吸血鬼の目覚め(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 一縷の望みにかけ、デュークは立ち上がり、ベッドに沈むマリーベルへ駆け寄ろうとする。
 その後に、ジョナスがつづく。
 しかし、それはすぐさま、またしてもダークに阻まれた。
「あまり人をこけにしないで欲しいね。リープ家当主ならともなく、何の力もない君に動かれては不愉快なだけだ」
 ダークはデュークの前にたちはだかる。
 そして、その後につづいていたジョナスの胸に、ぽんと軽くふれた。
 すると、ジョナスはものすごい勢いで弾き飛ばされ、そのまま後方の壁にうちつけられた。
 ぱたりと床に倒れこみ、そのまま気を失う。
「ジョナス……!!」
 一瞬の出来事に、デュークも手を出せなかったようで、倒れたジョナスを青い顔で見つめる。
 そして、ゆっくりとダークへ振り向き、にらみつける。
 扉のもとで様子をうかがっていたメロディは、震える体でのろりのろりとジョナスへ歩み寄っていく。
 そこに立っているだけでも必死だろうが、さすがに倒れ気を失ったジョナスをほうっておくこともできないよう。
「メロディ、余計なことはしない方が身のためだ」
 しかし、ダークが鋭く言い放つと、メロディはびくりと体を弾かせ、その場でぴたりととまった。
 怯えた目で、ダークの様子をうかがう。
 その時だった。
 ダークの背後で、声がもれ聞こえた。
「ん……」
 その声に、デュークもダークも、そしてメロディも、一斉に視線をやる。
「時は満ちた。どうやら、お姫様のお目覚めのようだ」
 そして、ダークが楽しそうに笑いながら、目覚めたばかりのマリーベルへゆっくりと歩み寄る。
 デュークの体が、再びぐらりと揺れた。
「終わりだ、何もかも……」
 ジョナスに気をとられていて、もう時間が残されていないということを、デュークは一瞬忘れてしまっていた。
 恐らく、これもまたダークの思惑通りなのだろう。
 他のことへ気をやり、残り少ない時間のことを忘れさせる。
 そして、その一瞬が、命取りとなる。
 一瞬でも忘れてしまっていた自らを、デュークは責め立てる。
 あそこで、ジョナスには悪いけれど、ジョナスをほうってマリーベルに駆け寄っていれば、あるいは――。
 吸血鬼にかまれ、そして血を与えられると、一度短い眠りにつく。
 それから、次に目覚めた時には、人間は吸血鬼に変化している。
 先ほどダークが言っていたことは、そしてデュークが悟ったことは、それだった。
 マリーベルは、吸血鬼への過渡期にいた。吸血鬼になるための短い眠りについていた。
 目覚めたということは、マリーベルはすなわち――。
 デュークにとって、マリーベルは闇夜に不思議にふと現れた月のようだった。
 マリーベルはその身をかけ、引き裂かれた異種族の恋人たちを守ろうとしていた。
 その姿が、デュークには無垢で高潔に見えた。
 この世の何よりも美しくきらめく光。
 デュークに覆いかぶさる闇の中に差し込んだ一条の光。希望の光。
 しかし、その差し込んだ光も、マリーベルを失ってはすべてが無に帰す。
 ようやくみつけた一本の糸――命綱だったのに、それがふつりと消えた。
 デュークはもう二度と、死ぬまで、死んでも、この闇から抜け出すことはかなわないだろう。
 マリーベルが放つ光だけが、唯一、デュークに希望を与える、闇の底から救い上げる可能性を秘めていた。
 デュークの目の前で微笑むマリーベルの姿こそが、デュークを救う光だった。
 その光を、デュークの一瞬の判断ミスによって、永遠に失ってしまった。
 マリーベルはもう、人ではない。闇に生きる化け物になった。
 闇に生きる化け物には、穢れない光はない。
 ダークがゆっくりと目を開いたマリーベルを抱き起こす。
「気分はどうだい?」
 ダークが問いかけるも、マリーベルの反応はない。
 ただぼんやりと、目の前を見るでもなく見ている。
 まだ意識がはっきりとしていないのだろう。
 しかし、ダークは何かを確信したように、不気味に笑いをもらした。
「くっくっ……。これで、君は僕の仲間だ」
 そう言うと、ダークはそのままマリーベルを抱きしめる。
 マリーベルは抵抗するでもなく、ただ素直にダークに抱かれている。
 その様子を、デュークは呆然と眺めている。
 目はその様子を写していても、意識はそれを理解していない。
 ただ目の前で、何かが繰り広げられているという認識しか、もうデュークにはなかった。
 マリーベルはいない。ならば、何をするのも意味をなさない。この世のすべてがどうでもよくなる。
「さあ、マリーベル、最初の仕事だよ。あいつらを、あの人間どもを始末するんだ!」
 ぼんやりとベッドに座るマリーベルに、ダークはデュークを指差し叫んだ。
 するとマリーベルは、ぴくりと体を動かした。
 デュークはただ、悲痛にマリーベルを見つめている。
 やはり、マリーベルはもうデュークの存在を認識しなくなっている。
 意識がはっきりしないことをいいことに、ダークは今のうちにマリーベルを使ってデュークを始末しようとしている。
 デュークならば、マリーベルを傷つけることは決してないと、その弱みにつけこんでいるのだろう。
 事実、デュークはマリーベルに手をあげることなどできない。たとえ人間でなくなったとしても。
 デュークがあれほど足しげくマリーベルのもとへ通っていたのは、戯れなどではない。
 本気だったから、本気でマリーベルに惹かれていたから、だから……。
 はじめの頃はそうでもなかった。しかし、かわいそうな恋人たちを助けようと必死な姿を見て、次第に惹かれていた。そして、気づいた時には、マリーベルに恋をしていた。失いがたい存在になっていた。
 マリーベルがあの調子だから、どうしてもふざけたような対応になっていただけにすぎない。
 デュークはもうずっと、マリーベルを深く愛している。


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