崩壊への口づけ(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 外はもうすっかり暗くなっている。
 昨夜とは違い、今夜はどうやら雪が降る気配はない。
 空にはぽっかりと黄色い月が浮かんでいる。
 真冬の夜空は雲ひとつなく、いつの季節にまして星が数多きらめき広がっている。
 北の空では、ひとつ星が他を圧倒するようにひときわ輝きを放っている。
「マリーベル? どうした? まだ寝ないのか?」
 カーテンを開け窓越しに夜空を見上げていたマリーベルに、そう声がかかった。
 マリーベルははじかれたように振り返る。
 すると、暗闇の中、ぼんやりと人影が現れた。
 差し込む月明かりのもとに、その姿が浮かび上がる。
「え? デューク?」
 マリーベルは思わず、あっけにとられたようにつぶやいた。
 まさかこんな夜中に、マリーベルの部屋にデュークがやってくるなんて思っていなかった。
 たしかに、この屋敷にやってきたはじめの頃は、デュークが夜中忍んでくるのではないかと疑ってみたものだけれど、それは杞憂にすぎないとすぐにわかった。
 さすがのデュークも、そこまで乱暴で浅はかなことはしない。
 そう安心していたのに、それなのにどうして、今夜はここにデュークがいるのだろう。
 使用人たちもすっかり寝静まった、こんな夜中に。
「悪い、明かりが見えたから、つい……」
「つい、勝手に入ってきたの? 変態、色情魔」
「うわっ、厳しいなあ」
 たしかに、先ほどまでは燭台に明かりをともしていた。
 それも、気づけばいつの間にか消えてしまっている。
 その明かりを、向こうの方、窓越しに見るデュークの私室から見えたのだろう。
 マリーベルも時折、遅くまでその部屋に明かりがともっているのを目にしている。
 謝罪しつつもまったく動じることなく、デュークはおどけながらマリーベルに歩み寄る。
 そして、窓際に立つマリーベルのもとまでやって来ると、その頬にふわりと触れた。
 マリーベルの頬に触れたデュークの手は、あたたかかった。
 恐らく、デュークの手が触れたマリーベルの頬は、ひんやり感じただろう。
 デュークは困ったように小さく吐息をはく。
「それより、何かはおらないと、風邪をひくよ」
 そう言って、デュークは自分が着ていたガウンを脱ぎ、マリーベルに着せかけようとする。
 マリーベルは慌てて、それを手で制した。
「マリーベル、わがままは……」
「だ、だって、それをわたしが着ちゃうと、今度はデュークが風邪をひくじゃない」
 マリーベルはデュークをにらみつけ、わたわたとそこから逃げ出そうとする。
 デュークは、逃げようとするマリーベルの手をさっとつかんだ。
 そして、ぐいっと引き寄せる。
「ふーん、そうか。ならば、マリーベルが一緒に入ればいいか」
 再びローブを羽織りなおし、デュークはそのままマリーベルを背からガウンの中に抱き寄せる。
 マリーベルはぎょっと目を見開き、デュークの胸をどんとひとつたたいた。
「へ、変態! すけべ! 好色男!」
「はいはい、何とでもどうぞ」
 デュークはあきれたようにそう言って、マリーベルを適当にあしらう。
 マリーベルはすぐに抵抗を諦め、悔しそうにデュークをにらみつける。
 けれどすぐに、マリーベルはすっかり戦意を失い、そのままぽすんとデュークの胸に頭をもたれかけた。
 口では散々言っているけれど、マリーベルはデュークを信じている。
 この状況で、デュークはマリーベルにおかしな真似をしたりはしない。
 その言葉通り、この時間明かりがともっていることが気になり、様子を見にやってきただけだろう。
 デュークは本当は、大切なところで紳士だということをマリーベルは知っている。
「マリーベル、昼間のメロディの言葉が気になるのか?」
 ふいに元気がなくなった、いや、空元気をやめたマリーベルの様子をうかがうように、デュークは心配げにささやく。
「……え?」
「違う?」
 マリーベルは驚いたようにデュークを見つめたけれど、すぐに諦めたようにふるふると首を横に振った。
「違わない。ずっと気になっていたの。ここ数日、嫌な視線を感じていたから」
「そうだな」
 考えるように、デュークがつぶやく。
 すると、マリーベルは不思議そうに、けれどどこかでわかっていたように、デュークの顔をのぞきこむ。
「デュークも気づいていたの?」
 デュークは力強くうなずいた。
「まあね。あの時は、マリーベルを不安にさせまいと誤魔化したけれど、たしかに俺も気になっていた」
「なんだか、嫌な予感がするの」
 ふと陰りを見せ、マリーベルはデュークをじっと見つめる。
 マリーベルを抱き寄せるデュークの腕に、きゅっと力がこもる。
「大丈夫、俺が守るから」
「デューク?」
「俺がマリーベルを守るよ」
 デュークはマリーベルを抱く腕からすっと力をぬき、解放する。
 かと思うと、そのままマリーベルの体をくるりとまわし、デュークにむき合わせた。
 マリーベルは戸惑いがちにデュークを見上げる。
 マリーベルの頬に、デュークの手がそっとそえられる。
「だから、そういう冗談は……」
 マリーベルは慌ててさっと顔をそらし、非難めいてつぶやいた。
 けれど、体はそわそわとして、なんだか落ち着かない。
「冗談じゃないよ、本気だよ。俺はいつでも本気だ」
「デュ、デューク!?」
 そらしたマリーベルの顔を再び向き合わせ、デュークはまっすぐに見つめる。
 驚きとデュークの迫力に気おされ、マリーベルの瞳がぐらぐら揺れる。
 デュークの腕の中から逃げ出そうと、おろおろする体を必死に促している。
 けれど、力が入らないのか、マリーベルはデュークの腕の中から逃れることができない。
 突き飛ばせば簡単だろうけれど、何故かそれができない。
「マリーベルはいつも冗談で誤魔化そうとしているけれど、いい加減認めてくれないかな」
「だ、だって……っ」
 図星をさされ、マリーベルはうろたえる。
 どうやら、誤魔化そう誤魔化そうとしていたそのことを、デュークには簡単に見破られていたらしい。
 マリーベルはそうとは気づかれないようにしていたつもりだったけれど、デュークの目は誤魔化せていなかった。
 これまでは、デュークもマリーベルに合わせていたにすぎないということだろう。
 けれど、どうしたことか、今は誤魔化されようとしない。それを見過ごさない。
 マリーベルはどう答えればいいのか、どうすればいいのかわからず、ますますうろたえる。
 誤魔化されてくれないデュークとの接し方がわからない。
「俺は、マリーベルを愛している。マリーベルは? 聞かせて」
 デュークはどうしていきなり、こんなに性急にマリーベルの気持ちのこたえを求めるのだろう?
 これまでは、そういうそぶりがなかったのに。……いや、あったかもしれないけれど、デュークはいつもマリーベルに合わせていた。なのに、今どうして……?
 ずっと、デュークのその優しさに甘えていたから?
 マリーベルの甘えに、デュークは耐えられなくなった?
 たしかに、マリーベルにも、デュークの優しさにつけこむように誤魔化すなんてひどい仕打ちをしている自覚はある。それが耐えられなくなったというのも、納得できる。
 でも、まだもう少しマリーベルは甘えていたい。まだ、答えは出したくないから。
 マリーベルに与えられた答えはひとつ。
 だから、まだ出したくない。まだ、デュークと離れたくないから。
 たったひとつの答え、それ以外は出してはいけない。
「愛……って、聞かせてって……。いきなり何を言い出すのよ」
 まだ、言えない。まだ、言いたくない。
 だから、無駄だとわかりつつも、マリーベルはまた誤魔化す。
 マリーベルは慌てて、デュークの腕の中から抜け出そうとする。
 今度は邪魔しようとする気持ちに、本気で抵抗する。少しでもデュークの腕の中に未練を残しては危険だから。
 けれど、デュークが難なくそれを阻んだ。
 ぎりっと奥歯をかみ、抵抗をはじめたマリーベルをさらに力をこめぎゅっと抱きしめる。
 マリーベルは目を見開きデュークを見つめる。
 顔がかっと赤く染まった。


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update:10/03/03