怪物を狩る者(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 何故か頭にこぶを、そして頬には手形をつけたデュークの目の前で、女性二人が楽しげに会話にはなを咲かせている。
 本当は追い出したいところだけれど、仕方なくそこに同席させてやっているというように、すっかり無視をされてもデュークは気にしていない。
 先ほど、マリーベルに会いにプリシラがリープ家にやって来た。
「それで、ハロルドとはその後どう? プリシラ」
 両手でビスケットをきゅっと握り締め、マリーベルは興味津々と身を乗り出す。
 ずいっと迫ったマリーベルの顔に、プリシラは思わず身をのけぞらせた。
 そして、すうと表情を戻し、どこか淋しげに微笑む。
 持っていたカップを、ソーサーに戻す。
「それが、あの後、なんだかぎこちなくて」
「どうして!?」
 マリーベルの顔が驚きに曇る。
 プリシラはきゅっと唇を噛んだかと思うと、意を決したようにまっすぐマリーベルを見た。
「あの時のこと、なんだか疑っているみたいなの。違和感があるみたい」
 たしかに、マリーベルとプリシラがはじめて出会ったあの夜のことは、冷静に考えれば辻褄が合わず、疑問が残るだろう。
 まさか、強盗に襲われたところにたまたまヴァンパイア・ハンターが二人も通りかかり、そしてハンターがそれを追い払うことなど普通ではなかなかあり得ない。
 しかも、ヴァンパイア・ハンターというだけあり、吸血鬼相手には強いが、果たして人間相手にもそうなのかといえば、そうとは限らない。
 もちろん、ヴァンパイアと戦うだけの身体能力があり日頃から訓練はしているが、それはあくまで吸血鬼に対する訓練で、人間に対するものとは動きが違ってくる。
 たいていのハンターは、人間には手をあげるなと教育されているので、たとえその力があったとしても手を出すことはなかなかないだろう。
 まして、自らに危険が及んでいないとなればなおのこと。
 ハロルドが疑いを持っても不思議ではない。
 乗り出していた上体を戻し、マリーベルは考え込むようにつぶやく。
「まあ、たしかにそうよね。都合よくいきすぎているもの」
「……うん」
 プリシラは元気なくうなずく。
 そんなマリーベルとプリシラの会話を、デュークは茶をのどに流し込みながら静かに聞いている。
 下手にそこに口をはさもうものなら、マリーベルにお仕置きされるだけでなく、この場からいよいよ放り出されてしまう。
 昨夜のあれをまだ根に持っているのか、今朝起きぬけに、マリーベルはデュークに一度目のお仕置きをした。
 デュークと目が合った途端、マリーベルは何故か頬をばちんと平手打ちした。
 恐らく、昨夜デュークを床に沈めただけでは気がすまなかったのだろう。
 だからといって、一晩寝てもまだ怒りが鎮まらないとは、なんという執念だろう。
 しかし、マリーベルはデュークと目が合うと同時に、瞬間的に手がでたというようにも見えた。
 デュークの頬をぶった後、マリーベルは後悔のような色を一瞬浮かべていた。
 すぐにそらされた顔は、耳まで赤かった。
 それは、あるいは、マリーベルはただ恥ずかしがっているだけ、そのようにも見てとれた。
「せっかくの機会だから、本当のことを言っちゃう……とかは、やっぱり駄目よねえ」
 考え込むように口をへの字にしていたかと思うと、マリーベルは突如ぽつりとそんなことをつぶやいた。
 プリシラは、すぐにふるふると首を横に振る。
「それは無理よ。ハロルドに本当のことを言って、怖がられたらと思うと……」
 プリシラは苦しげに顔をゆがめ、両手をぎゅっと握り締める。
 マリーベルはきょとんと、プリシラを見た。
「ハロルドって、そういう人なんだ?」
「……え?」
「そういう人?」
 確信めいてにこにこ微笑むマリーベルを、プリシラは複雑そうに見つめる。
 そして、何かを納得したように、またふるふる首を振った。
「ううん、そうじゃない。彼はそんな人じゃない」
 マリーベルの口元が、ふわっとゆるむ。
「じゃあ、だったら本当のことを言えばいいじゃない。それくらいで態度を変える男ならその程度よ。そりゃあ、はじめは戸惑うかもしれないけれど、でも……」
「うん、そうね。そうかもね」
 わずかに陰りを見せるマリーベルに、プリシラは逆に力強くうなずいた。
 まるで、マリーベルのその言葉が背を押したように、たくましい眼光を放つ。
「きっとそうよ、だって、わたしは知っているから。ヴァンパイアと人間でも愛し合えるって。それに、何よりの証拠が、プリシラ、あなた自身じゃない」
 マリーベルの手がプリシラの顔にのび、ふわりと頬を包み込む。
 そう、マリーベルの言う通り、確かな証拠がプリシラ自身。
 人間と吸血鬼の混血であるプリシラ。それは、種族を超えて、人間と吸血鬼が愛し合った証。
 プリシラはその手にそっと手を重ね、目を見開きマリーベルを見つめる。
「なんだ、気づいていなかったの?」
 マリーベルが困ったように微笑を浮かべた瞬間、プリシラの目からぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。
 プリシラは触れるマリーベルの手をぎゅっと握り締め、そのまま円卓を乗り越えて、マリーベルに勢いよく抱きつく。
「マリーベル、ありがとう、大好き!」
 マリーベルはプリシラのいきなりの行動に戸惑いつつも、その背にそっと手をまわしていく。
 きゅっと、プリシラの背を抱く。
「なーんか、おもしろい光景だなあ。ヴァンパイアとそれを狩る者が仲良くしているって」
 そう言って、くすくす笑うデュークの声がマリーベルの耳に入った。
 瞬間、マリーベルは勢いよく振り返り、非難を帯びた視線を向ける。
「デューク!!」
 デュークは予想外だったのか、マリーベルの剣幕に思わずぴたりと動きをとめた。
 そして、持っていたカップを慌ててソーサーに置く。
 どうやら、危険を察知したらしい。そう、この後にやってくる危険を……。
「なんて失礼な奴なの! プリシラ、やっちゃってよ!」
 マリーベルはプリシラを引き離し、びしっとデュークを指差す。
「まかせて、マリーベル!」
 プリシラもマリーベルにあわせ、握りこぶしをつくってみせる。
 それから二人、じわりじわりデュークへ詰め寄っていく。
 デュークは思わず、座っていたソファの背にひっしとしがみついた。
 さすがに、半分とはいえ吸血鬼と、それを狩るハンター二人がかりで迫られては、デュークもたまらない。
「わあっ、待て待て。俺が悪かったって!」
 慌てて謝罪するも、マリーベルの歩みはとまらない。
「だったら、最初からからかわないでよね!」
 デュークはソファの背をかりかりかき、必死にのぼり、その向こうに避難しようともがく。
 しかし、慌てているためか、なかなかうまくいかない。
「からかっていないよ。ただ、俺は、なんか微笑ましいなって思っただけだよ」
 デュークが泣き叫ぶように告げた途端、マリーベルとプリシラの動きがぴたりととまった。
 それから二人、不思議そうに見つめ合う。
「微笑ましい?」
 マリーベルはくいっと首をかしげて、ソファの背を乗り越えようとしているデュークを見る。
 デュークはようやく活路を見つけたのか、首をうんうん激しく縦に振り肯定する。
「ああ、本来はそうあるべきなんだなって、あらためて思うよ」
 デュークはようやくのぼりつめた背からひょいっと飛び降り、再びソファに腰かけた。


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update:10/02/11