狩人の誇り(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 今夜もまた、深い雪になりそうな気配がある。
 夕方頃から白いものがぱらぱら降りはじめたかと思うと、そろそろ辺りが真っ白に染まろうとしている。
 橙色のやわらかい暖炉の火が映る窓の向こうを見ると、思わず身震いしそうなほど寒々しい景色が広がっている。
「デュークさま!」
 雪がつもった外套を脱ぎながら、デュークはその部屋へ足を踏み入れた。
 ジョナスが背につき、外套を脱ぐ手伝いをしている。
「容態は?」
 デュークは一気にコートを脱ぎ、ジョナスに押しつける。
 そして、ずかずかと前方のベッド横に控える白衣の男のもとへ歩いていく。
 夜も深まってきた頃、リープ本家に急使がやって来た。
 それは、そこそこ力のあるリープ分家からの使者だった。
 その使者から渡された文を読み、デュークはここへやって来た。
 この部屋は、その分家の二番目の息子の私室にあたる。
 もう眠りに入っていたマリーベルに悟られないように、デュークはジョナスを連れこっそり屋敷を抜け出してきた。
「それが、思わしくありません」
「そうか」
 白衣の男が重苦しく答えると、デュークは難しい顔でうなずいた。
 デュークは男の横までくると、天蓋から垂れる布をさっとはらいのけた。
 それから、その中へ視線を移す。
 一瞬、デュークの顔が悲痛にゆがんだ。
 外套を腕にかけ、ジョナスもデュークの背からベッドをのぞきこむ。
 同時に、「う……っ」と小さなうめき声をあげていた。
 けれどすぐに気を引き締め、デュークに耳打つ。
「デュークさま、これはあの件と関係があるのでしょうか?」
 デュークはまっすぐにベッドを見下ろしたまま、難しそうに考え込む。
 その視線の先には、全身を包帯で覆われ、すっかり血の気を失った若者がぐったりと寝かされている。
「わからない。街で相次ぐものは目撃証言や一般人では軽傷者だけ。反面、重傷者や致命傷が出ているのはリープ家(うち)の関係者ばかりだ。――しかし、同一であるなしにかかわらず、吸血鬼が現れたことだけは確かだろう」
「……そうですか」
 ジョナスは消沈したようにつぶやいた。
「くそっ。また犠牲者が出たか」
 デュークがそうはきすてた時だった。
「勝手に弟を殺すな!!」
 その叫びと同時に、この部屋の扉が乱暴に開けられた。
 見ると、そこにデュークを憎らしげににらみつける若い男が立っていた。
 かと思うと、男はずかずかデュークに歩み寄り、胸倉をつかんだ。
「バディ、やめなさい……っ!」
 そこに控えていた白衣の男が、慌てて若い男――バディをおさえにかかろうとしたけれど、それはデュークが静かに制した。
 白衣の男は、戸惑いがちに後退する。
 ジョナスは、主が乱暴に扱われているにもかかわらず、微動だにせず静観している。
 デュークが制するまでもなく、主が何を望むかわかっているのだろう。
「勝手に弟を殺すな! あんた何様だよ!?」
「バ、バディ、デュークさまに失礼だよ」
 白衣の男は手を出すことは控え、けれど困惑気味に見つめる。
「カルヴィン先生は黙っていてくれ! たしかにひどい怪我だけれど、こいつは死なない! 勝手に死人にするな!」
 ぐいぐいデュークの胸をしめつける手に力を込め、バディは悲痛に叫ぶ。
「……しかし、医師のわたしが看ても、これでは……」
 カルヴィンはバディからさっと視線をそらし、くぐもった声でつぶやく。
「けれど、こいつなら、こいつの能力なら救えるだろ!」
 バディはつかんでいた手を乱暴に振り払い、デュークをにらみつけた。
 たしかに、デュークでも聖水を使えば、マリーベルほどではないけれど、吸血鬼に受けた傷を癒すことも可能だろう。その能力をわずかながら持ち合わせている。
 そのために、分家の者たちにそしられうとまれながらも、若くして当主として認められている。
 しかし、ここまでの深手では、デュークには手も足もでない。あるいは、マリーベルなら救えるかもしれない。けれど……。
 デュークは胸元を整えながら、妙に冷めた目でバディを見ている。
「なあ、あんた、その能力でこいつを助けろよ! あんたならできるだろ!? お偉いご当主さまなんだから!」
 バディは再びデュークの胸元へ手をのばす。
 けれど今度は、デュークはその手をさっとかわした。
 勢いづいたまま、バディは前のめりによろける。
 デュークはさっとバディに背を向け、冷たく言い放った。
「もう助からない」
 それから、バディに一瞥すら与えることなく、すたすたと扉へ歩いていく。
 その後を、ジョナスが慌てて追いかける。
「ま、待てよ! あんた、こいつを見捨てるのかよ!?」
 歩き出したデュークの背へ向かって、バディが飛びかかろうとする。
 それを、カルヴィンが羽交い絞めにして慌ててとめる。
「そうかよ! そうだよな! 所詮、あんたはそういう奴だよ! 聞いたぞ、あの女ハンターを侮辱した使用人を首にしたそうだな。こいつも、普段あんたに反抗的だから見捨てるんだろう!!」
 必死に止めるカルヴィンを振り払おうともがきながら、バディは毒を吐くように怒鳴った。
 デュークは扉にかけていた手をとめ、ゆっくり振り向く。
 そして、凍りつきそうなほど冷たい目で、嘲笑うように口のはしをあげた。
「だったら?」
 デュークがそう言い放った瞬間、バディは絶望に目を見開き、動きのすべてをとめ、そのままずるずるくずおれていく。
「ジョナス、帰るぞ」
「は、はい……っ!」
 デュークはそう言って、呆然とするバディを捨て置き、そのまま扉の向こうへ消えていく。
 扉をしめる間際、ジョナスが悲しげにちらりとバディに視線をやった。
 床に頭をすりつけ毒を撒き散らし泣き叫ぶバディの背を、カルヴィンは痛々しげにそっと抱き寄せる。
「ちっくしょー! 悪魔、人でなしー!!」
 バディの悲痛な叫喚は、廊下を歩くデュークとジョナスの耳にも入っていた。
「デュークさま、あれは……」
 全ての悲愴な声から耳をふさぐように歩いていくデュークに、ジョナスはためらいがちに声をかけた。
 すると、デュークはまっすぐ前を向いたまま、ふるっと小さく首を振った。
「仕方がないだろう、どちらにしても、あれでは助からない、手遅れだ」
「しかし……」
 ジョナスは、腕にかけていた外套を、歩くデュークに着せかける。
「下手に苦しめるより、そのまま逝かせてやった方がいい。その方が、ハンターとしての誇りを守ってやれる。普段のあの男の言動から、人一倍誇り高いだろうからな」
 デュークがそう言うと同時に、使用人により扉が開かれると、渦を巻いた雪が襲いかかってきた。
 荒れ狂う雪の世界が目の前に広がる。
 そこへ、ためらいなく、デュークは足を進めていく。
 バディの弟は、たしかに普段からデュークにつっかかっていた。
 けれど、だからといって、見殺しにするほど憎く思っていたわけではない。
 彼は、誰よりもハンターであることに誇りを持っていた。
 それは、デュークの目から見ても明らかだった。
 仮に奇跡的に助けられたとしても、ハンターとしては使い物にならないだろう。そればかりか、普段の生活もままならないだろう。
 ならば、誇りあるハンターのまま逝かせてやった方がどれほどいいだろうか。
 命は救えなくとも、だからこそ、彼の自尊心だけは守ってやれる。
 車寄せには、ぶつかる雪に必死にたえる御者をのせた馬車が停まっている。
 馬は、ぶるるんとたてがみをふり、やってきたデュークを出迎える。
 デュークは、ジョナスが開けた扉から、馬車へ乗り込んでいく。
「ジョナス、お前も気をつけておけよ。今は被害はまだハンターだけだが、お前もリープ家の関係者だからな」
 馬車に乗り込む瞬間、デュークはそっとジョナスに耳打った。
「……はい」
 ジョナスは静かにこたえ、うなずく。
 そして、ジョナスも乗り込むと、馬車は重々しく動き出す。
 果たして、この吹雪で無事に帰りつくことができるのかは、もはや馬と御者にもわからない。
 ここのところ、夜空に輝く月はずっと見られていない。


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update:10/01/27