雪祭り(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 メロディははたと気づいたように、マリーベルの背に負の念を送り続けるデュークに恐る恐る声をかける。
「……ご当主さま、マリーベルさんをお借りしても……?」
 デュークははっとして、明らかな作り笑いをする。
「ああ、時々ならね」
 そして、いかにも理解ある恋人を装う。
 しかし、それを容認しないのがマリーベル。
「ちょっとデューク、なにわたしを所有物みたいに言っているのよ」
 そう、マリーベルはデュークの所有物ではない。
 普通ならば、そういう言われ方をすればぽっと頬でも染めようものだろうけれど、どうもマリーベルは肝心なところで鈍いのか、本来とは違ったふうにとってしまったらしい。
 デュークは残念そうに口をとがらせる。
「そうは言っていないけれど、マリーベルがいつもいないと、ここにとどまらせた意味がないだろう」
「……意味?」
 デュークはマリーベルには遠まわしに言っても無駄だとわかっている。そこで、直接的にがつんときめる。
 北の町の一件以後、デュークはそれなりに伝えてきたはずなのに、マリーベルにはさっぱり通じなかった。
 そこで、戦法を変え、鈍いマリーベルでも気づくだろうと直接的に攻めることにした。
 それでも、マリーベルはやはりまだデュークの気持ちには気づかないでいるらしい。
 さすがに、デュークもそろそろ悲しくなってくる。ここまでマリーベルが鈍いと。
 そして今度もやはり、マリーベルはデュークの言葉の裏に隠れたことに気づかず、訝しげに首をかしげる。
 けれど、メロディはしっかり理解しているので、ぽっと染まった頬に両手をそえ、にっこり笑う。
「まあ、あてられちゃいましたわね」
「はあ!?」
 マリーベルはますます訳がわからないと、顔をゆがめる。
 そんなマリーベルの頭を、デュークがあやすようにぽんぽんなでる。
「まあまあ、マリーベル」
 そして、すっとメロディに顔を寄せ、マリーベルに聞こえないようぼそりつぶやく。
「メロディ嬢、マリーベルはわかっていないから」
「まあ!」
 メロディは目を見開き驚いてみせ、それから楽しげにくすくす笑う。
 どうやら、デュークのその言葉だけで、メロディはしっかり理解してしまったらしい。
 マリーベルがわかっていないのではなく、本当はデュークが相手にされていないだけ。
 けれど、それを認めるのはデュークの男の誇りが絶対に許さない。
 だから、メロディにも見栄をはり、マリーベルがメロディの言葉をわかっていないと思わせるように誘導した。
 まさか、マリーベルとデュークの関係は停滞したままなどと他人に悟られては、デュークの男の沽券にかかわる。
 せめて、まわりには、二人の関係は順調と思わせておきたい。
 本当に、デュークはなんて器が小さいのだろう。つまらない見栄をはるのだろう。
「それじゃあ、わたしはこの辺で失礼しますね。後日、あらためてお声をかけさせていただきますね」
 メロディはひとしきり笑い終わると、にっこり笑ってマリーベルに語りかける。
「うん、楽しみにしているわ」
「では、ごきげんよう」
 メロディは一礼して去っていった。
 随分前から来ていたのだろう、広場からすぐそこに停まっている馬車の横で頭をたれる御者へ向かい歩いていく。
 たしかに、相変わらず雪は舞い、もうそろそろ日も傾きはじめ、風も冷たくなってきた。
 メロディを見送っていると、入れ違うようにして初老の紳士がゆったり歩いてくる。
 腕にステッキをかけ、上品そうな雰囲気をまとっている。
 その男性に気づき、デュークはさっとマリーベルを抱き寄せ、微笑みを浮かべた。
 マリーベルもとっさのことで抵抗ができなかった。
「ファーガソン卿、お久しぶりです」
 しかも、デュークがそう声をかけてしまったから、手前無下に振り払うことができない。
 マリーベルはちょっぴり不服そうに、デュークから顔をそむける。
 それが、マリーベルが今できる精一杯の抵抗。
「おや、デュークくんじゃないか」
 ファーガソンと呼ばれた男性もデュークに気づき、にこやかに微笑みながら歩み寄ってくる。
 マリーベルはデュークのわき腹をこつんと小突き、ぼそりささやく。
「デューク、知り合い?」
 デュークはにっこり笑い、ファーガソンにさっと手を向けた。
「ああ、こちら、ファーガソン公爵だよ」
「うわっ、偉い人じゃない」
「そう、偉い人。だから、粗相のないようにな」
 マリーベルは驚き、デュークの袖をきゅっと握る。
 それが嬉しかったのか、それともマリーベルの驚いた顔が愛しかったのか、デュークは楽しげにくすくす笑う。
 そして、デュークの背に隠れようとしているマリーベルを、背をついっと押し前へ促す。
 瞬間、マリーベルは非難するようにじろっとデュークをにらみつけた。
 けれどすぐに観念し、ファーガソンにぎこちなくにこっと笑ってみせる。
「いいよ、デュークくん。それほど大層なものではないからね」
 マリーベルの不慣れな様子を見てとり、ファーガソンはおだやかに微笑む。
 そして、マリーベルの手をすっととった。
「はじめまして、かわいいお嬢さん。わたしは、コンラッド・リード・ファーガソン。以後お見知りおきを」
「はじめまして、マリーベル・ダグラスです」
 ファーガソンはマリーベルの手に、そっとキスをひとつ落とした。
 そして、マリーベルの手から手をはなしていく。
 ファーガソンにつられるように、マリーベルも気づけばにっこり笑っていた。
 恥ずかしそうに、ファーガソンがキスをした手を反対の手できゅっと握る。
「え? ダグラス……?」
 マリーベルが名乗ると、ファーガソンは眉根を寄せ、探るようにマリーベルを見つめた。
 マリーベルは、不安げにファーガソンの様子をうかがう。
 どうして急に顔色がかわったのか……。いや、理由ならわかる。
 よほど世情にうとくない限り、ダグラスと聞きぴんとこない者はいない。
 ダグラス家といえば、世間に名の知れたヴァンパイア・ハンター。
 普通は、まずはそのダグラスを連想するだろう。
「やっぱりひっかかりますか」
 デュークもそれはわかっているようで、戸惑うマリーベルをかばうように何事もないようにたわいなく口にする。
「あ、ああ、驚いたよ。まさか、あのダグラス家のお嬢さんに会うことがあるとはね」
 ほうと小さく息を吐き出しながら、ファーガソンはまた穏やかに微笑む。
 ファーガソンもやはり、例にもれずあのダグラス家を連想したのだろう。そして、それに答えを与えられ驚きもおさまった。
 それどすぐに、何かに気づいたようにふと顔を曇らせた。
「あの家は、たしか……」
 ファガーソンは確認するようにマリーベルを見る。
 マリーベルは肩をすくめ、微苦笑を浮かべた。
「はい、わたしが最後の一人です」
「そうか、それは大変だね」
 マリーベルは困ったような笑みを浮かべ、ふるふる首を横に振る。
 どうやら、ファーガソンはそのことまで知っているらしい。
 ダグラス家を知っているのは一般的だけれど、そこまでの事情を知る者はあまりいない。
 マリーベルは、ダグラス家の最後の一人。他に血のつながる者はいない。
 もともと、ダグラス家とはそれほど大きな家系ではない。
 ヴァンパイア・ハンターの家系と有名になったのも、祖父の功績による。
 その祖父のクール・ダグラスは寿命ですでに亡い。
 マルセルの恋人だったマリーベルと同じ名を持つ女性は、生涯独身を貫いたのでそこで血が絶たれた。
 また、クールの子供も一人きりで、その子供の娘がマリーベル。
 そう考えると、ダグラス家にはすでに人はそれほどいなかったのだろう。
「マリーベルも冬の間は我が家に滞在していますので、何かあればおっしゃってください」
 もう少し強くマリーベルを抱き寄せ、デュークは微笑む。
 マリーベルは驚いたようにデュークを見つめ、そのままそっとデュークの胸に頬を寄せる。
「これは頼もしいね。ヴァンパイア・ハンターの二大家がおそろいだ」
 ファーガソンはどこか楽しそうにそう言うと、かるくあいさつをして広場の奥へ歩いていった。
 これから、この広場をひとまわりして雪像見物をしていくのだろう。


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update:09/11/25