悲しい恋の昔話(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「わたしにも、君くらいの娘がいたのだけれどね……」
「……いた? 亡くなったの?」
 マリーベルは思わず、探るようにファーガソンを見つめる。
 すると、ファーガソンは首を振るでもなくうなずくでもなく、ただ淋しそうに薄く笑った。
 マリーベルの胸の内に、冷たいものがじわりと広がる。
 それは、否定? それとも肯定?
 どちらかわからないけれど、それ以上は聞いてはいけないということだけはわかる。
 きっと、ファーガソンの中では今も消えることなく、彼を苦しめ続けていることなのだろう。
 では、何故、思わずかもしれないけれど、それをマリーベルに言ったのか?
 気になるけれど、マリーベルはそれを聞く気にはなれなかった。
「ところで、マリーベルさんは、デュークくんのことをどう思っているのかな?」
 真冬の外気よりもさらに冷たさを感じるこの時間を払拭するかのように、ファーガソンはどこか楽しげにマリーベルを見る。
 マリーベルは突然の話題の転換に、思わずぴたりと足をとめてしまった。
 ぎょっとファーガソンを見つめる。
 よりにもよって、まさかそこへ話が飛ぶとは思っていなかった。
「ど、どうって!? い、いきなり何を……っ!」
 どぎまぎしながら、マリーベルは必死に誤魔化そうとする。
 けれど、誤魔化そうとすればするほどうまくいかない。誰が見ても動揺しているのは明らか。
 もちろん、マリーベルのその慌てぶりを、ファーガソンが見逃すはずがない。
「もちろん、リープ家とダグラス家は商売敵だということはわかっているよ。けれど、君たちを見ていると、それだけのようには思えないからね。むしろ、とてもいい関係に見える」
 狼狽するマリーベルに、ファーガソンはたたみかけるようにさらにそう迫る。
 けれど、マリーベルは何かに気づいたように、急に落ち着きを取り戻した。それだけでなく、どことなく元気もなくなった。
 ファーガソンからすっと視線をそらし、雪が積もる地面へ落とす。
 人の足跡が幾重にも重なり、道はすっかり踏みしめられている。
「いい……関係? まあ、たしかにそうかもしれないけれど……。最近は、いろいろ協力しあっているから。でも、それだけです」
 すっと顔をあげ、マリーベルはまっすぐファーガソンを見る。
 その言葉が嘘ではないと、訴えるように。
 それがかえって、ファーガソンには誤魔化しのように見えた。
 マリーベルが自らを誤魔化しているように――。
「……本当に?」
 ファーガソンはその瞳の奥を探るように、まっすぐにマリーベルを見つめる。
 一瞬、マリーベルの瞳がゆらいだ。
 ファーガソンをにらみつけるように見つめ、マリーベルは断言する。
「本当です。だって、そうじゃないと駄目だから」
 また、マリーベルはファーガソンからすっと視線をそらしてしまった。
 先ほどから、どうしたことか、マリーベルの気持ちはぐらぐらぐらついている。
 ファーガソンに対峙したかと思えば、真意を悟られるのを避けるように目をそらしてしまう。
 マリーベル自身も、自分が何をしたいのか、何をしているのか、わからなくなっている。
 揺れるマリーベルに気づいているのだろう、ファーガソンはただ優しくマリーベルの言葉に耳を傾けている。
 マリーベルの揺れる気持ち、すべてを受けとめるように。
「そうじゃないと、デュークが……。同じヴァンパイア・ハンターの家系とは言っても、もともと貴族のリープ家と、庶民階級のダグラス家では全然違うのよ。本来なら、こうして仕事で協力し合うことだってできなかったはず。ただ、デュークはあんなのだから……」
 マリーベルは辛そうに、きゅっと顔をゆがめた。
 ファーガソンはどことなく困ったように小さく細い吐息をもらし、マリーベルの頭をぽんとかるくなでる。
「マリーベルさん、これは昔話なのだけれどね……」
 マリーベルは顔をあげ、またしても突如話題を変えたファーガソンを不思議そうに見つめる。
 けれど、だからといって、その言葉をさえぎる気は、マリーベルにはない。
 むしろ、今回は、話題を変えられて、マリーベルは内心助かっている。
 これ以上自分に言い聞かせるのは、自分で念を押すのは、そろそろ辛い。
 きっと、ファーガソンもそれに気づいて、話題を変えたのだろう。
「わたしにはね、娘がいたのだよ」
「あ、それはさっき……」
 マリーベルがぽつりつぶやくと、ファーガソンはにっこり笑ってうなずく。
 それから、冬の重い空へすっと視線をやった。
 まるで、遠くに思いをはせるように。昔を思い出すように。
「ああ、そうだね。その娘はね、十八年前、十七の時、好いた男とともにわたしのもとから逃げていったよ」
「え!? そ、それって、かけお――」
 マリーベルはそこまで言いかけて、慌てて口をふさいだ。
 驚き、思わず叫びそうになったけれど、それはやすやす口にしていい言葉ではない。
 平民のマリーベルにはあまりよくわからないけれど、きっとそれは、貴族にとっては断罪に値する行為、お家の恥。
 位と誇りがあればあるほど、隠したがるだろう。それくらいの大変な醜聞。
 それにしても、十七といえば、今のマリーベルと同じ年。
 その年で、その後の人生を決めてしまうなんて、なんと強い意志を持っているのだろうか。
 まして、貴族のお嬢様にとっては、どんな厳しい決断だったことだろう。
 今のマリーベルには真似できない。
 どんなにデュークに好意を寄せられても、その胸に飛び込んでいけない。
 それが、どれほどの重罪かわかっているだけに、絶対にしてはいけない。
 不安げに見つめるマリーベルに、ファーガソンは優しい視線を落とす。
「その好いた男というのが、庶民階級の出でね、娘もまた身分の差に苦しんでいた。マリーベルさん、今の君のようにね」
「わ、わたしは別に、苦しんでなんか……っ」
 マリーベルはぷいっと顔をそむけ、不服げにはき捨てた。
 それが、今のマリーベルにできる精一杯の抵抗。
 何があっても、認めてはいけない気持ち。
 その気持ちを認めてしまっては、すべてが終わることを、マリーベルは知っている。
 ファーガソンはただ優しくマリーベルを見つめ、また肯定も否定もしなかった。


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update:10/01/08