太陽と月の恋歌(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルが身支度を終え部屋をとびだすと、ちょうど外出しようとしていたところなのだろう、外套を着込んだデュークと出くわした。
「マリーベル、どこへ行くんだ?」
 デュークはマリーベルに非難じみた視線を向け、不審げに問いかける。
 もちろん、同時にマリーベルの腕をしっかりつかみ、逃げられないように捕獲している。
 プリシラとハロルドが帰った後、マリーベルはしばらくぼんやりとそこにたたずんでいた。
 二人がやって来る前からずっと考えていることがある。
 もやもや考えるそれに決着をつけるためには、やはり思い切って行動に移すほかない。
 マリーベルはそう思い、デュークにばれないようにこっそり屋敷を抜け出そうとした。
 しかし、こうもあっさり時機悪くつかまってしまうとは、マリーベルはなんてついていないのだろうか。
 行動に移したところで、マリーベルが予想する結果を得られるかどうかはわからないけれど、今はどうしても確かめたくて仕方がない。
 どちらにころんだとしても、とりあえずは、このもやもやする気持ちには決着がつくだろう。
「げっ、デュ、デューク!?」
 あからさまに顔をゆがめるマリーベルに、デュークはがっくり肩を落とす。
「その反応は……。またよからぬことを企んでいるのだろう? もう無理に服を着せたりしていないのだから、逃げる必要はないだろう?」
「に、逃げるのじゃないわよ!」
「じゃあ、どうするつもりだったんだ?」
「そ、それは、その……」
 マリーベルはデュークからふいっと顔をそらし、もにょもにょ口ごもる。
 マリーベルがこれからしようとしていることを、デュークに言えるはずがない。
 だからといって、うまい言い訳もでてこない。
 どうしてデュークを誤魔化そうかぐるぐる考え、マリーベルの目が泳ぐ。
 それを目ざとく認め、デュークはマリーベルの腕をひき抱き寄せた。
「はっきり言わないと、監禁するよ」
 マリーベルの顔にぐいっと顔を近づけ、デュークはきっぱり告げる。
 瞬間、マリーベルの顔が真っ赤に染まった。
「変態!」
「変態でけっこう。それで、どうするつもりだったんだ? わかっているだろうけれど、マリーベルは今危険な状態にあるかもしれないんだぞ。あまり無謀なことはするんじゃない」
 デュークは真剣な眼差しで、まっすぐマリーベルをとらえる。
 マリーベルはデュークのその視線に耐えられず、思わずさっと視線をそらした。
「わ、わかっているわよ、あの視線のことでしょ」
 こんなに近くで、そんなに強く熱くデュークに見つめられては、マリーベルはどうすればいいかわからなくなる。
 ただでさえ、デュークの瞳に見つめられると、心の奥まで見透かされそうで怖いのに、こんなに近くにいると、動揺が直接デュークの体に伝わってしまう。
 デュークがこうして抱きしめるたび、マリーベルの心臓は壊れそうなほど早く脈打っている。
「それで、またいつかのように、自分がおとりになり……なんて考えていないだろうな?」
 どうやら、デュークが強引にでもマリーベルを引き止めようとしているのは、そういうことだったらしい。
 自分の身の危険を顧みず、落命すら覚悟して、マリーベルが無謀な行動に出るとでも思ったのだろう。
 まあ、たしかに、デュークのその予想は間違ってはいない。
 いつものマリーベルなら、自分をおとりにしてでも、迅速に解決しようとする。
 けれど、今日のマリーベルは、そのために屋敷を抜け出そうとしたわけではない。
 それよりももっと、マリーベルにとっては大切なことがある。
 それを確認すれば、あるいは……。
 いや、確認したところで、予想通りの結果を得られたところで、事態は何も変わらないだろう。
 どちらにしても、マリーベルは認めるわけには、受け入れるわけにはいかないのだから。デュークのために。
 それにしても、デュークはどうしてこう、嫌になるほどマリーベルのことをわかっているのだろう。
「それはまだ考えていないわよ」
 マリーベルはぷいっと顔をそらし、ぷうと頬をふくらませる。
 疑わしげに目を細め、デュークはマリーベルをじっとりと見る。
「ふーん、まだ、ねえ」
「な、何よ!?」
 くいっと顔を戻し、デュークをにらみつける。
 マリーベルの目に、どことなく力がないのは、やはりやましいことがあるからだろうか。
 デュークの口が、ふっとゆるんだ。
「まあ、それならそれでいいが、出かけるのなら、俺も一緒に行くからな」
 デュークは得意げににっと笑う。
「はあ!?」
 マリーベルは思わず、すっとんきょうな声をあげた。
 一緒に行くとは、デュークはどこまで過保護……迷惑なマリーベルの追っかけなのだろうか。
 いや、そういう冗談はおいておいて、たしかにデュークはすでに外套を着込んでいる。
 ということは、これから他に行くところがあるということだろう。
 それを放り出して、マリーベルについてくるというのだろうか?
 なんて強引で自分勝手で、……そしてマリーベルを優先する男なのだろうか。
 しかも、そういうデュークに、ほんのちょっぴりでも胸があたたかくなるマリーベルが、憎くてたまらない。
「嫌とは言わせない」
「い・や」
 見つめるデュークに、マリーベルはべっと舌を出す。
 すると、デュークの顔がふいに陰りを見せ、切なげにマリーベルを見つめる。
「……心配なんだよ」
 マリーベルはきゅっと唇を結び、思わずじっとデュークを見つめてしまった。
 まっすぐマリーベルを見つめるデュークの目は、どこまでも澄んだ、そして力強い光を発している。
 そのはずなのに、不安げにゆらめいてもいる。
 ここでデュークをつきはなしてはいけない。
 その目を見ていると、何故かマリーベルにはそう思えた。
 マリーベルは諦めたように、ふるっと首を一度ちいさくふった。
「わかったわよ、ついて来たければついてくれば? でも、何も言わないでよ」
「ああ、わかった」
 ほっと、デュークが安堵した気配がマリーベルにも伝わった。
 デュークは、マリーベルを外へ出したくないのではなく、一人で行かせたくなかったのだろう。
 だから、こうしてともに行くことを許すと、デュークからすぐさま険しい雰囲気は消えた。
 それにまあ、デュークがついてきても、問題はないといえば問題はない。
 ただ、マリーベルはあのことを確認したいだけだから。
 確認した後、どうなることでもないから。
 むしろ、ともにデュークが来ると、マリーベルも心強く思える。
 本当は、これから確認しにいくことは、マリーベルのこれからの人生を左右するだろうくらいとってとてつもなく大きなことだから、少し不安だった。
 デュークが一緒にいれば、きっとそれもやわらぐだろう。
 いつ頃からか、マリーベルはこうして、デュークに依存するようになってしまった。
 いけないこととはわかりつつも、どうしてもデュークのぬくもりを求めてしまう。


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update:10/04/15