優しい狩人(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 朝食後。
 食事中も相変わらずどぎまぎして落ち着きがなかったマリーベルを、デュークは再び説き伏せようと試みたけれど、その前にさっさと逃げて行ってしまった。
 その逃げ足の速いことに、デュークは少し驚いた。
 けれど、そこもまたかわいく思えて、思わずくすくす笑っていた。
 マリーベルは、わかりやすすぎる。
 あからさまに、デュークを嫌がっているのではなく、ただ恥ずかしがってどう接すればいいのか戸惑っているだけ、それがわかる。
 そこが、デュークはたまらなく愛しく感じる。
 普段、マリーベルにふりまわされているふりをしているけれど、いざとなれば立場を逆転させることなどデュークには造作ない。
 マリーベルにふりまわされるのは楽しい。けれど同時に、マリーベルをふりまわすのも楽しい。
 つまりは、マリーベルとともにいるだけで楽しい。
 自信たっぷりなマリーベルも、戸惑うマリーベルも、恥らうマリーベルも、なにもかもマリーベルのすべてが、デュークには愛しい。
「デュークさま、焦りすぎです」
 デュークが執務室に入るとすぐに、ジョナスがたしなめるようにぴしゃりと言い放った。
 デュークは振り返り執務机に片手をつき、怪訝にジョナスを見る。
「何だ、いきなり、ジョナス」
 ジョナスはぴたりと足をとめ、ぴしりと正した姿勢で、どことなく非難するようにデュークを見ている。
「性急すぎますよ。あれでは、マリーベルさまがたじろぎ逃げられるのも当然です」
 ジョナスは今朝の食事の席しか見ていなかったけれど、二人のあの様子、あの会話からなんとなく察しはついていた。
 察しがついたからこそ、この言葉を言わずにはいられない。
 デュークにとってはたいしたことはない、むしろもどかしいことだろうけれど、マリーベルにとっては未知のこと、急転直下でついていけないだろう。
 デュークはきっと、昨夜、何かしらマリーベルにしてしまったのだろう。
 まあ、マリーベルのあの戸惑い具合から言えば、最悪な事態にまでは至っていないだろうけれど。
 それでも、少しくらいは手を出したのだろう。
 ジョナスもデュークの気持ちはわかっているつもりなので、それでもかなりの理性を働かせただろうことはわかる。
 きっと、我慢に我慢をかさねて、とうとうぶち切れてしまったのだろう。
 それでも、マリーベルを悲しませることはしなかったことだけは、誉められるだろう。
 最悪の一線をこらえられただけ、まだはじめの段階でとどまっただけで、十分に立派。
 何より、朝食時のデュークは、これまでになく積極的だった。
 それでわからないジョナスではない。ジョナスでなくとも、あれでは誰でも悟れてしまう。
 デュークは目を覆いたくなるほど、だめだめにめろめろだった。骨抜きだった。
「うるさいな、仕方がないだろう。この冬の間にがっちり決めなければいけないのだから」
「それはまあ、そうですが……」
 デュークは不服そうにジョナスをにらみつける。
「それに、もう我慢の限界というのも本当だ。俺はもう十分すぎるくらい待ったと思うんだが、どう思う?」
 ぱらぱら雪が舞いはじめた窓の外を眺め、デュークは苦しげに吐き出した。
 ジョナスは答えることができず、デュークから顔をすっとそらしていた。
 たしかに、ジョナスから見ても、デュークは十分すぎるくらい待った。
 デュークにしてはあれだけ待てていたこと自体、奇跡に近い。
 普段はふざけていていい加減に装っているけれど、デュークは実は誰よりも気性が荒い。
 いや、この場合は、気性が荒いのではなく、それくらいデュークはマリーベルを愛している。
 何もかもすべてが我慢できなくなるほどに。壊れそうなほど思いは募っている。
 これ以上待てという方が、酷なこと。
 しかし、それはあくまでデューク側に立てばのことで、マリーベル側に置き換えると話は違ってくる。
「誰かにとられる前に、つかまえておかないと不安なんだよ。最近のマリーベルは、ますます綺麗になった」
 デュークは机につく手をきゅっとにぎりしめ、胸苦しそうにその手を見つめる。
「もう、だめだめにめろめろですね」
「うるさいっ」
 肩をすくめ呆れたようにつぶやくジョナスに、デュークは顔を真っ赤にして叫ぶ。
 ジョナスに言われなくても、デューク自身、それは嫌というほど自覚している。
 何を差し置いても守りたい、常にそばにおいておきたい存在、それがマリーベル。
 いつの間にこんなに思いが大きくなってしまっていたのか、デューク自身にもわからない。
 けれど、それが今の本当だということはわかる。
 はじめは何とも思っていなかった。ただ、同じヴァンパイア・ハンターとして面白いなあという程度にすぎなかった。
 けれど、その身を投げ出して敵であるはずの吸血鬼を救おうとする姿に、デュークはこれまでにない感情を覚えた。
 その時はそれだけだった。
 そして、その後、興味本位でマリーベルのもとを訪ねているうちに、マリーベルの人柄に触れているうちに、それはいつしか恋心というものになっていた。
 自覚してからは早かった。
 どんなことをしても、マリーベルを自分のものにしたいと思うようになってしまった。
 それは、執着に似た感情だったかもしれない。マリーベルが拒絶すればするほど手に入れたいと思った。
 けれど、今は純粋に、マリーベルを守り大切にしたいとデュークは思っている。
 時には暴走しかける時もあるけれど、精一杯理性を働かせている。
 本当に愛しいから、大切にしたいと思うから、デュークのできる限りでマリーベルを傷つけるようなことだけはしたくない。
「ところで、デュークさま、お耳に入れたいことが……」
 図星をさされ憤るデュークに、ジョナスは神妙な面持ちで語りかける。
 デュークにすっと歩み寄る。
 デュークの顔が、さっと険しく強張る。
「……何だ?」
「実は……」
「そうか、ついにきたか」
 まっすぐ見つめるデュークに、ジョナスはそっと耳打ちした。
 すると、さらにデュークの顔が険しくゆがんだ。
 デュークの耳元から顔をはなし、けれど距離をあけることなく、辺りをうかがうようにジョナスは告げていく。
「はい。この一週間ほどで確実に被害が拡大しています。リープ家関係者だけにとどまらず、一般人にまで及びはじめています」
「くそっ。こんな時に……っ。この前二体ほど片づけたばかりなのに。邪魔ばかりしやがって」
 デュークは奥歯をぎりっとかみしめ、いまいましげにはき捨てた。
 いずれこうなるとは大方予想はできていたけれど、思いのほか事態は早くすすみつつあるらしい。
 急ぎつつ、けれど焦りはせず、真相をさぐっていた矢先のこれ。
 もううかうかしていられない。手をこまねいてばかりはいられない。
 これは早急に方をつけないと、今に大変なことになるだろう。
 実際、一般人にまで危害が及びはじめているというのだから。
 一人街へやって来たマリーベルと出くわしたのも、片づけたその二体のうち一体を()った帰りだった。
 あの時は本気で焦った。
 焦りを悟られては余計な邪推をされると思い、懸命に誤魔化した。
 デュークの誤魔化しは奏効し、実際、マリーベルはまだこの事態に気づいていないだろう。
 しかし、あの時、デュークが狩りをした帰りであることは、マリーベルも気づいていた。
 マリーベルのことだから、デュークが一人で仕事を片づけてきたと立腹するだろうと思ったけれど、その時は何の追及もなかった。
 それに、どれほど胸をなでおろしたことか。
 マリーベルは間違いなく、デュークが吸血鬼と対峙した後だということに気づいていた。
 それでも、気づかないふりをしたのだろう。
 たしかに、もともとこの首都は、リープ家の管轄であり、ダグラス家の管轄ではない。
 首都でデュークが仕事をすることに、マリーベルも口出しはできなかったのだろう。
 あの時のマリーベルには、他の何かもあったようだけれど、それはあえて聞こうとは思わない。
 マリーベルはマリーベルなりに、いろいろ考えているだろうから。
 そういうマリーベルの変に聡いところも、デュークはいじらしくてかわいいと思っている。
「それで、マリーベルさまにはまだ伝えておりませんが、いかがいたしましょう」
 ジョナスは静かに憤るデュークに、探るように確認する。
 デュークはさっと顔を窓の外ヘ向け、降りはじめたばかりの雪をにらみつける。
「マリーベルにはまだ黙っておけ。知れば暴走する」
「はい、たしかに」
 ジョナスもすでに承知していたように、力強くうなずいた。
 首都に吸血鬼がでて、しかもこれほど大きなことになっていると知れば、マリーベルは間違いなく暴走する。
 自分の身の危険を顧みず、率先して解決にあたろうとするだろう。
 そのような危険なこと、させられるはずがない。
 まあ、このことをマリーベルが知るのも時間の問題だとは思うが、できるだけ遅らせるにこしたことはない。
 どうやら今日も、一日中、空から降って来る白く冷たいものから解放されることはないよう。


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update:10/03/30