雪祭り(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

「……綺麗ね」
「ああ」
 マリーベルとデュークはぽつりそうもらし、自然に身を寄せ合っていた。
 二人の目には、ゆらゆらゆれるろうそくの明かりが映っている。
「マリーベル、寒くない?」
「え?」
 ふいに、マリーベルは体にぬくもりを感じた。
 思わずばっとデュークを見ると、マリーベルの肩を抱き寄せすぐ目の前で優しく微笑んでいた。
 マリーベルはいつものくせで、反射的に抗おうとしたけれど、それはかなわなかった。
 いつもなら頭で考えるまでもなく体が自然に動くはずなのに、何故か体は動かないまま。
 そればかりか、マリーベル自ら、もう少しだけデュークにきゅっと体を寄せた。
 ホットチョコレートで十分体はあたたまったはずなのに、触れたデュークの体の方がもっとあたたかく、そのぬくもりを求めるようにマリーベルの体は動いていた。
 このぬくもりは、何故かはなし難く感じる。
 マリーベルはそのままそっと、デュークの肩に頭をよりかからせる。
 やはり、あたたかい。あたたかいだけじゃなく、何故かほっとする。
 胸がじんわりぬくもりを感じ、おだやかな気持ちになる。
 ちらっとデュークを見ると、またぱっちり視線が合った。
 なので再び、慌ててぱっと顔をそらす。
 そらした顔の向こうでは、デュークがくすくす笑う気配がした。
 気配だけでなく、マリーベルを抱き寄せるデュークの体も、小刻みに震えている。
 マリーベルは顔を戻し、ぷうと頬をふくらませ、じろっとデュークをにらみつける。
 けれど、それもすぐにやめてしまい、またデュークに頭を寄せていく。
 今度はデュークの肩にではなく、デュークの胸に、ぽてんと。
 すると、マリーベルの頬に、デュークの手が触れた。
 手袋をした手の上からでも、そのぬくもりが十分に伝わる。
 マリーベルは思わず顔をあげた。
 そうするとまた、デュークと視線が合う。
 デュークの目は、積もるこの雪の冷たさなど他愛ないとばかりに、熱く優しくマリーベルの姿を映している。
 まるでその瞳に吸い込まれそうに、マリーベルはぼんやりデュークに体をあずける。
 デュークはマリーベルを抱き寄せ、二人はそのまま互いに見つめあう。
 自然にマリーベルの顔にデュークの顔が近づいていく。
 ふわりと、マリーベルの唇に、デュークのあたたかな吐息が包み込むようにかかった。
 どくんと不思議な動きを、マリーベルの胸がする。
 そしてそのまま、吐息と吐息が絡み合うまで二人の顔が近づいた。
 けれど、唇が触れるか触れないかのところで、マリーベルは我に返ったように目を見開き、慌ててばっと顔をそむけた。
 かるく、デュークの胸を押す。
 そらしたマリーベルの顔は、なんだか辛そうにゆがめられている。
 デュークは衝撃を受けたようにマリーベルを見つめる。けれどすぐに、何かに気づいたように小さく首をふり、吐息をもらした。
 そして、マリーベルを解放し立ち上がる。
 戸惑いがちに見上げるマリーベルに、デュークは手を差し出す。
「さて、そろそろ帰ろうか。かなり冷え込んできたからね」
 それから、何事もなかったようににっこり微笑む。
 マリーベルは苦しそうに、唇をきゅっと結ぶ。
「……うん」
 そして、デュークの背であわい明かりに浮かび上がる雪像のひとつにちらりと視線を移す。
 デュークはおかしそうに、くすりと小さく声をもらす。
 デュークの目には、マリーベルが名残惜しそうにしていると映ったのだろう。
 いや、そうは映っていなかったけれど、デュークはそう思い込もうとしている。
 マリーベルのその仕草の意味を、デュークはしっかりわかっているようだった。ただ、それに気づかないふりをしているだけ。
 デュークは、からかうように口の端を少しあげた。
「まだ来週まで続くから、見足りないならまた来よう」
「そ、そんなのじゃないわよ!」
 マリーベルは慌てて言い放ち、ぷいっと顔をそらす。
 けれど、その表情はどこか複雑そうで、覇気がない。
 デュークの気遣いに気づき、しかしマリーベルもまた気づかないふりをしているのだろう。
 これ以上、気まずい雰囲気にならないために、互いに互いの気持ちを誤魔化しあう。
 デュークは今度はくすくすくすと楽しそうに笑う。
「もう、デューク! 馬鹿にしているでしょう!」
「いや、していないしていない」
「嘘おっしゃい!」
「本当だって」
 マリーベルは悔しそうにデュークをにらみつけ、ぽかぽかとデュークのお腹の辺りをたたき非難する。
 デュークはそのマリーベルの手をとり、さっと立ち上がらせる。
 勢いがついてしまい、マリーベルの体がそのままぽすんとデュークの胸の中へ飛び込んでいく。
 マリーベルはぼっと顔をそめ、慌ててデュークを突き飛ばす。
 それから、さっと背を向け、馬車を待たせてある向こうの通りへ急ぎ足で歩き出した。
 その後を、デュークが見守るようにゆっくりついていく。
 歩幅が違うためか、デュークはすぐにマリーベルに追いついた。
 そうして、マリーベルとデュークは、「嘘」「嘘じゃない」などと、なんとも不毛な言い合いをしながら、待たせてある馬車へ歩いていく。
 途中積もった雪に足をとられこけそうになったマリーベルを、デュークが慌てて支えたりすることもあったけれど、二人の言い合いはなお続く。
 灯火も終わりの頃になると、昼間あれだけ並んでいた馬車も、さすがにもうぽつりぽつりしか残っていない。
 リープ家の馬車を待たせてある辺りまで来ると、もう馬車の姿も人の姿も見なくなった。
 ただ、家々からもれるやわらかな明かりと、時折顔をのぞかせる月の明かりのみが、優しく夜の首都を包み込んでいる。
 あまりにもデュークがくすくす笑って「嘘じゃない」と言い続けるものだから、マリーベルはついに腹に据えかねた。
 そこで、道路わきへ処理され積み上げられた雪で雪玉をつくり、それをぼすんとデュークにぶつける。
 ちょうどデュークの胸の辺りが雪で白く染まると、マリーベルはにやりと満足そうに笑った。
 デュークは驚いたように目を見開き、そして次には声を上げて笑っていた。
 思いのほか子供っぽいことをするマリーベルを、愛しげに見つめている。
 ますますマリーベルはおもしろくなくなり、続けて雪玉を作り投げつけようとした時だった。
 前方の路地から、女性の悲鳴が聞こえた。
 マリーベルとデュークははっとして、悲鳴がした方を見る。手に持っていた雪玉を放り出す。
 すると、すぐそこの路地から、若い二人連れの男女が血相を変えて飛び出してきた。
 そのすぐ後から、いかにも粗暴な男が三人追いかけてくる。
 何やら口汚い言葉を怒鳴り散らしている。
 そして、二人の目の前で、逃げてきた二人連れの男の方が、追いかけてきた男の一人に捕まり殴りつけられ、そのまま地面に倒れこんだ。
 他の一人が、その男と一緒になり、倒れた男を踏みつけはじめる。
 また他の男が、二人連れの女の方の両腕をつかみ、拘束する。
 女は、倒れた男へよろうともがき叫んでいる。
 いきなりのその状況に、マリーベルもデュークも度肝を抜かれていたけれど、すぐに我に返り二人目配せし、強くうなずきあう。
 そして、二人は駆け出した。
 しかし同時に、二人の目の前から、女の姿がふいに消えた。
 突然のことに戸惑う次の瞬間、マリーベルとデュークの目の前には、予想だにしていなかった光景が広がっていた。


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update:09/12/09