優しい狩人(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マリーベル、おはよう」
 マリーベルが朝食のため食堂へ行くと、デュークがすでに席についていた。
 長卓の上座に座り、マリーベルがやって来るのを待っていたかのように両肘をつきそこに顔をのせて、じっと扉を見つめていた。
「お、おはよう」
 マリーベルはデュークに声をかけられると同時に、思わずびくりと体を震わせた。
 仕方がない。何しろ、昨夜あのようなことがあったばかりなのだから。
 一体、どういう顔をして食堂に来ればいいのか、マリーベルは今の今までぐるぐる考えていた。
 けれど、いつまで考えても答えは出ないし、遅くなればなるだけ下手な勘ぐりをされてしまうので、思い切ってやって来た。
 やって来たのはいいけれど、いざデュークと顔をあわせると、やっぱり体は素直に反応してしまう。
 そして、この朝の景色のようにさわやかに微笑むデュークが、ちょっと憎らしくなる。
 マリーベルは、昨夜あんなことがあったために、ほとんど寝られなかったのに、デュークときたら、何か吹っ切れたような清々しい顔をしている。
 そりゃあ、浮名を流すご当主さまにとっては、あれくらいたいしたことはなかったかもしれない。けれど、マリーベルはその……は、はじめてだった。はじめてのキスだった。
 しかも、そのはじめて、すっごく強引に奪われてしまった。
 これで平然とできる少女がいたら、そっちの方が驚きだろう。
 けれど、デュークはどうして、あんなことをしたのだろう?
 昨夜のデュークは、普通じゃなかった。あんなデューク、マリーベルは知らなかった。
 どぎまぎとしてなかなか席につこうとしないマリーベルを見て、デュークは困ったように肩をすくめ微苦笑を浮かべる。
 デュークにもまた、嫌というほど思い当たるものがあるのだろう。
 あれで思い当たらない方が普通じゃないけれど。
「マリーベル、そこに座って」
「う、うんっ」
 今ではすっかり食事の際のマリーベルの指定席となってしまった、デュークのすぐ左隣の席を指差す。
 マリーベルは相変わらずびくびくしながら、のろりのろり示された席へ歩いていく。
 本当なら今朝ばかりは違う席に――デュークから離れた席に座りたかったけれど、指定席となった今さら拒否することもできないし、デュークに先を越され釘を刺されてしまったら、もっと抗うことができない。
 何より、今さら席をかえようものなら、使用人たちに訝しがられる。
「そんなに警戒しなくていいから。――昨夜は悪かった。ちょっと焦りすぎていたみたいだ」
「……え?」
 すぐそこまで歩いてきたマリーベルの手を、デュークはさっととった。
 そして、強引すぎず、けれど抗うこともできないように、やんわりと角をはさんだ左隣の席へマリーベルを促す。
 デュークの手が触れた瞬間、またマリーベルの体がはねた。
 その言葉が本当ならば、では、昨夜のデュークは焦りすぎていた、そのために、あんな強引なことをしたというのだろうか?
「もう急かしたりしないから、これから二人でゆっくり考えていこう」
 控えていたジョナスが椅子をひき、そこにマリーベルを座らせる。
 マリーベルは戸惑いながら、椅子に腰掛けた。
「で、でも、考えても答えはきっと同じよ?」
「それならまた考えよう。俺は、マリーベルを諦める気はない。それだけは言っておくよ。けれど、マリーベルにまだその余裕がなければ、余裕ができるまで俺は待つよ」
 デュークは、とっていたマリーベルの手を、両手できゅっとにぎりしめ、そっと唇を寄せる。
 ゆらぐことのない強い意志を秘めたデュークの瞳が、まっすぐマリーベルを見つめる。
 マリーベルの顔が、恥じらいと戸惑いで朱をにじませる。
「ま、待っても一緒――」
「待つよ。待つくらいはいいだろう? それは俺の勝手だろう?」
「屁理屈よ」
「じゃあ、そういうことにしておこう」
 自信たっぷりに得意げに語るデュークを、マリーベルは非難するようにみつめる。
 口をとがらせて不満をあらわしているけれど、どことなく目は安堵したように柔らかい。
 このまま、デュークに見放されなくてよかった。気づかないうちに、マリーベルの心はそうほっとしている。
 けれど、その思いを悟られないように、マリーベルはまたかわいくなく顔をぷいっとそらした。
 それなのに、デュークは何故か、楽しそうにくすくす笑い出す。
 きっとそれは、顔をそらしても、マリーベルの手を握るデュークの手を振り払わなかったからだろう。
 マリーベルの本心は、その言葉とは違う。
 悔しいことに、デュークにそれを悟られてしまっている。
 それにしても、どうして急に、デュークはこんなに積極的になったのだろう?
 そこが、マリーベルは気になってしようがない。
 こんなに積極的なデューク、どう接すればいいのかマリーベルはわからない。
 そして、心のどこかで、それがたまらなく嬉しいマリーベルがいる。
 まだまだ中途半端だけれど、この関係が心地いい。まだまだ、手放したくない。
 そのために、気づいてはいけない思いを、必死に心の奥の奥の奥へと押し戻していく。


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update:10/03/21