吸血鬼の宿敵(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 暖炉には、橙色のやわらかな炎がある。
 この部屋に入った時には、主人の帰りを待ちわびていたかのように、すでにぽかぽかあたたかかった。
 窓の外では、本格的に降りだした雪であたりが見えなくなっている。
 風があたり、がたがた窓が鳴る。
 恐らく、今夜はこれから荒れるだろう。
「あなたたち、ヴァンパイア・ハンターなの!?」
 がたんと大きな音を鳴らせ、女吸血鬼が椅子から立ち上がった。
「あら? わかるの?」
 けれど、マリーベルもデュークも気にすることなく、ゆるやかに湯気を吐き出すお茶をのんびり飲んでいる。
 夜も深まる頃では気になるだろう熱量も気にせず、マリーベルはクリームたっぷりのケーキまで楽しんでいる。
 先ほど、あのような場面を目撃したばかりだというのに、よく食べ物がのどを通るものである。
 しかし、それはデュークにも言えることで、ミートパイをお茶とともに口へ運んでいる。
「だ、だって、この屋敷って、ヴァンパイア・ハンターのリープ家の屋敷じゃない!」
 女吸血鬼は顔色を失い叫ぶと、そのまま扉へ駆けだす。
 その背へ向かって、マリーベルが声をかける。
「ああ、待って。大丈夫だから。あなたを狩るつもりなんてないわ」
「嘘よ! ヴァンパイア・ハンターといったら、わたしたちを見るとすぐに狩りたがるもの!」
 扉のノブに手をかけ、女吸血鬼ははき捨てる。
 それでも、マリーベルもデュークも、何故か落ち着き払っている。
 カップを置き、マリーベルはしみじみつぶやく。
「まあ、普通はそうかもねえ。でも、わたしたち普通じゃないし?」
 そして、ちらりとデュークへ視線を向け、同意を求める。
 デュークはにっこり笑って、大きくうなずいた。
「なあ?」
 にこにこと楽しげに笑うマリーベルとデュークを見て、女吸血鬼は怪訝に顔をゆがめた。
 手がノブからすっとはなれる。
「だって、この人、変人で有名なリープ家当主だもの」
 マリーベルはデュークの肩をべしべしたたき、きゃらきゃら笑う。
「マリーベル! 変人はないだろう、変人は!」
「本当のことじゃない」
「……まったく」
 マリーベルの肩をたたく手をつかみ、デュークは非難するように詰め寄る。
 けれど、マリーベルはまったく意に介した様子なく、むしろけろっと言い放った。
 それからまた楽しげに笑い出してしまったので、デュークはすっかり諦めてしまった。
 マリーベルには何をどう反論しても無駄だと悟り。
 まあ、たしかに、マリーベルの言うことは間違っていない。
 デュークは世間ではいろいろ言われる変人当主。
 そうあらためて自らで確認すると、デュークはなんだか切なくなった。
「マリーベルって、もしかしてあなた……。あの北の町のヴァンパイアを……」
 すっかり逃げ出すことを失念してしまったのか、女吸血鬼はさぐるようにまじまじとマリーベルを見る。
 するとマリーベルはデュークで遊ぶことをやめ、にっこり笑ってうなずいた。
「ええ、知っているの?」
「もちろんよ。だって、ヴァンパイアの間では有名よ」
 女吸血鬼はそう言いながら、ゆっくりマリーベルへ歩み寄る。
 逃げ出すことを忘れただけでなく、自ら宿敵ヴァンパイア・ハンターへ近づいていく。
 目の前までやってきた女吸血鬼を見上げ、マリーベルは大仰に肩をすくめてみせた。
「うわっ、なんか怖いわね」
「うん、怖いわよ。気をつけた方がいいわ」
「やっぱり?」
 女吸血鬼は神妙な顔で、マリーベルを見下ろす。
 マリーベルはへらっと愛想笑いをした。
 女吸血鬼に言われずとも、マリーベルはもちろん重々承知している。
 マリーベルがマリーベルの町でしたことを思えば、吸血鬼すべてを敵にまわしているとも言えてしまう。
 あのことを、恐らく、正しく承知している吸血鬼などいないだろう。
 皆、あのダークのように、下等な人間が高等な吸血鬼を殺した、吸血鬼の誇りを汚した、そう思っているだろう。
 そして、それをおもしろくなく思っている吸血鬼は、機会をみてマリーベルに仕掛けてくるかもしれない。
 その可能性は大いにあり、否定できない。
 それくらい危険なことだとわかっていてなお、マリーベルはマルセルを助けたかった。また、後悔していない。
 ただ、思いのほか、あの北の町の出来事は、多くの吸血鬼に知られているようではある。
「あなたのことをよく思っていないヴァンパイアも多いからね。でも、わたしはそうじゃないわ。あなたがあのマリーベルだというなら、……わたしを狩らないと信じてもいい」
 女吸血鬼はまっすぐマリーベルを見つめ、その手をすっととった。
 マリーベルは驚きに女吸血鬼を見つめ、すぐに微苦笑を浮かべる。
「なんか素直に喜べない信じられ方ね」
 二人の様子をうかがっていたデュークも、「俺は?」と問うように女吸血鬼を見る。
 女吸血鬼はちらりと横目でデュークを見て、諦めたようにはあとため息をもらした。
「あなたも……。マリーベルが言うなら、あなたも信じていいわ」
「俺、マリーベルのおまけ?」
 デュークは、がっくり肩を落としてみせる。
 すると、マリーベルの呆れた視線が、デュークに冷たく投げつけられる。
「当たり前じゃない。あなたほど信頼に欠ける男はいないわ」
「なんか散々な言われ方だな」
「だから、事実でしょ」
 マリーベルはやっぱり、冷たくきっぱり言い放つ。
 デュークはやれやれといった様子で、苦く笑う。
 当然、デュークはどういう答えがマリーベルから返ってくるかわかった上で言っている。
 わかっていても、それでも思い切り、胸にぐさぐさつきささるらしい。
 その時だった。
 暖炉の前のソファに寝かせていた、女吸血鬼の連れがうめくようにわずかに声をもらした。
 はっとして、マリーベルたち三人は男へ視線を向ける。
 女吸血鬼は握っていたマリーベルの手をはなし、男へ駆け寄る。
 マリーベルとデュークも互いに目で合図し合い、立ち上がり、男のもとへ歩いていく。
 女吸血鬼が男の手を両手で握り締め、心配げに見つめている。
 ゆっくりと男の両のまぶたが持ち上がってくる。
 それを認めて、女吸血鬼は今にも泣き出しそうにぱっと顔をはなやがせた。
「ハロルド!」
「……え? あ、プリシラ?」
 呼びかける女吸血鬼――プリシラに、男――ハロルドは要領を得ない様子でぼんやりつぶやく。
 その瞬間、プリシラはハロルドにすがるように勢いよく抱きついた。
 ハロルドはいきなりのプリシラの行動に、どぎまぎ慌てている。
 そして、体を小刻みに震わせ静かに泣き出したプリシラに気づき、切なげに目を細め見つめる。
 けれどすぐに、その向こうに微笑を浮かべ見守るマリーベルとデュークの姿を見つけ、ぎょっと目を見開いた。
 それから、慌ててプリシラを抱きかかえながら上体を起こす。
 殴られ蹴られたところが痛むのだろうか、辛そうに顔をゆがめた。


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update:09/12/22