吸血鬼の宿敵(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 昨夜の吹雪が嘘のように、今朝はからっと晴れ渡っている。
 真冬の陽光に照らされ、辺り一帯、銀色にきらきら輝いている。
 宝石をちりばめたようとは、まさしくこのような景色のことを言うのだろう。
 積もりすぎて耐え切れなくなった雪が、木の枝からばさりと落ちる。
 リープ家の庭でも、気温が上昇してきたために、あちこちで木や屋根から雪が落ちはじめた。
 あちらでばさり、こちらでどさりと、少し恐ろしいけれど心地いい音が聞こえてくる。
「デュークさま、お目覚めでしょうか?」
 あくびとのびをしながら上体を起こす、目覚めたばかりのデュークに、天蓋から垂れる布の向こうからそう声がかかった。
 デュークは一瞬不機嫌に顔をゆがめ、諦めたように返事をする。
「ああ、どうした? ジョナス」
 それを諾ととり、ジョナスは天蓋の布をあげる。
「おはようございます。早急にお耳に入れたいことがございまして……」
 デュークの耳にさっと顔を寄せ、ジョナスは耳打つ。
 デュークは怪訝げにジョナスに視線をやる。
「先ほど、西の通りの南端の路地で、男の死体が発見されました」
「その辺りは、花街か……。それでどうした?」
 西の通り一帯は、酒場など大人の店が密集する歓楽街になっている。
 その辺りで、男の死体のひとつやふたつころがっていても不思議ではない。
 あの辺りは、常に犯罪と隣り合わせになっている。
「実は、その男というのが、分家のハンターです。抵抗の形跡はまったくありません。見事にのど笛を食いちぎられたような痕がありました」
 神妙に語るジョナスを、デュークは険しい顔で見る。
 それから、納得したように重々しいため息をひとつもらした。
「……その傷跡の特徴が、吸血鬼のそれだったと?」
「はい」
「そうか、わかった」
 面倒くさそうにつぶやき、デュークはさっとベッドから出る。
 ジョナスはベッド横にかけていたガウンを取り、それをデュークに着せかける。
「ただ、いくら分家とはいえ、リープ家のハンターをこうもやすやす殺せるものでしょうか?」
「それはまあ、たしかに……」
 ガウンに袖を通し、デュークは難しそうに考え込む。
 それから、諦めたように小さくうなずく。
 デュークは着たばかりのガウンを脱ぎ、ベッドの上へ放り投げた。
「ジョナス、仕度をしろ。プリシラたちを送るついでに分家へ行く」
 デュークはそう言って、今度は寝間着を脱ぎだす。
 上半身があらわになり、ジョナスは慌ててクローゼットへ駆け寄り、そこから適当なシャツを取り出し、デュークの腕に袖を通す。
「はい。ですが、マリーベルさまはどうされますか? 恐らく、ともに行くとおっしゃるかと」
 ジョナスは、デュークにベスト、上着と着付けていった。
 すべての着替え、手水が終わると、デュークはすたすたと扉へ歩いていく。
「マリーベルには黙っておけ。余計なことは言わなくていい。聞かれたら、貴族の仕事のついでと言っておけ。そうすれば、マリーベルもともに来るとは言わない」
「かしこまりました」
 デュークの後を、ジョナスもさっとついて行く。
 デュークは、最近マリーベルがその辺りのことを気にしていることを知っている。
 そんなことはどうでもいい、わずらわしいと思っているけれど、皮肉にもこういう時は役に立つ。
 このことはまだ、マリーベルに知らせるべきではない。
 いや、知られてはならない。
 事はリープ家の問題。
 下手をするとリープ家の恥、不祥事にもなりかねないので、外部にもらすわけにはいかない。たとえそれが、マリーベルだとしても。いや、マリーベルだからこそ。
 マリーベルに知られたら、絶対に黙ってはいないだろう。間違いなく、首をつっこんでくる。無茶をする。
 下手にリープ家に関わらせてはならない。
 それだけはさせられない、マリーベルのために。
 まさか、ヴァンパイア・ハンターがあっさりその獲物にやられるなど、醜聞もいいところ。
 デュークにとっては、リープ家の恥よりも、マリーベルの安全の方が気にかかる。
「まったく、面倒な仕事を増やしやがって……っ」
 扉を乱暴に開け放ち、デュークはぼそりと毒づいた。
 ジョナスはただ困ったように眉尻を下げ、デュークの後をついていく。
 プリシラとハロルドは、昨夜の激しさを増した吹雪のため、結局リープ家に足止めになった。
 そこで、一泊した後、今朝早く自宅へ送ることにした。
 何故かはかわらないけれど、就寝前にはすっかり、マリーベルとプリシラは意気投合していた。
 まさか、半分とはいえ吸血鬼を手なずけてしまうなど、いよいよマリーベルとは不思議な魅力を持っている。
 あのマルセルだけなら、まだそうは思わなかった。
 マルセルはマリーベルを受け入れるだけの理由をもっていた。
 しかし、プリシラは違う。出会ったばかりで、あそこまで信用させてしまうなど……。
 吸血鬼を従えるハンターもごく稀にではあるけれど、いないことはない。しかし、こんなに当たり前のように仲良くなってしまうハンターなど、普通では絶対にあり得ない。
 吸血鬼たちは、一体、マリーベルの何に惹かれているのだろうか?
 やはり、人間、吸血鬼関係なく相手を見ているからだろうか?
 たとえ吸血鬼でも救わなければいけないと思えば手を差し伸べるし、たとえ人間でも悪人と判断すれば容赦なく切り捨てる。
 それは、マリーベルだけでなくデュークにも言えることだけれど、デュークはマリーベルほど慈悲深くはない。
 善意というよりは損得で判断している。
 まあ、プリシラの場合もまた、なんとなく理由はわかっている。
 同じ年頃の娘が二人そろったのだから、世間話も自然盛り上がるだろう。
 マリーベルが同世代の娘と仲良くなることは悪くない。
 職業柄、普段からあまり他人を寄せつけたがらないマリーベルだから、なおのこと。
 ただ、それが純粋な人間≠ナないことだけが、もったいないところだけれど。
 マリーベルの中では、女性はすべて守る対象となって、友人とはなかなかならない。
 人間ほど弱くはなく守る必要もない吸血鬼だから、マリーベルはプリシラを友としてあっさり受け入れたのかもしれない。
 デュークは常々、マリーベルにも普通の娘らしい思いを味わわせてやりたいと思っている。
 もしかしたら、これはいい機会なのかもしれない。
 もう少しでも、はりつめたマリーベルの気をやわらげることができれば……。


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update:09/12/29