怪物を狩る者(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルとプリシラは見つめあい、得心したようにくすりと笑い合う。
 プリシラが、マリーベルの首にするりと両腕をまわす。
「ねえ、マリーベル、ずっと友達でいてね」
「こっちこそ。浮気しちゃ嫌だからね」
 マリーベルもまた、プリシラの首に両腕をまわし、上目遣いに甘えるように見つめた。
 そうして二人、そのままで、おかしそうにくすくす笑い出す。
 デュークは、マリーベルたちの攻撃の心配がなくなりほっと胸をなでおろすと同時に、愛しそうに二人を見ている。
 それから、すっと立ち上がり、両手を二人へさっと差し出した。
「では、お嬢様方、雪を見ながらあらためてお茶でもいかがですか?」
「え?」
 マリーベルとプリシラは、同時に不思議そうにデュークを見る。
 デュークは得意げににこっと笑った。
「隣の部屋に用意させるから」
 デュークと差し出す手を一度見比べ、マリーベルは皮肉るような笑みをにっと浮かべた。
「デューク、気がきくわね」
 そして、その手をぱちんとたたくように手を重ねた。
 プリシラはためらいがちにもう一方のデュークの手に手を重ねようとして、思い直したように慌てて引き戻し、そのままマリーベルの腕にぎゅっと抱きつく。
 デュークはがっくり肩を落とし「俺って信用ないね」と泣きまねをして見せ、マリーベルは「ざまあ見ろ」とけらけら笑った。
 別にプリシラはデュークを信用していないわけではない。けれど、恐らく、マリーベルの手前、その手をとることをためらったのだろう。
 ちらりとマリーベルの顔をのぞき見て、笑っていることを確認すると、プリシラはほっと胸をなでおろしていたから。


 昨夜、あれほどの雪が降っていたのが嘘のように、空はからっと晴れ渡っている。
 ちょうど昼を迎え気温も上がり、屋根に積もった雪が溶け、ぽつりぽつりと軒から垂れ落ちている。
 けれどそれも、夕方になり気温が下がってくると、そのまま凍ってしまうのだろう。
 それを何度も繰り返し、軒に長い柱が垂れ下がる。
 そうしてできた氷柱を根元からぽきっと折り、デュークめがけて投げつけたらきっと楽しいことになるだろうと想像し、マリーベルは一人含み笑いをした。
 もちろん、氷柱が出来上がることを待たなくたって、その辺りに積み上げられた雪で雪球をつくり投げつけても楽しいだろう。
 雪球の中に小石を入れておけば威力が増し、もっと楽しいことになる。
 しかし、それは危険なので、さすがにマリーベルでも実行しようとは思わない。
 けれど、雪球くらいなら存分に楽しんでもいいだろう。
 街へつづくリープ家からの坂を下りながら、マリーベルはそんなことを考えていた。
 先ほどプリシラが帰っていったすぐ後に、分家の使いがやって来て、デュークはそのままでかけていった。
 天気もいいことだし、この機会に、首都の街を一人でぶらぶら散歩でもしようと、こうして徒歩で坂を下っている。
 もちろん、ジョナスが馬車を出すと言ったけれど、それは丁重じゃなく断った。
 マリーベルは田舎育ちの田舎者で都会の令嬢などではないので、馬車だと逆に堅苦しくのんびりできない。
 こうして、頬に当たる冷たい風を感じるのは好き。
 こうして、空気を吸い込むと胸がひんやりするのも好き。
 どさりと、すぐ横で、木の枝から雪のかたまりが落ちた。
 その拍子に舞い上がった雪がマリーベルの頬にあたり、なんだかくすぐったい気持ちになる。
 そうして楽しみながら、マリーベルは坂を下り、街の入り口に差し掛かった。
 すると、前方から見覚えのある馬車が一台こっちへやって来た。
 御者がふとそこにマリーベルがいることに気づき、馬を操りさっととまらせた。
 馬車の中から、いきなりの停車を不思議がる声がもれてくる。
「ナーマン、どうした? 何かあったのか?」
 ナーマンと呼ばれた御者は、落ち着いた声で答えた。
「はい。ちょうどこちらに、マリーベルさまがいらっしゃいます」
「な、何だって!?」
 馬車の中でがたごつんと、なんだか痛そうな音がしたかと思うと、扉が勢いよく開けられた。
 そしてそこから、転げるようにしてデュークが飛び出してきた。
 瞬間、マリーベルはうんざり顔でがっくり肩を落とす。
 やっぱり、見覚えがあると思えば、リープ家の馬車だった。
 あまりの格好悪いその姿に、マリーベルはぽかんとデュークを見る。
 するとデュークは、愛想笑いをしたかと思うと、慌てて体勢を立て直し何故か気取って見せる。
「やあ、マリーベル」
「……気持ち悪いっ」
 マリーベルは思わずぼそりとつぶやいていた。
 けれど、デュークは気にすることなく、懲りずにやけにさわやかにマリーベルに歩み寄る。
「どうした? また一人で街に遊びに来たのか? マリーベルのことだから大丈夫だろうとは思うけれど、治安がいい場所ばかりじゃないからあまり感心はしないのだけれどね」
 デュークはそう言いながら、マリーベルの腰に手をのばした。
 マリーベルは、その手をさっとよけ、不審げにデュークをじっと見る。
「何?」
 デュークはやはり無駄にさわやかににっこり笑ってみせる。
 マリーベルはその笑顔が、どうも胡散臭く思えてならない。それに、先ほどからわずかにデュークから漂ってくるこの臭いは……。
「血の臭い?」
 顔をゆがめ、マリーベルはぽつりつぶやいた。
 瞬間、デュークの肩がわずかに揺れた。けれど、顔は相変わらず動揺の色を見せることなく笑みをたもったまま。
 まるで、仮面が張りついたように微笑みをたたえている。
 マリーベルは、どことなく違和感を覚え、さらに訝しげにデュークを見る。
「何でもないよ」
 デュークは笑顔をはりつけたまま、さっと腰に下げる剣を背にやった。
 マリーベルの顔が険しくゆがむ。
 マリーベルはたしかに見た。
 デュークが隠した剣に、どろりとした黒いものがついているのを。
 それに、外套に隠れて見えていないけれど、その裾からのぞいた足元もまた、同じもので汚れている。
「……そう、ならいいわ」
 気づいたけれど、マリーベルはそれ以上追及はせず、ただそれだけを言った。


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update:10/02/18