悲しい恋の昔話(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

「……わかった、マリーベル、ここは互いに歩み寄ろう」
「へ?」
 妙に真剣に語るデュークに、マリーベルは思わず目を点にしてしまった。
 腕をいまだ握ったままのデュークの手をひきはがそうと、マリーベルは先ほどからずっと格闘している。
 普段、デュークを殴り倒すことは簡単なのに、どうしてこういう時のデュークの手はびくともしないのだろう。
 引きはなせないといっても、決して強く握っているわけではない。
 マリーベルが痛みを感じないぎりぎりの適度なところで、力加減をしている。
 それが、デュークのくせに生意気で、マリーベルはちょっと面白くない。
 あの後、ファーガソンと別れ、マリーベルはデュークに引っ張られ大通りを歩いていた。
 少し先に、デュークが乗ってきた馬車が待っている。
 どう考えても駆けてはいるが徒歩のマリーベルと馬車のデュークでは、勝負にならない。
 けれど、マリーベルの方が先に街につき、しばらくしてデュークがやって来た。
 馬車の準備時間を考慮しても、どうしても矛盾が生じる。
 ということは、デュークはもしかして、わざとマリーベルに自由な時間を与えたということになるのだろうか?
 それとも、マリーベルなどすぐに捕まえられるとたかをくくった結果なのだろうか?
 まあ、どちらにしても、マリーベルはこうしてデュークに捕まってしまったので、答えなど意味はないけれど。
「もう無理に、マリーベルに俺が見立てた服を着せようとしない。だから、マリーベル、一緒に服を選ぼう」
 ぽけっと見つめるマリーベルに、デュークは得策とばかりに自信たっぷりに語る。
 そういう問題ではない。
 一緒に選ぶとか選ばないとか以前に、そこにデュークの意見が入った服など着たくない。
 だって、一緒に選ぶということは、間違いなくデュークに押し切られ、マリーベルは結局あのふりふりの服を着せられることになる。
 何より、これ以上、デュークに何かしてもらう気などマリーベルにはない。
 デュークに何かをしてもらうたび、思いを向けられるたび、マリーベルの決心がゆらぎそうになる。壊れそうになる。
 そうならないためにも、デュークに流されてはいけない。境界線を越えてはいけない。
「は!? 何を言い出すかと思えば……っ。いいわよ、わたしには持ってきた服があるから」
 マリーベルは思い切り顔をゆがめ、わざと馬鹿にしたようにデュークを見る。
 けれど、デュークはかまわず、むしろさらに目を輝かせ熱く語る。
「それじゃあ俺が嫌なんだよ。マリーベルをもっと飾り立てたい」
 デュークは、恨めしそうに訴えるようにマリーベルを見つめる。
「妙な欲求を出しているのじゃないわよ!」
 マリーベルはとうとう泣き叫んだ。
 しかし、勢いづいたデュークには、マリーベルのそんな心からの叫びも届かない。
 にこにこと楽しげに、マリーベルの手を引く。
「はいはい、交渉成立。それじゃあ、これから仕立て屋へ行こう」
「だからちょっと待て、そこの馬鹿当主!!」
 罵声も何のその、デュークは実に足取り軽く、マリーベルをずるずる引っ張っていく。
「マリーベルは、マーガレットはもちろんだけれど、ダリヤとかも似合うと思うんだよな。あとは、淡い桃色系のドレスとかも!」
 デュークは意気揚々と語り続ける。
「ちょっ、デューク! だから、一人で暴走しないでよ!」
 しかしやっぱり、デュークの耳には、マリーベルの悲鳴に似た叫びなど聞こえていない。
 すでにその時のことを考え、幸せに浸っている。
「それが嫌なら、無理矢理にでも俺が見立てた服を着てもらう」
 いや、これまでは聞こえないふりをしていただけで、今度はマリーベルを脅しにかかっている。
 こうなってはもはや、マリーベルに選択権などない。
 たとえあったとしても、どちらを選んでも、マリーベルには悲惨な結果しか待ち受けていない。
「もうっ、わかったわよ、何なのよ最近、デュークは……っ!」
 マリーベルはとうとう、抵抗を諦めてしまった。投げやり気味にはき捨てる。
 もはや、抵抗しても無駄だと悟ったのだろう。
 デュークは先ほど、一緒に選ぼう≠ニ言った。
 ならば、デュークが提案したものすべて、ことごとく却下していけばいいだろう。
 ……しても結局最後には、デュークに押し切られていそうな気もしないことはないけれど。
 デュークはちらっとマリーベルを見て、楽しそうにくすっと笑う。
 マリーベルは、諦めたら諦めたで、今度はデュークに思う存分罵声を浴びせている。
 それでも、ぎゃあぎゃあわめきながらも素直についていくマリーベルに、デュークは言い知れぬ愛しさを覚える。
 必死に抵抗しているふりをして、いや、本気かもしれないけれど、それでもマリーベルは心からデュークを拒否しているわけではない。生き生きしている。
 どんなに文句を言われようと、こうしてマリーベルとの時間を過ごしていることが、デュークにはたまらなく嬉しい。
 愛しいという思いが、あふれだしてくる。
 ぐいっとデュークの手を引き、マリーベルはふと歩みをとめた。
 つんと引っ張られたような感覚を覚え、デュークも足をとめる。
 そして、振り返り、怪訝そうにマリーベルを見る。
「マリーベル、どうした?」
「え? あ、うん。なんだか今、視線を感じたような気がして……」
 ぼんやりすぐそこの路地を見ながら、マリーベルは難しそうにつぶやいた。
 デュークもそこへ視線を向け、首をかしげる。
「気のせいだろう? そうでなかったら、俺たちがヴァンパイア・ハンターだからだよ」
「はい?」
 ぽんぽんとマリーベルの頭をなで、デュークはけろっと言った。
 マリーベルは、デュークは一体何を言っているのかというように、眉根を寄せる。
「例の一件以来、首都ではまた顔と名前が売れちゃったからね。あと、俺の屋敷にマリーベルが滞在していることも、貴族の間では噂になっている」
 デュークはちらっとマリーベルに視線を向け、どことなく楽しそうに語る。
 マリーベルはぽかんと口をあけたかと思うと、不満げに頬をひきつらせた。
 デュークが何を言いたいのか理解して、実際、心の底から不満に思っているのだろう。
「うーわー。とてつもなく迷惑な噂だわ」
「そうか? 俺は嬉しいけれどね」
「もう、またデュークは!」
 さらっと言い放つデュークを、マリーベルは不服そうににらみつける。
 軽口や歯が浮くような台詞はもうそろそろ聞き飽きた。どうしてデュークはいつもそんなくさいことばかりマリーベルに言うのだろうか?
 ――そう、マリーベルにだけ。
 女性と見れば誰にでもおべんちゃらを言うのかと思えば、変に期待を持たせないようあくまで社交辞令にとどめている。時には冷たい態度で接することもある。
 マリーベルもそろそろわかりはじめてきたけれど、デュークは決して、調子いいことは言わない。――マリーベルを除いて。
 マリーベルはちらっとデュークを見て、淋しげにさっと顔をそらした。


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update:10/01/20