血塗られた宿命(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 あの世間を騒がせたヴァンパイアは捕まったわけでも、殺されたわけでもない。
 だから、その噂はまだ人々を恐怖に陥れたままにある。
 しかし、人知れずヴァンパイアがこの街から姿を消した今、このまま人々の話題から消えていくのもそう時間はかからないだろう。
 人の噂というものは、所詮はその程度。時が来れば、自然に消えていく。はじめから、それが存在していなかったように。
 ヴァンパイア・ハンターの仕事は、ただヴァンパイアを狩ることが全てではない。
 マリーベルとデュークは、それを知っている。
 そのヴァンパイアは、人々の記憶から次第に失われていくだろう。
 一方、ダークの正体を知ってしまったメロディはというと、静かに彼を見送るマリーベルとデュークのすきをつき襲いかかったダークによって、その記憶が消されてしまった。
 それは、それ以上メロディを苦しめないためのダークなりの優しさだったのだろうか。吸血鬼の記憶を持っていれば、その後も長々とそれに苦しめられることが手に取るようにわかっているから。
 それとも、メロディの記憶にとどまることさえ、汚らわしく耐えられないことだっただけなのだろうか。
 今となっては、誰にもわからない。その真実を知るのは彼だけ。


「マリーベル! 少しは大人しくしていろ、走りまわるな!」
 小高い丘の上にある屋敷中に、焦ったようなその叫び声が響いた。
 同時に、この部屋には、マリーベルをソファに押し倒すデュークの姿がある。
 一見押し倒しているふうに見えるけれど、見方を変えれば、捕えているふうにも見える。
「うるさいなあ、いいじゃない、少しくらい」
 デュークの腕の拘束からするりと抜け出し、マリーベルは不満げに口をとがらせる。
 どっかりソファに腰かける。
 それがかえってデュークのやる気を起こさせたのは、はたまた気を逆なでしたのか、マリーベルを捕えようとまた腕をのばす。
「よくない! いくらマリーベルが頑丈にできているとは言っても、ついこの前、ヴァンパイアにかまれたばかりなんだぞ! いつまた傷口がひらくか……っ」
 さっと飛びのいたマリーベルを追いかけ、デュークが身を翻す。
 マリーベルも捕えられてなるものかと立ち上がり、テーブルを飛び越え、椅子を弾き飛ばし、所狭しと部屋をかけまわる。
 けれど、ついには部屋の隅に追い込まれてしまい、マリーベルはあっさりデュークに捕獲されてしまった。
 デュークはマリーベルを抱き上げ、そのまますたすたとソファへ歩いていく。
 そして、少し乱暴に、けれど優しく、マリーベルをソファにおろす。
 そこにおかれたクッションに、マリーベルの体がぽふんとうまる。
 マリーベルも、とりあえず意地になって逃げていただけで、最初から本気で抵抗する気などなかった。
 ソファに座らされ、渋々といった様子を装いつつ、素直にデュークに従っている。
 ソファにふんぞり返り、不満げに横に座るデュークを見る。
「本当、デュークって心配性ね。――ちょっと待って、なんだかさっき、聞き捨てならない言葉が聞こえたような?」
 ふとそれに気づいたように、マリーベルは難しい顔をする。
 そして、じとりとデュークをにらみつける。
「頑丈にできている――という言葉ですか?」
 どこからともなく、そのような言葉がさらっともたらされた。
 声がした方を見ると、扉の前に楽しげに微笑むジョナスが立っていた。
「そう、それ!! デューク〜!!」
 マリーベルはその言葉に弾かれたように、ようやくひと仕事終えたようにほっとしていたデュークの胸倉をつかんだ。
 デュークはさっと、ジョナスに非難のにらみを向ける。
「ジョナス、お前はいつも余計なことばかり……!!」
 ぱっちりとデュークと目が合うと、ジョナスは意地悪くにたりと笑った。
 わなわな震えるマリーベルに、デュークの顔は見る間に真っ青になっていく。
 マリーベルは胸倉をつかんだまま、デュークを一気にソファに押し倒した。
 そして、目をすわらせ、ぼそりつぶやく。
「ジョナスさん、やっちゃって」
「かしこまりました」
 ジョナスはさらりと答えると、すたすたデュークに歩み寄り、くすりと笑う。
 デュークの頬が、気前よくひきつる。
「こら、ジョナス! お前の主人はこの俺だぞ!」
「聞こえませんね」
 悲鳴に似たデュークの絶叫も、ジョナスはさらりと流し、にっこり微笑む。
 と同時に、デュークの雄叫びが上がると思いきや、その予想を裏切り、マリーベルの雄叫びが上がっていた。
 押さえ込んでいたはずのマリーベルが逆にデュークに引き寄せられ、その胸に体を沈めていたから。
 マリーベルの顔は、デュークの顔のすぐ目の前にある。
 そして、マリーベルの耳にそっと寄せたデュークの唇が、耳打つように小さく音を響かせる。
 そこでささやかれた言葉がどのようなものであったか知っているのは、マリーベルとデュークの二人だけ。
 マリーベルの顔はすっかり赤く染まりあがり、体が羞恥に震えている。

 これは、ひと時の平和にすぎないのかもしれない。
 しかし、二人はその平和をひと時のものと知りながら、だからこそ楽しんでいる。
 またいつ現れるとも知れない、マリーベルを狙うあの血色の瞳に怯えながら。
 二人には、刹那的な幸福しか与えられていない。それを、永遠に望むことはかなわない。
 彼らは、どうしても拭い去ることのできない血塗られた宿命を背負う者。それが、ヴァンパイア・ハンター。
 生ぬるい幸せに浸っては、命取りとなる。
 平和を取り戻した首都では、それとは気づかずに、しかし、相変わらず、いつ爆発するとも知れない魔物をはらんだまま、ただつれづれに時間だけが過ぎていく。


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