吸血鬼の宿敵(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「あ、あの……あなた方は? それに、ここは一体……?」
 ハロルドは困惑し、確認するようにマリーベルたちを見上げる。
 プリシラは、訴えるようにマリーベルとデュークを見つめている。
 マリーベルとデュークはまた、目配せしあった。
 そして、マリーベルが一歩踏み出し諭すように語りかける。
「覚えていない? あなたが倒れた後、ちょうど居合わせたこのデュークが助けたのよ」
 マリーベルは、すぐ後ろに立つデュークの胸を、かるくぽんとたたく。
 本当のことを告げてもよかったけれど、この場合、プリシラのためにはそういうことにしておいた方がいいと判断した。
 まさか、あなたの恋人は吸血鬼で、一人で男たちを倒しましたなんて言えるわけがない。
 プリシラがどこまで伝えているのかもわからないので、マリーベルはそうとっさに誤魔化すことにした。
 それは間違っていないようで、プリシラはハロルドに気づかれないように、そっと胸をなでおろしている。
 マリーベルの言葉を受け、ハロルドは慌てて、ソファから立ち上がろうとする。
 ただでさえ強盗たちにやられ傷だらけなのに、腕にプリシラを抱えているため、立ち上がることができず逆にソファに倒れこむ。
 手当てはしてあるけれど、傷はけっこう深かった。かなり痛むのだろう、小さくうめき声をあげた。
 けれどすぐに、ハロルドは痛みをこらえつつ体勢を立て直す。
 今度は無理して立ち上がろうとはせずに、素直に上体だけを起こしている。
 腕の中のプリシラは、ハロルドの無事を確認するように、一生懸命抱きついている。
「そ、それは申し訳ありません! ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます! 助かりました。あなたは命の恩人です!」
 慌ててそれだけを一気に言って、ハロルドは深々と頭を下げる。
 あの後、ハロルドをリープ家の馬車へ運んだ。その後、デュークはリープ家の者に命じ、あの強盗たちを医者のもとへ運んだ。
 あまり気はすすまなかったものの、あんな奴らでも見殺しにはできない、生きているなら助けなければというマリーベルの言葉に、デュークは渋々従っていた。
 地面に転がり意識のない男たちを妙に冷たい目で見下ろしていた辺りからも、デュークはそれを望んでいないことはわかった。
 もちろん、医者へ診せると同時に、警邏も呼んでおいた。
 死なない程度に回復した頃、強盗たちはお縄になるだろう。
 ――と、マリーベルたちには思わせているけれど、本当のところは違う。
 たしかに、医者のもとへ連れていかせた。そして警邏も呼んだ。しかし、デュークが命じたことはそれだけではない。
 あのまま放置して、強盗たちが命をとりとめようものなら面倒なことになる。
 デュークは別にそれでもかまわないけれど、それはマリーベルは望まないだろう。
 放っておけば、必ず追捕の手がプリシラに及ぶ。
 そうならないために、デュークは善処≠オた。
 そう、あの強盗たちが余計なことを語れないように。
 善処≠キるようお上を操作することなど、リープ家当主という名があれば造作もない。
 ただし、こういう事例≠ノ関することだけだけれど。こういう吸血鬼がらみのことだけだけれど。その他のことには干渉しない。
 まさか、強盗たちに「吸血鬼に襲われた」など余計なことを吹聴されては、いらない仕事が増える。吸血鬼狩りがはじまる。
 それは、マリーベルは望んでいないだろう。望んでいれば、今ここにプリシラはいない。
 だから、デュークはマリーベルが望まない事態にならないようはからっただけ。
 ハンターは、必ずしも吸血鬼を狩ることが仕事ではない。時には変わり者もいて、吸血鬼に見方するハンターだっている。
 泣きじゃくるプリシラを抱えなおし、ハロルドはまっすぐマリーベルとデュークを見上げる。
「俺はデューク・リープ。そして、こっちがマリーベル」
 デュークはふっと口元をゆるめ、そう名乗った。
 同時に、さっとマリーベルの腰を抱き寄せる。
 その手の甲をぎゅむっとつまみながら、マリーベルはにっこり笑う。
「マリーベル・ダグラスよ」
「え!? リープにダグラスって……。侯爵さまとあの有名なヴァンパイア・ハンターの!?」
 二人が名乗ると同時に、ハロルドはすっとんきょうな声をあげた。
 そして、これまで以上にわたわた慌てだす。
 プリシラは狼狽するハロルドに気づき、不思議そうに顔をあげた。
 その顔は涙でぐしゃぐしゃにくずれている。
「知っているの?」
 なおも執拗に腰にまわそうとするデュークの手を、マリーベルはうっとうしげに払う。
「知っているも何も、どちらも知らなかったらもぐりですよ!」
「ふーん?」
 慌てながらも興奮気味に断言するハロルドに、マリーベルは気のない返事をする。
 そう言われても、とうのマリーベルはいまいちぴんときていないらしい。
 たしかに、リープと言えば首都でも名の知れた貴族。
 そして、ダグラスといえば名が通ったヴァンパイア・ハンター。
 けれど、そこまで言われるほどのものではないと、マリーベルは認識している。
 どちらも、ハンターの家系のうちのひとつにすぎない。
「こんなにすごい方々に助けていただいたなんて……。僕、どのように感謝すればいいのか」
 ハロルドは目をきらきら輝かせ、マリーベルとデュークに尊敬の眼差しを向ける。
 マリーベルはさっと顔をそらし、ぶっきらぼうに言い放った。
「感謝なら、あなたの恋人にしなさい。彼女、あなたを強盗から守ろうと一生懸命だったわよ」
「……え?」
 ハロルドは一瞬ぽかんとして、慌てて腕に抱き寄せるプリシラを見つめる。
 プリシラはばつが悪そうに微苦笑を浮かべた。
「勇敢で思いやりのある女性ね。大切にしなさいよ」
「は、はいっ!」
 たたみかけるようにマリーベルがそう付け加えると、ハロルドは慌てて答えた。
 それから、複雑そうな微笑を浮かべ、プリシラをそっと抱き寄せなおす。


 夜も深くなり、吹雪も勢いを増した頃。
 襲い来る雪の中、家路を急ぐ若い男の姿がある。
 このような雪の夜は、大人しく建物の中に避難しておけばいいものだろう。
 夜遊びをしすぎて、帰りを待つ恋人、あるいは妻の雷が落ちないよう、今夜中に帰宅するつもりなのだろうか?
 まあ、たしかに、吹雪いているとはいえ、人が歩けないほどではない。ただ、視界は限りなく悪く、危険というには変わりないけれど。
 家の中からもれる明かりが、ぼんやりと吹き荒れる雪を照らす。
 ふと顔を上げ、これから歩く道の先を確認した時だった。
 急に目の前が真っ黒に染まった。
 かと思うと、次の瞬間、男はすべての意識を手放していた。
 直前、わずかに残った意識の中、声をあげようとしたけれど、それは吹雪の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
 そこにはただ、積もる雪の上に、じわりと広がる赤いものだけがある。


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update:09/12/26