怪物を狩る者(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 昨夜とはうってかわり、今朝からの天気を楽しんでいるのは、マリーベルだけではない。
 街のあちこちでは、新雪を踏みつけ楽しげに歩く人々の姿がある。
 これほど雪が積もる土地なら、冬の間はじっと家にこもっていそうなものだけれど、そこは首都、この国の国民性とも言おうか、冬だからといって大人しくしている者は珍しい。
 そろそろ昼ともなると、昨夜降り積もった雪は、皆人の足と馬車の車輪に踏まれ、すっかりその陰がない。
 メロディも今朝からの店めぐり、そして新規開拓に夢中になり、こんな街のはずれまできてしまった。
 すぐそこには、銀色に光る平原が見える。
 そこをまっすぐいき、分かれ道を右へ折れれば、ぽつんとひとつ、リープ本家に行き着く。
 さすがにそろそろ買い物にも満足し、大量の包みを使用人におしつけ、これから一人でお茶でもしようと辺りの店を物色しはじめた頃だった。
 ちょうど通りの向こうにめぼしい店を見つけ、駆け出そうとした。
 すると、横の路地からいきなり人影が現れ、それがどすんとメロディにぶつかった。
 慌てて顔をあげると、そこには男が一人たっていた。
 胸の辺りを、汚らわしそうにぱんぱんはたいている。
「あれ、あなた、どこかで……?」
 その行為にむっとしつつも、それよりもメロディには気になることがあり、思わずそうつぶやいていた。
 メロディがそれを口にした瞬間、男はメロディをにらみつけ、そのままさっと姿を消していった。
 メロディの理解の範疇を超えるその失礼な振る舞いに憤る。
 憤りに誤魔化されそうになったけれど、先ほどたしかに違和感を覚えた。
 違和感というか既視感というのだろうか。メロディはなんとなく、先ほどの男をどこかで見たような気がする。
 あんな失礼な男、はじめて見たはずなのに、けれどどこかで見たような気がしてならない。
 果たしてどこでだったのか……。思い出せない。
 思い出そうとすると、こう頭にもやがかかったようになり邪魔をする。
 後からやってきた大量に荷物を抱えた使用人は、はらはらした様子でメロディの様子をうかがっている。
 けれど、メロディは使用人をさらっと無視して、ふと考えこんだ。
「そういえば、あの男、たしか今……」
 そして、記憶をたどり、先ほど男が視線を向けていた方へ視線をやる。
 するとそこには、デュークと、デュークに抱き寄せられているマリーベルの姿があった。


 マリーベルは散策しようと街にやって来たはずなのに、デュークに捕まってしまい、結局そのまま屋敷に戻ることになってしまった。
 このままデュークと一緒に街をまわってもよかったけれど、気づいてしまった先ほどのこともあり、その気にはなれなかった。
 一般人にはなかなかわからないだろうが、デュークからは血の臭いがわずかながらする。
 外套で隠し見えないようにしているけれど、恐らく、その下は返り血を浴び、たくさんの血飛沫がついているのだろう。
 何故そういうことになっているのかいまいちよくわからないけれど、デュークはマリーベルを裏切り、恐らく一人で一仕事終えてきたのだろう。
 まったく、抜け駆けもいいところ。
 ここのところは吸血鬼騒動もなく平和だったので、そろそろ仕事をしてもよかった頃だというのに。
 ヴァンパイア・ハンターが暇であることはいいことだけれど、こうして毎日暇をつぶすことを考える生活にも、マリーベルは飽きてきている。
 暇をつぶすというか、日の半分くらいはデュークと追いかけっこをしているような気もするけれど。
 さすがに、一仕事終えたデュークとともに街を歩くのはためらわれる。
 それよりも、早く連れ帰って、その血を流させてやりたい。
 そんなものを体のあちらこちらにつけて、気持ち悪くないはずがない。
 顔など見えるところに血がついていないのは、ぬぐったからだろう。
 本当に、ヴァンパイア・ハンターとはなんて血なまぐさい商売なのだろうか。
 マリーベルは思わず、外套をつかみ、その胸にぎゅっと顔をおしあてた。
「マリーベル? どうした?」
 デュークは不思議そうにマリーベルの顔をのぞきこむ。
 その時だった。
「マリーベルさん!」
 通りのすぐそこから、メロディが息をはずませ駆け寄ってきた。
 その声にぴくりと反応し、マリーベルは慌ててデュークから離れる。
 そして、何事もなかったようににっこり微笑む。
 多少頬が赤くなっているのはご愛嬌。
 まさか、こんな場面を知っている人に見られるとは思っておらず、どことなく恥ずかしいのだろう。
「メロディ。この前はありがとう、お茶おいしかったわ」
 平然を装ってはいるけれど、マリーベルの心臓は何故かばくばくいっている。
 こんな場面を見られるとこんなに動揺してしまうものなのだと、マリーベルは胸の内で驚いている。
「そんなことはどうでもいいんです。それより、マリーベルさん、大丈夫? また危ないことをしていない?」
 メロディはやって来ると、デュークを突き飛ばし、マリーベルの両腕をにぎり詰め寄る。
「え?」
 険しい顔でまっすぐ見つめるメロディに、マリーベルは怪訝に首をかしげた。
 マリーベルには、メロディの言葉にまったく身に覚えがない。
 やってきていきなり何を言い出すのかと思えば、そんなわけがわからないこと。
 メロディは何を思いそんなことを言っているのかとも思ったけれど、この鬼気迫った様子からすると、そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのかもしれない。
 マリーベルはそう思い直し、メロディをまっすぐ見つめ、次の言葉を待つ。
 すると、メロディはマリーベルにすっと身を寄せ、耳打つように神妙に告げた。
「さっき、そこで不気味な男とぶつかったの。その男が、どうやらマリーベルさんたちを見ていたみたいで……」
「わたしたちを?」
 マリーベルの顔が、さっと険しくゆがんだ。
「ええ、確証はないけれど、なんだか嫌な感じがする男だったわ」
「そう、ありがとう。気をつけておくわ」
 マリーベルはそう言うと、メロディをさっと引き離す。
 そして、一人、難しそうに考え込みはじめた。
 デュークの耳にもメロディのささやきは届いていたようで、マリーベルにさっと体を寄せた。
「マリーベル」
「ええ……」
 デュークの耳打ちに、マリーベルは静かにうなずいた。
 いまいち要領を得ないけれど、きっと何かよくないことが起こる前兆だろう。
 何より、マリーベルたちを見ていたというその男が気になる。
 最近視線を感じるようにはなっていたけれど、果たしてそれと関係があるのだろうか?
 たしかに、時機としては合っている。


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update:10/02/24