友からの便り(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 ひらりひらり、風に吹かれた花が舞い落ちるように、黒檀のような空から雪が降って来る。
 空には月がぽっかり浮かんでいるのに、一体どこからその雪はやって来るのだろう。
 ふと空を見上げると、そこに一陣の風が巻き起こり、人のかたちをした影が隼のように通り過ぎた。
 よくよく見ると、それが地上に降り積もった雪を舞い上がらせている。
 舞い上がった雪が、あたかも今降ってきたように再び地上へぱらぱら落ちていく。
 月夜に銀色に輝く刃がきらめいた。
 そのきらめきを、この月のように金色に輝く長い髪を持つ少女が、ぼんやりと、けれど愛しげに見つめている。
 その少女の前に、男が一人、黒いマントをむささびのように広げひらり舞い降りた。
 真ん丸い月を背に、男は少女へゆっくり振り返り、艶やかに微笑む。
「マリーベル、無事?」
 しゃっと剣にまとわりつく血を振り払い、鞘に戻していく。
 少女の唇のはしが、得意げににやっと上がる。
「当たり前じゃない」
 男が差し出した手に、少女はすっと手を重ねた。
 そして、不満げに口をとがらせぼそり吐き捨てる。
「それにしても、ここのところ吸血鬼の出没が多くて、いやになるわね」
 そうして、少女と男は、雪を踏みしめ、月の向こうへ歩いていく。
 二人がいた足元には、わずかな黒い血の痕と、風に吹かれ舞い上がる灰がある。
 その二人は、近頃この街でしばしば話題にのぼる、すご腕と名高いヴァンパイア・ハンターだった。


 首都から少し北へ行ったところに、その町はある。
 わずかしか離れていないけれど、山をひとつ越えるだけで急に田舎になる。
 見渡す限りの田園、草原。その中にぽつんと、その町はある。
 雪深い冬はこの町も冬眠してしまうが、それ以外の季節には旅人たちが立ち寄る宿場町となる。
 その町の一角に、橙色の明かりがもれる家がある。
 白く曇った窓の外では、雪がはらはら舞っている。
 暖炉の火が、やわらかくこの部屋を暖めていく。
 毛足の長い絨毯に立ち、少女は体をわなわな震わせている。
 その手には、もとは手紙であっただろうものをぐしゃりと握り締めている。
 その横で、その少女の様子をはらはらした様子で見守る少年。
「ロ、ロザリア? 何が書いてあったんだ?」
 少年が恐る恐る問いかけると、少女――ロザリアはぎんと目を見開き、悪魔の形相で手に握っていた手紙を一気にびりびりに破き捨てた。
「あんの男ー!! 絶対に許さない!!」
「ロザリア!?」
 ロザリアがあの男≠フことで激怒するのはいつものことだけれど、これは普通ではない。いつもより激しい。
 あまりの勢いに、ショーンは思わずのけぞっていた。
 驚きにばくばく弾む心臓を落ち着かせるショーンの胸倉を、ロザリアはがしっとつかむ。
「あの男、気づけば冬になっていたから、このまま春までマリーベルを首都にとどめることにした≠ニよこしやがったのよ!」
「何ー!?」
 ぎゅむとしめつけるロザリアの手を振り払い、ショーンは顔を真っ赤にして絶叫する。
 ロザリアの迫力に気おされていたショーンの姿は、もうなかった。
 あの首都を震撼させた吸血鬼騒動の一件後、マリーベルの体調が回復し、ようやく北の町へ帰れることになった頃には、すでに冬に入っていた。
 結局、冬支度がまったくできていなかったので、マリーベルは仕方なく首都で冬を越すことになった。
 その知らせが、マリーベルはまだかと待っていたロザリアのもとに今日やって来た。
 ロザリアとショーンは互いに顔を見合わせ、力強くうなずき合う。
「ショーン、行くわよ! 首都に殴りこみよ! あの変人女たらし最低最悪害虫男からマリーベルを奪い返すわよ!」
「合点だ!!」
 ロザリアが拳をふりあげ叫ぶと、それにぶつけるようにショーンも拳をふりあげた。
 それと同時に、二人はそのままぽかぽかにあたたまった部屋から飛び出して行った。
 すっかり雪化粧がほどこされ寒さ厳しいこの町の冬にも、まったくたじろぐ様子はない。
 二人の脳裏には、もはや害虫駆除とマリーベル奪還しかなかった。


 すっかり雪色に染まった首都。
 マリーベルたちの町より南に位置するこちらも、季節はもうすっかり冬になっている。
 首都の中心部から少しはずれたこの小高い丘の上の屋敷にも、等しく雪が降り積もっている。
 ここは中心部から少しはずれたとはいえ拓けていることには変わりなく、また首都に暮らす人々も冬だからといって巣ごもりをしてすごす野暮なことはしない。
 多少不便を感じつつも、雪など関係なく皆街中を歩きまわっている。
 リープ家でもまた、いつでも主の要望に応え外出できるように、屋敷まわりと門へ続く道の雪の処理はこまめに行われている。
 曇った窓の向こうに、雪かきに精を出す下男の姿がふたつみっつ見える。
 火がこうこうと燃える暖炉の前に置かれたソファに、マリーベルは深く腰かけていた。
 手には、先ほどジョナスから渡されたばかりの手紙がある。足元には、手紙とともに送られてきた小包もある。
 マリーベルは、ペーパーナイフを使うことなく、そのままびりっと粗野に封を破きあける。
 普通の令嬢ならば、もちろんそんなことはしないけれど、マリーベルは市井、しかも田舎育ち、そんなお上品な習慣はない。
 取り出した手紙に視線を落とし、いくらか読んだ時だった。
 ふわりと、マリーベルの肩にやわらかいものがかけられた。
 不思議に思い確認してみると、マリーベルの肩に厚手のショールがかかっていた。
「……デューク?」
 マリーベルはくいっと顔をあげ、背後を確認する。
 するとそこには、おだやかに微笑むデュークが立っていた。
「マリーベル、ロザリアから返事が来たのだろう?」
 デュークはそう言いながら、ソファの背をひょいっと乗り越え、当たり前のようにマリーベルの横に腰かけた。
 マリーベルが手紙をひらひら振り、デュークに示す。
「ええ、ほら、今読んでいるところよ」
「それで、何と書いてあった?」
 デュークはすっと手をあげ、マリーベルの肩にまわそうとする。
 しかし、マリーベルの肩に触れないまま、その手はべちんと叩き払われた。
 デュークは、おもしろくなさそうに口をとがらせる。
 しかし、マリーベルは気にせず、むしろあてつけるように、にっこり笑う。
「春まで帰らないと書いたら、デュークを処刑しに来るって返ってきたわ」
「うわー、やっぱり」
 けらけら笑いながらとんでもないことをさらっと言い放つマリーベルに、デュークはがっくり肩を落とす。
 まあ、もとより、返事など聞かなくともデュークにはわかっていた。
 ロザリアからの返事が、それ以外のものであるはずがない。
 デュークも十分、ロザリアのマリーベル好きは知っている。
 デュークがマリーベルに会いに北の町まで行くたび、ロザリアに散々な目に遭わされてきた。
 それは、マリーベルを愛するがゆえにということもわかっていたので、別にロザリアが憎いわけでもない。ただ、多少はうっとうしく感じてはいたけれど。
 デュークが、いざ今日こそ決めるぞと決意した瞬間、ロザリアが毎回時機をはかったように邪魔しに入っていた。
 ショーンははじめから眼中に入れていない。
「でも、旅支度を整え立とうとしたら、親に見つかって、結局来られなくなったって。まあ、当然よね。ロザリアって、領主さまの一人娘だもん。親じゃなくたって、町ぐるみでとめるわよ」
「は!? ロザリアちゃん、そんなにいいところのお嬢さんだったの?」
 マリーベルがけろりと言い放つと、デュークは大仰に驚いてみせる。
 そのわざとらしい振る舞いに、マリーベルはじとりとした視線をデュークに流す。
 けれど、すぐにふうとため息をひとつついた。
「ええ、そうよ、見えないけれどね。あと、ショーンもあれで、町いちばんの商家の跡取り息子よ」
「うわっ、何その意外な組み合わせ。――ああ、でも納得だな。だから、マリーベルとも対等に渡り合えるのか」
 驚いてみせつつも、デュークはすぐに妙に納得したようにうんうんうなずく。
 マリーベルは持っていた手紙をぽいっと放り捨て、そのままデュークの胸倉をつかみ詰め寄る。
 額には、しっかり青筋が一本、浮かび上がっている。
「それ、どういう意味よ?」
「いや、こっちの話」
「もうっ」
 マリーベルは憎らしげにデュークをにらみつけ、ぷいっと顔をそむけた。
 けれどすぐに、ぽいっとデュークを放り捨て、にたりと笑った。
「それでね、かわりにこれを送ってきたわ」
 マリーベルはそう言いながら、足元においていた手紙とともに送られてきた小包をあけ、その中から小さな包みを取り出した。
 その包みを、デュークにびしっとつきつける。


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update:09/11/03