崩壊への口づけ(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 デュークは、目をうるませ顔を赤らめ、抵抗しつつも恥らうようにもじもじするマリーベルにきゅっと顔をゆがめた。
 かと思うと、何かがぶち切れたように、理性が吹き飛んだように、その顔をさっとマリーベルの顔に近づける。
 マリーベルははっとして、慌てて顔をそむけた。
「デュ、デューク、だめっ!」
「何が駄目なの? 俺ももう気づかないふりをするのも限界なんだよ」
 デュークは皮肉るような、非難めいた微笑を浮かべる。
 まっすぐに真に迫ったような光を放つディークの瞳に、しっかりとマリーベルの戸惑う姿が映っている。
 衝撃を受けたようにマリーベルの目が見開き、すぐに顔がさっと曇った。不安げにデュークを見つめる。
「気づかないふり?」
「そう、マリーベルが気づいていないふりをしていることに気づかないふり」
「な……っ!?」
 マリーベルは驚きに再び目を見開き、悔しそうに唇をかむ。
 またしても、図星をさされた。
 たしかに、マリーベルは、デュークの気持ちに気づいていないふりをしていた。それでずっと誤魔化そうとしていた。
 それに、やっぱりデュークは気づいていた。気づいていて、マリーベルに合わせていた。
 それすらもまた、マリーベルは気づいていないふりをしていた。
 さらに、それもデュークは気づかないふりを……と、互いに無限に気づいていないふりをし合っていた。
 それに、とうとうデュークが終止符を打ってしまった。
 どこかでそのループを断ち切れば、自ずとその後の結果はでてくる。
 気づかないふりに終わりを刻まれては、マリーベルは唯一の逃げ道だった気づかないふりをもうできなくなってしまう。活路を絶たれたも同じ。
 デュークはマリーベルの頬に手を触れ向き合わせる。
 月明かりに照らされたデュークが、まっすぐマリーベルを見つめている。
 浮かび上がるその姿はなまめかしく、その目はうるみどこか憂いを帯びている。
 愛しい、苦しいほどに愛しいと、その目がいっている。
 何かを吹っ切ったように、決意したように、デュークの目の奥がきらっと光った。
「マリーベル、はっきり言うよ。俺はマリーベルを愛している。これからもずっと、俺のそばにいて欲しい」
「だ、だめ、できない」
 マリーベルは反射的に叫んでいた。
 顔はデュークの手におさえられ、そらすことができない。
 顔はそらせないけれど、視線はそらせる。
 これが、今マリーベルにできるせいいっぱい。
 この期に及んで抵抗し、視線をそらしたマリーベルに、デュークは責めるように叫ぶ。
「どうして!?」
 マリーベルは何かを耐えるようにきゅうと唇を結び、そして決意したようにデュークに再び視線を戻した。
 まっすぐに、デュークをとらえるように見つめる。
「だって、わたしたち身分が違いすぎるもの。デュークにはもっとふさわしい人が……」
「そんなのはどうでもいい。俺はマリーベルがいいんだよ。マリーベルでなければ嫌だ。他はいらない」
 力強く告げると、またデュークの顔がマリーベルの顔に近づいていく。
「デューク……っ」
 マリーベルは再び、慌てて顔をそらそうとする。
 けれど、強引に顔を引き戻すデュークによって、それはかなわなかった。
 困惑と焦りで、マリーベルはデュークを見つめる。
 デュークと目が合う。すぐ目の前にその顔が迫っている。
 次の瞬間、マリーベルの顔とデュークの顔が、しっかり重なっていた。
 マリーベルは、思わずぎゅっと目をつむる。
 つむった目から、つうと一筋、涙がこぼれた。
 デュークを非難する声を出そうとするけれど、それは言葉にならず嗚咽になって流れ出す。
 デュークの唇が、強く強く、マリーベルのそれに押しつけられている。
 求めるように、強引に奪い取るように。
 体も唇もしっかり抱かれ、マリーベルは抗うことができない。
 触れた唇にばかり気をとられ、体に力が入らない。
 マリーベルには、どうすることもできない。
 抵抗したいのに、非難してやりたいのに、体も心のどこかも全然機能しない。
 マリーベルを抱きしめる力強い腕、マリーベルに強く押しあてる熱い唇、どちらもマリーベルの心と脳をとろかし、すべてから力が抜けていく。すべてを奪っていく。
 マリーベルもまた、気づけば、求めるようにデュークの背に腕をまわしていた。
 本当は、ずっとずっとこうしたかった。ずっとずっとこれを求めていた。
 ずっと、デュークに対して素直になれなかった。
 それがどんなにいけないことか、大罪に値するかわかっていた。だから、これまで必死に耐えていたのに……。
 それを、デュークはあっさり崩壊させてしまった。
 こんなことで崩れ落ちるほど、もうもろくなってしまっていたのだろうか。
 気づいてしまった。気づかされてしまった。
 ずっと気づかないようにしていた、見ないようにしていた、その思いに。
 気づいてしまってはとりかえしがつかなくなる、後戻りができなくなるとわかっていたから、マリーベルはずっと自分の気持ちを誤魔化してきた。
 その気持ちに気づいてしまったら、その先には、破綻しか待っていない。
 違いすぎる身分の差には、抗えない。
 たとえ二人の気持ちが通じ合ったとしても、先に待っているものは破滅しかない。
 もう取り返しがつかないところまできてしまった。
 月が妖しく二人を照らしている。


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update:10/03/14