悲しい恋の昔話(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「わたしはね、もとより、娘たちの仲を反対してなどいなかったのだよ。しかし、わたしに迷惑はかけられないという娘の気持ち、そして二人の将来を思い、そのまま見送った。あのままでは、貴族社会のしがらみに押しつぶされてしまいそうだったからね」
 ファーガソンは、もう一度、マリーベルの頭をかるくぽんとなでる。
 マリーベルは、ファーガソンになでられたそこに触れ、じっと見る。
「それで、今はお嬢様方は……?」
「死んだよ、随分前にね」
「……あっ」
 ファーガソンは、微苦笑を浮かべさらりと答える。
 マリーベルはまた、ばつが悪そうにつぶやいた。
 そういえば、先ほど、ファーガソンは言っていた。
 マリーベルの言葉に、肯定も否定もしなかったけれど、マリーベルもなんとなくわかっていた。
 肯定も否定もしないということは、暗にそれを語っている。
 言葉にしたくない、そして認めたくない、思いのあらわれがその行動。
「今思えば、あのまま行かせなければ、娘たちは死なずにすんだのではないかと思うこともあるけれど、しかし、二人にとってはあれがいちばんよかったのだろうとも思う。だからね、マリーベルさん、君も後悔しない決断をするのだよ」
 ファーガソンはどこか淋しげにマリーベルを見つめ、そっと頬に触れた。
 皮の手袋の感触が、ひんやりと頬に広がっていく。
「ファーガソン公爵さま……」
 顔にも言葉にも出さないけれど、きっとファーガソンは今も苦しめられている。
 彼が下した決断は、果たして正解だったのだろうか、その答えを求めつづけ生きているのだろう。
 何が正解かいまだわからず、自らを責め続けている。
 マリーベルの目には、そう映る。
 ファーガソンは、マリーベルがずっと目隠しして見ないようにしていることに、きっと気づいているのだろう。
 気づいていて、それでこのような昔話を……。自らも辛いはずなのに。
 デュークが言っていたよくしてもらっている≠ニは、恐らくこのことなのだろう。
 ファーガソンは聡明で、そして情け深い人。
 もしかしたら、両親を早くに亡くしたデュークを、亡くなった娘のように、自分の子のように思っているのかもしれない。
 心に淋しさを持った者同士、おそらくひどくひかれたのだろう。
 そして、マリーベルもまた、そんな切ない優しさにひかれはじめている。
 ――身分の差。
 たしかに、それがなければ、たとえ商売敵だとしても、もっと未来は明るかっただろう。
 問題がそれだけなら、互いの打算で何とでもなる。
 二つのハンターの家が協力し合うことは、決して悪い方向にははたらかないだろう。意見があっているうちは。
 はじめの頃はその顔を見るのでさえ嫌だったけれど、今はともにいるのは嫌ではない。
 むしろ、時々楽しくて、嬉しすぎて、もう少し、もうちょっと、ともにいる時間が続けばいいと願ってしまっているマリーベルがいる。
 ふとそんな自分に気づき、マリーベルは慌ててその気持ちをしかりつける。
 そんな思いを抱いてはいけない。抱いてしまっては、あとで苦しむことになるのはマリーベルだと知っている。
 けれど、そう自らに言い聞かせれば言い聞かせるほど、抱く思いは加速していき――。
 もうどうすればいいのか、実のところ、マリーベルにもわからない。
 ただ、これ以上すすんでは、思いを大きくしてはいけないということ以外は。
 すでに、思いはあふれ出している。
「マリーベル、見つけた!」
 すっかり気落ちしてしまったマリーベルの耳に、突如その言葉が飛び込んできた。
「デュ、デューク!?」
 瞬間、マリーベルは大きく体を震わせ叫ぶと、慌てて逃げ出そうとする。
 目の前にいるファーガソンのことなど、もはや意識にない。
 失礼になろうが何だろうか、とりあえず今はこの場から離れないと危険。
 マリーベルの中で、警鐘ががんがん鳴り響いている。
「待て待て待て、逃げるな!」
 しかし、一歩遅く、マリーベルはデュークに腕をつかまれた。
 デュークはマリーベルをぐいっと引き寄せる。
 マリーベルは、恨めしそうにデュークをじとりと見る。
「だって、デューク、わたしにまたあの妙にふりふりした服を着せようとするでしょう!」
 リープ家の使用人たちと楽しいお茶の時間を過ごしていたところへ、デュークが帰ってきた。
 ただ帰ってきただけならよかったのに、何故か手には大きな箱がもたれていた。
 その後から、下男たちがよいせうんせと箱をいくつも抱えてやって来た。
 マリーベルはそれを見た瞬間、飛び上がり、その場から逃げ出そうとした。
 けれど、あえなくデュークに捕まり……その後は、散々な目に遭った。
 デュークが持ち帰ったその箱は、マリーベルのために用意された妙にふりふりした服≠竄サれにあわせた小物だった。
 そうなるともちろん、マリーベルにとって言葉にし難い恐怖の時間がはじまる。
 やっとの思いで、マリーベルはその拷問から逃げてきた。
「似合うんだから仕方ないだろう。それに、俺が見立てた服を着たマリーベルを見たい」
 デュークはマリーベルを抱き寄せ、真顔で見つめる。
 マリーベルの顔が、ぼんと火を吹いた。
「だから、そんな恥ずかしいことを真顔で言うなー!」
 デュークの腕の中から逃れようと、マリーベルは必死にもがく。
 このような場所でそのような言葉を言われて、羞恥に顔を染めない娘がどこの世界にいるだろう。
 貴族を名乗るなら、紳士を装うなら、それくらいの配慮をするべき。しかし、マリーベルを前にしたデュークには、言っても無駄だろう。
 何よりも、マリーベルはこの手のことにてんで弱い。
 気を抜くと、体中から力が抜けて、そのままデュークの思い通りになってしまう。
 それだけは許せない。
「おやおや、これはまたにぎやかだねえ」
 マリーベルとデュークのやりとりをすぐ横で見ていたファーガソンが、どこか楽しげにしみじみとつぶやいた。
「あ、ファーガソン卿、すみません、見苦しいところをお見せしてしまって」
 ようやく今気づいたかのように、デュークは妙にさわやかにファーガソンに微笑みかける。
 マリーベルは涙をいっぱいため、うるむ瞳で憎らしげにデュークをにらみつける。
 もがけばもがくほど、マリーベルを抱き寄せるデュークの腕の力が強くなる。
 ――嘘つき。
 デュークは、すべてわかっていて、あえてとぼけて見せている。
 すべてわかった上で、マリーベルが恥ずかしくて仕方がないことをしている。
 こうして人目があるところでは、マリーベルも容赦なくデュークを振り払うことができないとでも思っているのだろうか。
 ……たしかに、こんなことをされても、マリーベルはデュークに恥をかかせないようにと、どこかで抑制している。
 人目さえなければ、マリーベルは今頃きっと、デュークを容赦なく殴り飛ばしている。
 デュークはすべて計算ずくでしているのかと思うと、なんだかだんだん腹が立ってくる。
 だけど、やっぱり、マリーベルは何故かデュークを殴り倒すことができない。
 ファーガソンもそれをわかっているのか、くすくす笑っている。
「かまわないよ。そのように楽しそうな君を見るのも、実に久しぶりだからね」
「……楽しそう?」
 マリーベルは思わず抵抗をやめ、不思議そうにファーガソンに視線を向ける。
 急にマリーベルが静かになり、デュークは首をかしげた。
 じいと見つめるマリーベルに、ファーガソンは微笑を浮かべたままゆったりうなずく。
「ああ、マリーベルさん、君といるデュークくんは、実に楽しそうだ」
 マリーベルは目をぱちくりとまたたかせ、さっとデュークへ振り返った。
 信じられないといった様子で、探るようにデュークを見つめる。
 デュークはマリーベルからさっと視線をそらし、ばつが悪そうに微苦笑した。
 マリーベルは何も言わず、デュークの胸にそっと頬を寄せる。
 伝わるデュークの鼓動が、妙に気持ちよかった。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/01/14