吸血鬼の目覚め(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マリーベル……」
 絶望に満ちた眼差しで、悲しげにマリーベルを見つめ、デュークがぽつりつぶやいた。
 その言葉で照準を定めたように、マリーベルはとろんとした目でデュークを眺めながらゆっくり近づいていく。
 マリーベルの目は、デュークが惹かれた強い意志を放つ輝きはなく、どろんとした鈍い光を発している。
 もはや、その目は死んでいる。
 悲しく見つめるデュークに歩み寄ると、マリーベルは感情を忘れたようにさっと右腕を突き出した。
 そして、その手でデュークの胸――心臓に触れる。
 ぎちっとたてたつめが、デュークの胸に食い込む。
「そうだよ、マリーベル。そのまま心臓をえぐりとるんだ!」
 ダークはそれを確認し、嬉々として叫ぶ。
 マリーベルはその命にこたえるように、指をぐっと押し込んだ。
 つめが食い込んだデュークの胸に、じわりと血がにじむ。
 そのような状況におかれても、デュークはまったく抵抗の素振りを見せない。
 ただ悲しげに、苦しげにマリーベルを見つめ、痛みに耐え顔をゆがめている。
 むしろ、こうなってしまった以上、マリーベルに命を奪われることは本望とでも言っているかのように見える。
「マリーベル……」
 そしてまた、デュークは静かにマリーベルの名をつぶやく。
 それまでどろんとしていたマリーベルの目が、ぎらりと輝いた。
 マリーベルは腕に一気に力を込めるようにひじをまげ、すっと上体をデュークに近づけた。
 同時に、デュークの目が驚愕に見開かれた。
 果たして、この期に及んで、デュークはまだ、マリーベルはデュークを本気で殺さないとでも思っていたのだろうか。
 吸血鬼、しかもダークの僕と化したマリーベルに、もはや意志はないというのに。
 ただただ忠実に、その命に従い、デュークの命を奪っていく。
 それが、吸血鬼に変えられた人間の定め。
 ぼそぼそと、何かがデュークの耳元でささやかれた。
 デュークはその言葉にすべてを諦めたようにぴたりと動きをとめ、すっと目を閉じた。
 マリーベルは舌なめずりをしにやりと笑うと、デュークの胸に押し当てていた右手をそのまま一気に押し込もうと力を入れた。
「マリーベル!!」
 最後の望みをかけたようなデュークの悲痛な叫びが上がる。
 同時に、狂ったようなダークの笑い声が、赤い月の下に響き渡る。
 憎いヴァンパイア・ハンターが死に、ダークの勝利が確定した瞬間だった。
 まるで血のように赤い月の光が差し込むその部屋で、何かが倒れたような大きな音が響いた。
 床の上には、倒れこむ人の形をしたものがある。
 月明かりを受け、それは暗い部屋に赤く浮かび上がっている。
「な……っ!?」
 それまで不遜に高笑いをしていたその男が、床に両手をつき、驚愕に顔をゆがめている。
 一体何が起こったのかわかっていない。
 あってはならないことが起こったと、その頭の中で必死に情報を処理しているのだろう。
 驚きつつも、何かを確認するように床をにらみつける。
 それまで恐怖しつつもどうにかその様子を見ていたメロディも、この急な出来事に驚きを隠せないでいる。
 床に倒れたのは、ダークだった。
「形勢逆転……といったところだな?」
 呆然と床に倒れたままになっているダークを見下ろし、デュークははき捨てる。
 ぎちりと、ダークの右手を踏みつける。
「そ、そんな馬鹿な……っ!」
 屈辱を受けながらも、ダークはもはやそちらには気をやる余裕がない。
 手を踏みつけるデュークの足を振り払うことを忘れ、いまいましげにはき捨てる。
 この状況に納得できずにいる。
「詰めが甘いのよ」
 デュークの背からマリーベルがすっと現れた。
 蔑むようにダークを見下ろす。
 先ほどまでの生気を失っていた目は、マリーベルらしい意志の強い光を発している。
「な、何故だ!?」
 まるで魔法が解けたようなマリーベルの様子に、ダークが腑に落ちないといった様子で叫ぶ。
 マリーベルは口のはしを少しだけ上げ、得意げに笑ってみせた。
「簡単なことよ。わたしは、あなたの仲間にはなっていなかったということ。ちょっと仲間になったふりをしていただけ。あなたを油断させるためにね」
 マリーベルはデュークの肩に手を置き、にっこり笑う。
「そんな馬鹿なことがあるか! 僕の血を受けたはずなのに、ヴァンパイアになっていないだと!?」
 怒り狂ったように叫ぶダークに、デュークは呆れたようにはき捨てる。
「マリーベルの方が、お前より一枚上手だったからだろう?」
 それから、腰に下げていた対ヴァンパイア用の縄をとり、それでダークを縛り上げていく。
「一枚上手だと……?」
「ああ」
 怪訝ににらみつけるダークに、デュークはさらっと答える。
 すると、縛り上げられるダークを見ていたマリーベルが、ひとつ浅いため息をもらした。
「本当に気づいていないとでも思ったの? あなたがヴァンパイアだって」
 ダークははっと息をのむように目を見開いた。
 マリーベルはさっとダークから視線をそらし、デュークにあわせた。
 そして、その胸元へ手をすべらせていく。
「気づいていないふりをしていただけ。あなたの誘いにのってみるのもいいかと思ってね? でも、最初からこんな手段に出るとは予想外だったわ。だけど良かった。念のため、あらかじめ聖水で清め、そして飲んでいて。――まあ、さすがに危なかったけれどね? 本当に気を失ってしまうかと思ったわ」
 つまりは、マリーベルは気を失ったふりをしていたということだろうか?
 マリーベルは一気にそう言うと、楽しげに笑い、デュークの胸元から赤いものがにじんだ布のようなものをとりだしてきた。
 それは、絹のシャツににじむと血のように見えるけれど、取り出した綿の布ではどう見ても赤いインクにしか見えない。
 マリーベルは、デュークがそこにそれを仕込んでいることに気づいていて、あえてそこを強く押し赤いインクをにじませたのだろうか?
 あるいは、その血のりは、最初からマリーベルとデュークが結託して仕込んでいたものか……?
 ただ言えることは、マリーベルもデュークも、はじめからすべてに気づいていたのだろうということだけ。
「その程度で、僕の血の洗礼を……」
 ダークは愕然と肩を落とした。
 本当に、吸血鬼にかまれてなお、その程度の対策で状況を覆してしまうなど、普通ではありえない。
 一体、どのような策を講じれば、それが可能なのだろう。あるいは、どのような力を持ち合わせていれば……。
「言ったでしょう? わたしは特別だって。まあ、普通の人間なら無理だったでしょうね。でも、わたしにならそれも可能だったということ。……だって、わたしは、普通のハンターではないから」
 マリーベルは一瞬悲しげに目を伏せた。
 デュークがマリーベルの肩に手を触れ、そっと抱き寄せる。
「ああ、たしか、ダグラス家でも稀に見る力の持ち主だと……。まさか、これほどの力が人間にあるなどとはね」
 マリーベルのその言葉を聞き、それまで否定していたにもかかわらず、ダークは何故が素直に納得した。
 ダグラス家でも特別な存在、それはヴァンパイア・ハンターの世界でも特別を意味する言葉なのだろう。
 ダークは合点がいったのか、あきらめたのか、抵抗をやめてしまった。
 それから、自嘲気味にはき捨てる。
「たかが人間の小娘一人に、この僕がしてやられるとはね」
 ダークの皮肉るような笑みが、赤い光にぽっかり浮かぶ。
 窓の外では、相変わらず、赤い赤い月が、不気味に誇らしげに地上に光をそそいでいる。
 差し込む月光を受けたマリーベルは、血の涙を流しているように見える。
 月明かりを取り込み、デュークの淡い青色の目が血色に輝く。


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