友からの便り(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 デュークは目をぱちくりとまたたかせ、不思議そうに首をかしげた。
「何、これ?」
「殺虫剤」
「って、俺、害虫扱い!?」
 マリーベルがさらっと答えると、デュークは瞬間目を見開き叫ぶ。
「あら、これで理解できちゃったの? 残念、おもしろくないわ。あえて害虫駆除剤とは言わなかったのに」
「マリーベルぅ〜」
 けらけら笑うマリーベルに、デュークはまたがっくり肩を落とす。
 最近、マリーベルは、デュークの気持ちを見透かしているのか、よくこうしてデュークをもてあそぶ。
 マリーベルにはそのつもりはないのだろうけれど、デュークはふりまわされっぱなしのような気がしてならない。
 まあ、それはきっと、いい傾向なのだろう。
 これまでは、デュークはマリーベルにまったく相手にされていなかったのだから。
 いや、されてはいたけれど、以前はもっととげとげしかった。近頃は、それもやわらいだような気がする。
 マリーベルの手から包みをとり、デュークは難しい顔をする。
「だけど、こんなのどうするんだ?」
「あら、これはこれで役に立つわよ。量さえあれば、人一人くらい十分駆除できるわ」
 マリーベルはにっこり笑って、デュークの手から包みをひょいっと取り返した。
 そして、小包の中に、何故か妙に大切にしまいこむ。
 それを見てしまい、デュークの胸に嫌な予感がよぎる。
 もしかしてもしかしなくても、いざとなれば、マリーベルはそれをデュークに使うつもりでは……?
 いやいや、さすがにそんなことはないと信じよう。……信じたい。
「大丈夫よ。よほどのことがない限り、これをデュークに使ったりしないから。デュークなんかのために、人殺しにはなりたくないからね」
 マリーベルはそう言って、またけらけら笑い出す。
 どうやら、デュークの内なる思いまでも、マリーベルには見透かされてしまったらしい。
 楽しげに笑うマリーベルを、デュークは目を細め、愛しげに見つめている。
 どんなに残酷なことを言ったって、それがマリーベルの本音ではないことくらい、もちろんデュークもわかっている。
 マリーベルはこうして、デュークをからかって楽しんでいるだけ。
 いやしかし、よほどのことがあれば、あるいは――?
「ところで、マリーベル。手紙を読み終わったなら、これに着替えて」
「え?」
 デュークは唐突にそう言うと、ぱんと手をひとつ打った。
 すると、さっと扉が開き、ジョナスが入ってきた。
 その後ろには、使用人が二人従っている。
 使用人の手には、ふわふわのいかにも少女らしいかわいらしいドレスが持たれている。
 どうやら、扉の向こうでずっと、デュークの合図を待っていたらしい。
「今日、街の広場で雪祭りがあるんだよ。一緒に見に行こう」
 デュークはそう言うと、そのままマリーベルを抱き寄せようと腕をのばす。
 しかし、マリーベルはそれをとっさによけ、飛びのいた。
「……何故逃げる?」
「だ、だって……っ」
 恨めしげにじっとり見つめるデュークに、マリーベルはぷいっと顔をそむける。
 マリーベルを捕えようと、再びデュークの手がのびる。
 今度もまた、すんでのところでマリーベルはそれをかわした。
「だって、何?」
 とてつもなく面白くなさそうに、デュークはつぶやく。
「だって、デューク、今腕をまわそうとしたでしょう! それに、あんなの着れないわ!」
「どうして? 似合うのに」
 使用人が持つドレスを指さし、わたわた慌てて叫ぶマリーベルに、デュークは不服そうに口をとがらせる。
「似合わないわよ! どうしてデュークって、そういう趣味なのよ!?」
「そういう趣味? 女性らしいのは嫌いなの? マリーベルは」
 デュークは不思議そうにマリーベルを見つめる。
 わざとらしくかしげたその首が、なんとも腹立たしい。
 マリーベルはじりじり後退しながら、デュークとの距離を懸命にはかる。
 しかし、マリーベルの後退にあわせ、デュークもじわりじわり前進する。
「嫌いというか……似合わない。それに、出かけるからってわざわざ着替える必要もないでしょう」
「あるよ。だって、俺が着替えて欲しいから」
 その言葉を聞いた瞬間、マリーベルは身の危険でも感じたのだろうか、だっと駆け出した。
 それにあわせ、デュークもマリーベルを追いかけ走り出す。
 ソファをぐるりとまわり、円卓をぴょんと飛び越え、デュークにつかまってなるものかと、マリーベルは必死に逃げまわる。
 つかずはなれずの絶妙な距離をたもち、デュークはその後についていく。
 必死のマリーベルにくらべ、デュークはなんだか余裕しゃくしゃく。この追いかけっこを楽しんでいる。
 それが、マリーベルは悔しくてたまらない。
 デュークの思い通りになんて、絶対になりたくない。
「何それ、そんなの理由になってない!」
「理由になっているよ。俺が俺の選んだ服を着るマリーベルを見たいから」
「意味わかんないっ!」
 ぎゃあぎゃあ叫びながら逃げまわるマリーベルと、楽しげに追いかけるデュークを、ジョナスは面倒くさそうに眺めていた。
 このやりとりは、マリーベルの傷が癒え、走りまわることに許可が下りてから、ここしばらくずっと続いている。
 さすがにそろそろうんざりもしてくる頃だろう。
 しかし、ゆっくり見学しているわけにもいかないので、ジョナスはやはり面倒くさそうに、追いかけっこを続ける二人にため息まじりに声をかける。
「まったく、痴話喧嘩はそれくらいにしてください。メイドたちが困っていますよ」
「痴話喧嘩じゃない!」
 マリーベルはジョナスの言葉にはじかれたように、ぴたりと動きをとめ叫ぶ。
 同時に、デュークがマリーベルを抱き寄せ捕獲した。
 マリーベルの顔から、さあと血の気が引いていく。
 これは、主従が結託した巧みな陽動作戦。そう、デュークにマリーベルを捕えさせるための作戦だった。
 デュークの腕の中で、マリーベルは力いっぱいじたばたもがく。
「マリーベルさま、いい加減観念してください。だだをこねていると、雪祭りに行く時間がなくなってしまいますよ」
「……うっ。ジョナス、あなた、わたしの味方じゃなかったの!?」
 マリーベルはにじにじとデュークの腕の中から逃れようと抵抗を試みつつ、恨めしげにジョナスをにらみつける。
 けれど、ジョナスはさらっとマリーベルの視線をかわし、にっこり微笑んだ。
「何のことでしょう? わたしは、リープ家の執事です」
「裏切り者ー!!」
 同時に、マリーベルの非難たっぷりの叫び声が、雪に覆われたリープ家に響き渡った。


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update:09/11/11