邸宅。
 屋敷を飛び出したデュークは、まっすぐここにやって来た。
 迷うことなどない。
 どのような連絡を受けようとも、マリーベルがデュークのもとに戻って来ないというならば、考えられることはひとつしかない。
 マリーベルは、デュークの元に戻りたくとも戻れない状況にある。
「デュークさま、どうしますか?」
 遠慮がちに、けれど確信めいて、ジョナスが尋ねる。
 問わずとも答えはすでに出ているけれど、一応確認のために言葉にしたのだろう。
 ジョナスはまっすぐに、門扉の向こう側を見ている。
「どうしたもこうしたも……。くそっ」
 デュークは門扉をがしっと握り締め、憎らしげにその向こうへ視線をやった。
 デュークもまた、悪態をつきつつも、この後にとる行動を決めている。
 門前払い上等、はじめから素直に中へ入れるとは思っていない。
 ただ、だからといって争いを好むわけでもないので、穏便にすむならととりあえずはうかがいをたてたにすぎない。
 そうすると、案の定、このぞんざいで胡散臭い扱い。
 こうなった以上、もはや生やさしいことは言っていられない。実力行使あるのみ。
 デュークが門扉からすっと手を放し、夜空に浮かぶ赤い月をにらみつけ、すうっと息を吸い込んだ時だった。
「あの……」
 デュークの背後で、ためらいがちな女性の声が聞こえた。
 はっとして振り返ると、そこには怯えたようにデュークを見る女性が立っていた。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
 その勢いに気おされたように、女性はとっさにそう叫ぶ。
 思わずマリーベルかと思ってしまったけれど、デュークがマリーベルの声を間違えるはずがない。
 しかし、この女性にも見覚えがあることはある。たしか……。
「いや、こちらこそ、驚かせてすまなかった。それで、俺に何か用かな?」
 自らを落ちつかせるようにふうと細い息を吐き出し、デュークはにこっと微笑んでみせる。
 その微笑を見て、怯えていたような女性は、少しだけ肩の力を抜いた。
「はい、あの……あの、リープ家ご当主さまですよね」
「ああ、そうだが。君はたしか……」
「はい、昨夜のパーティーでマリーベルさんに助けていただいた者です」
 思い出したように答えるデュークに、女性――メロディはこくりとうなずく。
「元気になったようだね、よかった」
「あの折はありがとうございました。あの、それよりも、その……」
 ここでメロディの相手をしている場合ではないとはやる気持ちをなだめ、デュークはできる限り紳士的に振る舞う。
 本当なら、これが男なら、問答無用で蹴散らし目的の実行に移しているだろう。
 今はこんなことをしている場合ではない。事は一刻を争う。
 早くしないと、マリーベルが――。
 デュークのいらだちには気づいていないようで、メロディは歯切れ悪くつぶやく。
 けれどすぐに、意を決したようにすっと顔をあげ、デュークをまっすぐ見つめた。
「ご当主さまは、マリーベルさんをお探しなのですよね? マリーベルさんは今、ジフィーにとらわれています。早く助けに行ってください。でないと、マリーベルさんは……っ!」
 メロディは取り乱したようにデュークにすがりつき、一気にそう叫んだ。
 メロディの突然の変わりように、デュークは思わず上体をのけぞらせた。
 けれど、すぐにその言葉の意味を理解し、逆にメロディの両腕をつかむ。
 ぎちりと、デュークの手に力がこもる。
「何故、それを君が?」
 訝しげににらみつけるデュークに、メロディはこくんとのどの奥を鳴らした。
 先ほどまでおだやかに微笑んでいたデュークの急変に、メロディもまた気おされているのだろう。
 しかし、ここでこのまま黙ってしまってはいけないと判断し、メロディは気を取り直しデュークに視線を定めなおす。
「わたしは……わたしは、ダーク――ジフィーの恋人です。だけど、最近の彼はおかしくて……。わかってしまったのです。今の彼は異常です! 彼は、マリーベルさんに睡眠薬を飲ませたのです……!!」
 再び一気にそう叫ぶと、デュークの顔が険しくゆがんだ。
 デュークの問いの答えにはなっていないけれど、それだけでメロディが何を言いたいのか、悔しいことにデュークにはわかってしまった。
 しかし、問題がある。何故、恋人だというメロディが、わざわざデュークにそれを伝えるのだろうか?
「しかし、何故それを君が俺に?」
 そこが、どうしてもひっかかる。普通ならば、ダークをかばい黙っておくものではないだろうか?
 まさか、罠……?
 メロディはそう切り返しがくるとは思っていなかったらしく、驚いたように目を丸くする。
 しかしすぐに、それもまた当然のことと納得したように小さくうなずき、ふるっと首を横に振った。
「ジフィーは好きです。でも、今のジフィーは嫌い。それに、マリーベルさんは命の恩人です。そんな彼女がどうにかなってしまっては、わたしは……!」
 今にも泣き出しそうに苦しげに見つめるメロディを見て、デュークはそれ以上の追究はやめた。
 裏に何かあるとしても、女性を追いつめたりいたぶる趣味はデュークにはない。
 たとえデュークを陥れようとしているとしても、それは変わらない。
 弱き(人間)を助け強き(吸血鬼)をくじく。それが、ヴァンパイア・ハンターとしての誇り。
「そうか、ありがとう。――夜ももう遅い、君は早く家へ帰るんだ。送ってやれないのが申し訳ないが……」
「あの、ご当主さまは、その……?」
 さっとメロディをひきはなしそう告げるデュークを、メロディはうかがうように見る。
「ああ、もちろん、今からマリーベルを助けに行く。居場所がはっきりした以上、もうためらうことはない」
「では、わたしがご案内します!」
 メロディはずいっとデュークに迫り、そう申し出た。
 やはり、これは罠なのだろうか?
 こうも簡単に事がすすむとは……。
 しかし、もし仮に罠だとしても、今はその罠に飛び込む方が効率的だろう。
 ジフィー邸に潜り込むことにはかわりないので、メロディを利用すれば時間短縮にはなる。よけいな雑魚どもを片づける手間が省ける。
 女性をいたぶることはしないけれど、利用はする。
 それが、デュークの大切なものにかかわることなら、たとえ相手が女性だとしても情けはかけない。
 大切なものを守るためなら、どのような汚いことでもする。
 マリーベルは、デュークの心にさした、一条の光。その光を守るためなら、多少の犠牲も厭わない。
 デュークはマリーベルを失うわけにいかない。
 なまぬるい風が頬をかすめ、空では雲が赤い月をゆっくり隠していく。


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