雪祭り(5)
闇夜の月に焦がれる太陽

 真っ白い雪の上に、赤みを帯びたどす黒いものが広がっている。
 黒いどろりとした液体の上には、ぴくりとすら動かない肉塊が三つ。
 黒いものは、その肉塊から染み出し、雪をじわりじわり侵食していく。雪の上に赤い染みが広がっていく。
 やわらかな家の明かりと、顔をのぞかせる月の明かりに浮かび上がり、それは不気味に鈍くきらめく。
 マリーベルもデュークも何があったのかわからず呆然としていたけれど、すぐにはっと気づいた。
 見れば、地面に転がる赤黒いものへ射殺すように憎しみに満ちた眼差しを向ける女がそこに立っていた。
 鮮血がしたたるむき出しの牙に、涙に濡れた血色の瞳が、月光を浴び妖しく輝く。
 顔に散ったしぶきをぬぐう手もまた、血色に染まっている。
 その手から、ぽたりとひとしずく、それが落ちる。
 同時に、女とマリーベルたちの目がひたと合った。
 すると、女は慌てて背を向け逃げ出そうとする。
「待って!」
 その背へ向かって、マリーベルが叫んだ。
「待って、わたしたちは敵じゃないわ! それに、その人、あなたの連れでしょう? 置いていくの!?」
 マリーベルが問いかけると、駆け出していた女の背がびくんと震え、立ち止まった。
 それから、渋々といった様子で振り返る。
 疑心に満ちた目で、マリーベルの様子をうかがっている。
 マリーベルは少し強張ってしまっていた頬を、すっとゆるめた。それにつられ、口角もあがり微笑んだような表情になった。
「大丈夫、怖がらなくていいわ。全部見ていたわ、あなたは悪くない」
 目を細め優しげにかたるマリーベルの横にすっと歩み出て、デュークも諭すように告げる。
「この男は、俺たちで送ってあげるよ。その姿は……見せられないのだろう?」
 女は苦しそうに顔をゆがめ、体を強張らせ、逡巡したかと思うと、こくんとうなずいた。
 それから、ゆっくりと、一歩一歩、倒れたままの男へ歩み寄っていく。
 途中、血溜まりの肉塊の横にさしかかったが、それには一瞥もくれなかった。
 女の連れの男を支え起こそうとするデュークのすぐ横までくると、それをただ黙って見守っている。
 マリーベルは取り出したハンカチを、女の顔に散ったしぶきへ近づける。
 女はびくりと体を震わせ、さっと顔をそらした。
 けれど、マリーベルは気にすることなく、そのままその頬をぐいっとぬぐう。
「あなた、吸血鬼ね?」
 そして、女をまっすぐ見つめる。
 女はさっと顔をそらし、明らかな動揺の色を見せた。
 そして、探るようにマリーベルを見る。
「……わたしが、怖くないの?」
「ええ、まったく。だって、あなたは優しい吸血鬼だもの」
 マリーベルが平然と、にっこり笑って答える。
 すると女は、驚きに満ちた目でマリーベルを見つめた。
 まさか、この光景を見て、そのような言葉がもたらされるなど思っていなかったのだろう。
 何故そのような言葉がでてきたのか、心底不思議に思っている。
 マリーベルとデュークが見た状況では、この女と連れの男は、三人組の強盗に追われていた。
 ちょうど二人の目の前で、男が強盗につかまり、殴り殺されそうになっていた。
 女もまた、強盗に拘束され、その後の展開など見てとれるようだった。
 そんな中でも、女は男を守ろうと必死に抗っていた。
 そして、あの場面へうつっていく。
 マリーベルたちの目の前に一瞬真っ赤なしぶきが無数に飛び散ったかと思ったら、白い雪の上に血の海と肉の塊が三つ――。
 その状況から、連れの男を守ろうとこの女が強盗たちを手にかけたことがわかる。
 男と、そして自らを守るために、仕方がない状況だった。
 それを、マリーベルもデュークも非難できようはずがない。……たとえ、人でなかったとしても。
「彼、あなたの恋人?」
 マリーベルは、男にちらりと視線を向け問いかける。
 すると、女は戸惑いがちに、こくんとうなずいた。
 マリーベルはこたえるように、優しくにっこり微笑む。
 探るようにマリーベルを見つめていた女が、ぽつりつぶやいた。
「彼は知らないの」
 マリーベルは得心したように、大きく一度うなずく。
「あなたは、彼を守ろうとしたのね。それで、ついやりすぎてしまった」
 女は後悔したように苦痛に顔をゆがめる。
 これは、この目の前に広がる惨状は、どう見てもつい≠ナ済ませられるものではない。
 それを、女も重々承知しているのだろう。
 デュークは足元に転がる肉塊を汚らわしげに見下ろし、女の連れの男を抱え上げた。
 男はいまだ意識を失ったままでいる。
「こいつらは自業自得だな。死んで当然だ」
「……殺していないわ」
 デュークがつぶやくと、女は首をふるふる横にふった。
 たしかに血はたくさん流れているけれど、それは雪に染みそう見えるだけでそれほどではないのかもしれない。
「じゃあ……」
 マリーベルの顔が険しくゆがむ。
 殺していないということは、ではこの状況から考えられるもうひとつの可能性といえば――。
「大丈夫よ、この男たちは吸血鬼になったりしない」
 そう、あの一瞬の動き、そしてこの状況から、この女は間違いなく吸血鬼。
 先ほどから、マリーベルにもデュークにも、吸血鬼の気配がぷんぷん感じられる。
 吸血鬼に殺されず生き残ってしまった者の末路は、同族となる。
「だって、わたし、純血種じゃないもの」
「……え?」
「人間との混血なの」
「そう……」
 女吸血鬼は、自虐的な笑みを浮かべつぶやく。
 マリーベルはただ静かにうなずいた。
 この女が本当に純血種でないというなら、たしかに吸血鬼になることはないだろう。
 その力を有しているのは、純血の吸血鬼だけと聞く。
「とりあえず、ついておいで。悪いようにはしないから」
 男を抱えたデュークがちらっと女吸血鬼を見て、そのまま待たせてある馬車へ歩いていく。
 マリーベルは訝しげにデュークを見て、戸惑う女吸血鬼の手をひき駆けだした。
 悪いようにはしないと言っても、女吸血鬼がマリーベルたちに素直についていくだけの信用はもちろんまだない。
 しかし、だからといってマリーベルの手を振り払う勇気もなく、女吸血鬼はマリーベルにずるずる引っ張られていく。
 その場に、血にまみれ横たわる強盗三人を残して。
 空からは、冷たい花が舞い降りてくる。


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update:09/12/16