狩人の誇り(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 深夜、荒れ狂う天候の中、リープ本家の玄関扉がゆっくり開かれた。
 遅すぎる主の帰りを待っていたかのように、屋敷はすっかり闇に包まれることなく、玄関とそこから続く廊下には灯りがともされたままになっている。
 主の帰宅に気づき、中からゆっくりと扉が開くと、筋になって明かりが外にもれ出た。
 雪は車寄せにまで襲いかかり、もはやその役目を果たしていない。
 どうやら、デュークが乗った馬車は、どうにかリープ本家にたどり着けたよう。いつもの何倍もの時間を費やしはしたけれど。
 デュークが降りると、馬車は早々に格納庫へ走っていった。
 無理をさせたため、馬もすっかり疲れ果てている。今夜は厩舎でゆっくり休ませなければならない。
 デュークは、もれ出た明かりに吸い込まれるように足をすすめる。
 そして、玄関広間に足を踏み入れた時だった。
 デュークの腹に、激しくぶつかるものがあった。
 突然のことに面食らい、視線を落とすと、そこにはしがみつくように抱きつくマリーベルの姿があった。
「マ、マリーベル!? どうして!?」
 デュークは思わず、すっとんきょうな声をあげる。
「どうしてじゃないでしょう! 吹雪の音がうるさくて起きてみると、使用人さんたちがデュークがでかけたって話しているんだもん!」
 マリーベルは非難するようにデュークをにらみつける。
 デュークはそこに控えていた使用人たちにすっと視線を流す。
 すると、使用人たちはびくんと大きく体を震わせ、さっと顔をそむけた。
 どうやら、図星らしい。あれほどマリーベルには知らせるなと念を押して出かけたのに、あっさりばらしてしまったらしい。
 どうもここのところ、使用人たちはマリーベルに甘い。
「こんな吹雪の中、どこに行っていたのよ。心配したのだからね!」
 マリーベルはぶうぶう文句を言いつつ、デュークからすっと体を離す。
 そして、デュークの外套についた雪をぱんぱんはらっていく。
 車寄せにとめた馬車からここに入るまでにも、雪は外套にまとわりついていた。
 一見乱暴だけれど丁寧に雪を払うマリーベルを、デュークは愛しげに見つめている。
 雪を払うという何気ない行為だけれど、そこからマリーベルの気持ちが痛いほどデュークに伝わる。
 それに、デュークに対してこんなにかいがいしいマリーベルは、滅多に見られない。この先二度とないかもしれない。それくらい貴重な出来事と、時間。
 そのまま抱き寄せ、無理矢理にでもその唇を奪ってしまいたい衝動を必死にたえ、デュークはうるむ瞳にマリーベルの姿を映している。
 マリーベルが一通り雪を払い終わると、デュークは外套をさっと脱ぎ、控えていたジョナスに放り投げる。
 ジョナスはそれをなんなく受け取り、そこにマリーベルとデュークだけを残し、他の使用人たちを促しながら屋敷の奥へと消えていく。
「ごめん、マリーベル。けれど、どうしてもはずせない仕事が……」
「また、貴族の方の仕事?」
 マリーベルは不満げにデュークを見つめる。
 デュークは眉尻をさげ、ふっと口元をゆるませた。
「すまない」
「もう、仕方がないわね。けれど、今度からこんなむちゃはしないでよ。これじゃあ、心臓がいくつあっても足りないじゃない」
 マリーベルはデュークにさっと背を向け、ぶつぶつ言いながら奥へと歩き出す。
 その背を、デュークは愛しげに見つめる。
 かと思ったら、次の瞬間、デュークの手はマリーベルにのび、そのままさっと抱き寄せた。
「デュ、デューク!?」
 背後から抱き寄せられ、マリーベルはぎょっと目を見開く。
 頬は一気に上気してしまった。
「すっかり体が冷えたから、あたためて」
 デュークは、マリーベルの耳元で甘くそっとささやく。
 瞬間、デュークは床に埋まっていた。
「死ね!!」
 握りこぶしをふるふる震わせ、マリーベルは床に倒れこむデュークをにらみつける。
 それから、どすどすと乱暴な足取りで奥へ歩いていく。
 マリーベルの心臓は、今にも飛び出してしまいそうなほどばくばくいっている。
 頬がとても熱い。
 少し甘いところを見せると、デュークはすぐに調子にのる。
 デュークは気軽にこんなことをするけれど、マリーベルにとっては気軽にできるようなことじゃない。
 デュークのその言葉ひとつで、その仕草ひとつで、一体どれだけ胸の内が波立っていることか。
 マリーベルの後ろ姿を、床に寝転がったまま、デュークはやはり愛しそうに見送っている。
 つい茶化してしまったけれど、胸からあふれだす喜びは嘘ではない。
 あのままでは、デュークは自分の理性をたもてなかった。危うかった。
 マリーベルの抵抗があと少し遅ければ、デュークはそのまま無理強いしていただろう。
 デュークの身を案じるマリーベルは、思わず壊してしまいたくなるほど愛しく、あまりにもかわいすぎて、あの時は茶化すしかなかった。
 そうでないと、今頃はきっと、デュークの感情が暴走し、マリーベルを泣かせてしまっていただろう。
 泣かせてしまうくらいなら、怒らせた方がだんぜんいい。
 ――まだ、今の時点では。
 デュークはごろんと転がり、床に寝転がったまま天井をあおぎ、くすくす笑い出す。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/02/04