雪祭り(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「結局、こうなるのね」
 雪がぱらつく中、不服そうに唇をとがらせ、マリーベルはだらだら大通りを歩いている。
 もう少し歩けば、前方にひらけた場所が見える。
 道の両側には、隙間がないほどびっしり馬車が停まっている。
 馬車の横では、御者らしい男が紫煙をくゆらせ、白い雪が舞い落ちてくる灰色の空をぼんやり眺めている。
 そうかと思えば、やはりこちらも御者らしい男が数人かたまり談笑している。
 マリーベルたちが乗ってきた馬車は、ここから少しはなれた向こうの通りに待たせてある。
 マリーベルがだだをこねたため仕度が遅くなり、出遅れてしまった。
 雪祭り会場となっている街の中央の広場周辺の道には、もう馬車があふれ停める場所がなかった。
 そこで、そのような会場からは遠いところに停めなければいけなくなった。
 しかし、だからといって、歩くことが億劫なマリーベルとデュークではないので問題はない。
 むしろ、雪を踏みしめ歩くことを楽しんでいる。
 雪を踏むたびきゅっきゅっと鳴る音が耳に心地いい。
 首都だけあり、降り積もった雪もしっかり処理されているので歩きにくくもない。
 マリーベルが住む北の町などは、大雪が降った時のみ申し訳程度に処理されるだけ。
「マリーベル、なんだか不服そうだな」
「不服に決まっているでしょう、こんな服」
 デュークがどことなく楽しげにマリーベルの顔をのぞき込む。
 その顔を、マリーベルは両手でべしっと押しやる。
 コートを羽織り、毛皮の首巻きを巻き、びしっとブーツを履きこなし、防寒対策を完璧にしているので一見してはわからないが、コートの下にはマリーベルの言葉通り、こんな服≠着ている。
 追いかけっこの末、ジョナスの裏切りにより、マリーベルは結局、腑に落ちない服を着せられてしまった。
 厚手の淡い黄色の裾がふんわり広がっているドレス。
 その姿を見て、デュークはとても満足そうに微笑んでいた。
 それが、マリーベルはなんだか面白くない。
「どうして? 似合っているのに。やっぱり俺の見立ては完璧だな」
「妙なところで自画自賛しないでくれる? というか、似合っていないし、全然」
 得意げに微笑むデュークを、マリーベルはじろりとにらみつける。
 デュークはマリーベルの言葉に納得できないのか、不思議そうに首をかしげる。
「かわいいのに」
「かわいくない!」
 しかも、そのかしげ方がいかにもわざとらしいので、マリーベルはいらだちのあまり、デュークの胸にひとつ拳をお見舞いした。
 その拳を、デュークはすかさずきゅっと握る。
「はいはい、それより、ほら、見てごらん」
 デュークはそう言って、くいっとマリーベルを抱き寄せ、前方を指差す。
 言い合いをしている間に、目的の広場にやって来ていた。
 今日はあいにく雪がぱらついているけれど、それでも視界が悪いわけではない。
 むしろ、広場いっぱいに広がる雪像に雪が舞う様は、幻想的にすら見える。
 中央にはいくつも小塔を持つ城。そのまわりに、天使や一角獣等空想上の生き物、他歴史的建造物や自然を題材にした雪像が絶妙な間隔で並んでいる。
「わあっ!」
 デュークが指差すまま視線を向け、マリーベルは思わず声をあげた。
 一瞬にしてすっかり機嫌を直してしまったマリーベルを、デュークは微笑みを浮かべ見つめる。
 マリーベルが好きそうだとは思っていたけれど、まさかここまで好感触だとはデュークも思っていなかった。
 やはり、普段は意地をはってつんけんしているマリーベルでも、心根はちゃんと女の子ということだろう。
 抵抗することすらころっと忘れて見入るマリーベルを、デュークはもう少しだけ強く抱き寄せる。
 感じるマリーベルのぬくもりが、デュークの胸にじんわり広がっていく。
「どう? 規模は小さいけれど、綺麗だろう。あれが夜になると灯火されるんだ」
「嘘!? 見たい!」
 マリーベルはこれまで見たことがないほど目をきらきら輝かせ、デュークの胸にしがみつくようにつかみ、ずいっと詰め寄る。
 その両手をふわりと包み込み、デュークは得意げに笑う。
 いつにないマリーベルの素直な反応が、デュークの心を喜ばせる。
「だと思った」
 すっかり雪像に心奪われてしまったことをいいことに、ディークはそのままマリーベルの腰に手をまわす。
 抱き寄せるにとどまらずそれ以上の行動に出ても、やはり雪像に夢中のマリーベルは気にした様子はない。
 いつもなら、腰に手をまわす前に、ドスケベとののしられ、デュークは張り倒されている。
 デュークはしめしめとばかりに、マリーベルに気づかれないように小さく笑う。
 しかし、デュークの勘違いでなければ、今この時もそうだけれど、最近のマリーベルのデュークに対する態度はだいぶやわらかくなってきている。
 それなのに、触れようとすると、他の何かに意識がいっていない限り、どうしてマリーベルはかたくななまでにデュークを拒むのだろうか?
 きっと、マリーベルは普段の態度からデュークを嫌いではないはず。それなのに、何故?
 近頃のデュークは、気づけばそんなことばかり考えている。
 どうすれば、もう少しマリーベルに近づくことができるのか。どうすれば、マリーベルの心に触れることができるのか。
 たしかに、二人は商売敵ではあるけれど、何度も協力している。敵対しているわけではない。
 あのダークの一件後も、何件か吸血鬼騒動があり、その度にともに解決してきた。
 事件を解決するごとに、二人の距離も縮まっていたはず。
 必死に抵抗するマリーベルもそれはそれでかわいいけれど、素直にデュークに身を任せるマリーベルはもっとかわいい。
 デュークはそろそろ、もう少し進展した関係を望んでいる。
 たとえば、こうして抱き寄せても殴ったりしないとか、好きだと言っても平手打ちしたりしないとか程度に。
 そうするたび、マリーベルは恥らうような仕草を一瞬見せ、次の瞬間には容赦なくデュークに鉄槌が下っている。
 ただ恥ずかしがっているだけのようには見えないので、デュークはそれが少し気にかかる。
 マリーベルに歩調をあわせ、雪像の間をゆっくり見てまわっている時だった。
 ふいに背後から探るように声がかかった。
「マリーベルさん?」
 マリーベルは夢の世界から引き戻されたように体をはねさせ、勢いよく振り返った。
 同時に、マリーベルの肘がデュークのわき腹を絶妙に攻撃していた。
 デュークは思わず小さく声をもらし、顔をゆがめる。
 これはたまたまなのか、それともわざとなのか……?
「あ、メロディ、久しぶりね」
 マリーベルに呼びかけたのは、メロディだった。
 例の一件の被害者で、そしてダークに彼に関する記憶を消されてしまった女性。
 あの後、メロディは何の問題もなく暮らしていると、ジョナスの報告があった。
 横で必死に痛みに耐えるデュークなどかまわず、マリーベルは嬉しそうに顔をはなやがせるメロディに歩み寄っていく。
 その背を、デュークは恨めしげに見つめる。
「お久しぶりです。マリーベルさん、まだこちらにいらしたのですね!」
「ええ、本当は帰ろうかと思ったのだけれど、気づいたら冬になってしまっていて、帰り損ねちゃったの」
 マリーベルはばつが悪そうに、ちろっと舌を見せる。
 メロディは両手を合わせ、にっこり笑う。
「そうなのですか? でも、嬉しい。冬の間はここにいるのですよね? でしたら、一緒にお茶などもできますか?」
「うん、もちろんよ」
 マリーベルは力強くうなずく。


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update:09/11/19