雪祭り(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 ファーガソンを見送りながら、マリーペルはぽつりつぶやいた。
「なんか感じのいいおじいさんだったわね」
「ああ、俺もよくしてもらっている」
 デュークはくすりと小さく笑い答える。
 すると、マリーベルは目を見開き、まじまじデュークを見つめる。
「へえ、意外ね。デュークが人を誉めるなんて」
「それ、どういう意味? マリーベルは、俺を何だと思っているんだ」
 デュークはがっくり肩を落とし、恨めしそうにマリーベルの顔をのぞきこむ。
 それから、もうちょっとだけマリーベルを抱き寄せる。
「え? だって……。ううん、何でもない」
「そうか?」
 ふるふる首をふるマリーベルに、デュークは首をかしげ微笑む。
 いつもならデュークはそろそろマリーベルに突き飛ばされる頃だろうに、それもない。
 そればかりでなく、またデュークをからかって遊びはじめるのかと思えば、やっぱりそれもない。
 デュークはそこに少しの違和感を覚えるけれど、とりあえずマリーベルがまだ腕の中にとどまっていることだけに集中する。
 油断すれば、すぐにまたデュークの腕の中からマリーベルは逃げてしまうだろう。
 マリーベルを抱き寄せほこほこと顔をほころばせるデュークを、マリーベルはなんだか浮かない顔でちらっと見る。
 舞踏会で、そしてその後も、首都にとどまっていれば必然、マリーベルの耳に入ってきた。
 この街でされている、デュークの噂のあれやこれや。
 あまりいい噂は聞かない。
 もちろん、女性たちの間でされている噂はどれも絶賛だったけれど、それが男性のものになると……。
 女性たちの噂は、マリーベルもあてにはならないとわかっている。
 しかし、男性たちのそれは、決して無視できるものではない。
 それは、デュークがヴァンパイア・ハンターがゆえにされている噂だから。
 きっと、何の色眼鏡もない男性の噂こそが、本当の世間の評価なのだろう。
 また、デュークはそしられ、一方で恐怖の対象にもされている。
 まあ、そのようなものは、ヴァンパイア・ハンターならば、少なからずついてまわることではある。
 マリーベルでさえ、少しは恐れられることもある。女で年若いがゆえ、侮られることの方がまだ多いけれど。
 けれど、デュークに関するものは、どれも度を越している。
 どうしてそこまで、恐れられるのだろうか?
 人々が抱く感情こそ違えど、それはまるであのクール・ダグラスのような扱い。
 一方は英雄、一方は恐怖の対象。
 マリーベルが知らないだけで、デュークにはそれほど恐れられる要素があるのだろうか?
「それより、灯火も見るだろう? そろそろ日が暮れてきたから、このままここで待っていよう」
 デュークはそう言って、雪像のわきの真っ白い長椅子を指差す。
 雪像と同じように、雪をかため作られている。
 そのまま座ってはいかにも冷たそうに、夕暮れのわずかな陽光をはじくようにきらきら光っている。
 先ほどから、ぽつりぽつり帰っていき、もう辺りにいる人はまばら。
 これから、恋人たちの時間がはじまる。
 デュークはマリーベルの手をとり雪の椅子まで来ると、首に巻いていたマフラーをすっとはずした。
 それを椅子の上に敷き、マリーベルを促す。
 マリーベルは戸惑いがちにデュークを見つめ、すぐに観念したように小さく吐息をもらした。
 観念したふうだけれど、それはあくまで装っているだけで、胸の内はじんわりあたたかい。
 そのさりげない気遣いが、マリーベルは何故かたまらなく嬉しい。
 デュークはちゃんと、マリーベルのことを考えていると思うと、胸がきゅっと締めつけられる。
 まるで、お姫様になったような気分。
 「ちょっと待ってて」と言い置いて離れていくデュークの後ろ姿を、マリーベルは思わずじっと見つめる。
 どうして場を離れるのか?と疑問を抱く時間も、一人にされ不安を抱く時間も与えず、デュークはすぐに戻ってきた。
「はい、ホットチョコレートでいい?」
 デュークはそう言って、手に持つほわほわ湯気をあげるカップをマリーベルへ差し出す。
 じわりと、マリーベルの鼻に、ホットチョコレートの甘い香りが染み渡る。
「どうしたの? これ」
 マリーベルは首をかしげながら、デュークからカップを受け取る。
「すぐそこのワゴンで売っているんだよ。他にも、あたたかいお菓子とかスープとか。雪祭りの時には、広場周辺の道にワゴンがいろいろ出るんだ」
「へえ、なんだか楽しいわね」
 そう言いながらマリーベルの横に当たり前のように腰かけ、デュークは一口ホットチョコレートを口にする。
 マリーベルもそれにつられるように、ホットチョコレートを一口こくんと飲む。
 寒い時はやはり、甘くてあたたかい飲み物がおいしい。
 そろそろ冷えはじめていた体に、じんわりぬくもりが広がっていく。
 白い息を吐きながら、空の明るさをうかがうように見上げるデュークの横顔を、マリーベルはちらりと横目で見る。
 すると、何故かデュークから目が離せなくなってしまった。
 けれど、あくまでちらりと横目で見ているだけなので、見つめていることはデュークに気づかれることはないだろう。
 デュークのことだから、もしかしたら気づいているかもしれないけれど、まっすぐ見ているわけではないので、その辺りはマリーベル自身に言い訳ができる。
 そう、もし間違ってデュークに気づかれ問われたとしても、いつもの調子で「見ていないわよ!」と怒鳴れる。
 もうひと口、ホットチョコレートをのどに流し込む。
 やっぱり、甘くてあたたかくて、気持ちまでほこほこになってくる。
 ふと、デュークの視線がマリーベルへ向けられた。
 目が合いそうになり、マリーベルは慌てて視線をそらす。
 けれどすぐにまた、ちらりとデュークに視線を移す。
 すると今度はしっかりばっちり合ってしまい、じろりとデュークをにらみつける。
 デュークはおかしそうに、くすりと笑った。
 そうして、こくりこくりと、何事もなかったようにデュークはホットチョコレートを飲み干していく。
 マリーベルは悔しそうにデュークをにらみつける。
 けれど、何故か心はほわほわしてあたたかい。
 そろそろ、日が落ちていく。
 空は薄暗くなり、ぽつりぽつり、雪像のあちこちにろうそくの火がともっていく。
 この雪像を管理している者だろう、あちらで一人、こちらで一人、ろうそくひとつひとつに火をつけてまわっている。
 ぼんやりと、優しい明かりの中、昼間とは違う雪像たちが姿を現した。
 やわらかな橙色の明かりに浮かび上がる。
 ろうそくの炎に照らされたぱらぱら舞う雪が、光りはじける。
 まるで、光の雨が降っているよう。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/12/02