血塗られた宿命(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 首都を震撼させたあの一件から、一週間が過ぎようとしていた。
 かつてその名をとどろかせたジフィーの名は、その街からわずか一日にして消えていた。
 そう、ジフィーという名は、はじめからこの街に存在していなかったように。
 それは、ダークがこの街から姿を消すのと同時に起こった。
 あの後、ダークはひとまずは諦めたのか、そのまま引き下がり、この街から姿を消すと言った。
 もちろん、マリーベルもデュークもその言葉を信じたわけではない。
 ただ、しばらくは放置しておいても問題ないだろうと判断し、そのまま逃がすことにした。
 それまでに人間を襲っていたとはいえ、結局誰一人命を失うことはなかった。
 マリーベルをおびき寄せることが目的だったためか、無駄な殺生はしなかったということだろう。ただ一人、メロディを除いては。
 メロディの命だけは、本気で奪おうとしていた。
 それは、処置にあたったマリーベルもよくわかっている。
 ただ、そのメロディが許すと言ったので、マリーベルとデュークもそれに従うことにした。
 あの状況で、どうして許す気になれたのかは理解できないけれど、恐らく、それが惚れた弱み、恋の弱点というものだろう。
 また、自らを高貴な吸血鬼といい、事実高位の吸血鬼であることから、マリーベルに敗れたことは、ダークの自尊心を打ち砕くには十分すぎただろう。
 自ら劣ると貶める人間の娘一人に、やすやすと手玉にとられてしまったのだから。
 それだけ打ちのめされ、なお何かを仕掛けようという気はそうそう起こらないだろう。
 そうして、翌日には、ダークはすべてがなかったように自らこの街から姿を消していた。
 あくまで、マリーベルたちヴァンパイア・ハンターの仕事は、ただヴァンパイアを狩るだけではなく、ヴァンパイアの救済も含まれていると二人は考えている。
 それもあり、二人はダークを見逃すことにしたのかもしれない。
 彼ら闇に生きる者たちも、ある意味共生できないこの世の犠牲者なのかもしれないから。
 その思いが時にゆがみ、狂気として表れているにすぎない。
 すべての生き物は、ただ平穏に暮らしたい、それだけを望んでいるだろう。
 マリーベルとデュークはあらためてそう感じた。


 デュークは赤い月明かりの中、捕えたヴァンパイアの縄を解いた。
 もうそのヴァンパイアは抵抗の色を見せておらず、憔悴しきっている
 それほど、か弱い人間の少女にやりこめられてしまったことが、衝撃的だったのだろう。
 また、高貴なヴァンパイアは、見苦しいことはしない。それが、そのヴァンパイアの美学で、最後の誇り。
 解かれた縄の痕を不機嫌にさすりながら、ダークはちらりとマリーベルを見た。
「いつ、僕がヴァンパイアだと気づいた?」
 マリーベルは言葉を探るように目を泳がせ、そしてすぐに口を開いた。
「いちばん最初に会った時よ。あのぶつかった時」
「あの時から……!?」
 さらっともたらされたマリーベルの答えに、ダークは驚きの色を見せる。
 まさか、そのような時から気づいていたとは思っていなかったのだろう。
 あの時は、たしかにダークの思惑通り、うまくいっていた。
「そうは見えなかったが……」
 そう、そして、マリーベルはそのような素振りはまったく見せていなかった。
「そうね、あなたが上手く気配を消していたように、わたしも気づいていないふりをしていたから。あれは、賭けみたいなものだったわ」
「その賭けに、僕は負けたということか?」
 ダークは自嘲気味に、ため息まじりにつぶやいた。
「そういうことになるかしらね?」
 マリーベルも苦く笑って答える。
 そのような賭博のようないい加減なことで、二人の境遇は逆転してしまったのだから、運命とはなんと皮肉なことだろう。
 マリーベルは、大きく息を吐き出す。
「時機がよすぎたのよ。追っていた吸血鬼を見失ったとたん、あなたが出てきたのだもの。それがなければ、わたしだって騙されていたかもしれないわね? デュークもジョナスさんも、はじめからあなたを疑っていたようだし?」
「それは僕も気づいていた。だから、からかって遊んでみたのだよ」
「まあっ!」
 諦めたようにさらっと答えるダークに、マリーベルは大仰に驚いてみせる。
 それすらもわかっていただろうになんて食えない女なのだろうと、ダークのその目が言っている。
 そう、マリーベルは、ダークやデューク、ジョナスのさらに先をいっていた。
 すべてを見通しながら、すべてに気づいていないよう装っていた。
 そう思うと、悔しさを通りこして、いっそ清々しささえ覚える。
 このヴァンパイア・ハンターは、一体何歩先を歩いているのだろうか。
 ダークはため息まじりに肩をすくめる。
「君は騙されたふりをしていた。そして、そのふりに僕は騙された、か――。君には負けたよ」
 ダークは投げやりにそう言うと、すっと立ち上がった。
 そして、マリーベルに力なげににっと笑って見せる。
 それから、様子をうかがうメロディへゆっくりと視線を移す。
「それにしても、君は本当にうっとうしいくらい、僕にまとわりついていたよね」
「ダ、ダーク!」
 汚らわしげにメロディに言い放つダークを、マリーベルが慌ててさえぎろうとした。
 しかし、メロディは何故かそれを制した。
 そして、じっとダークをにらみつける。
 メロディもこの状況におかれ、さすがに思うところがあったのだろう。
 その目は、決して弱弱しいものではない。
「わたしが間違っていたわ。どうしてあなたなどを好きになったのかしら。こんなに優しさのかけらもない化け物を――」
 メロディは汚らわしげにはき捨てた。
 これは、メロディなりの精一杯の抵抗なのだろう。
 人ではない化け物と知らず愛してしまったその人を忘れるための、一生懸命の虚勢。
 その恋は叶わぬものだと気づいていながら、追いかけずにはいられなかった日々を忘れるための、抗い――。
 その言葉を発した直後、一瞬悲しげにその瞳がゆらめいていた。
「それは、誰にもわからないことだわ。人の心って不思議なものね」
 マリーベルは切なげにメロディに微笑みかける。
 デュークはまっすぐに様子を見ていた目をすっととじ、つぶやく。
「人は誰しも、人ならざる者に惹かれるものだよ」
 その言葉を聞き、マリーベルもジョナスもメロディも、そしてダークでさえも、デュークの心の奥底に眠る狂気を感じ取ってしまったような気がした。
 ぞくりと、寒気を感じる。
 一体、何を思い、デュークはそのような言葉を口にしたのか。それは、デューク本人以外、誰にもわからない。


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