太陽と月の恋歌(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「……で、マリーベルが来たかったところって、ここか?」
 車窓から外をのぞき、デュークは複雑そうにつぶやいた。
 デュークたちが乗る馬車は、城にほど近い、貴族たちが住む一帯でもひときわ大きな屋敷の前にとまっている。
 雪がぱらつくこの寒い冬の朝でもなお微動だにせず、白い息をはく門番が立っている。
「うん」
 マリーベルは、すでに諦めてしまっているのか、素直にこくんとうなずいた。
 すると、デュークは苦く笑い、ぽんとマリーベルの頭をなでる。
「これはまた、別の意味で無謀だなあ」
「どうしてよ?」
 マリーベルはむっと眉根を寄せ、デュークを非難するようににらむ。
 デュークは、呆れたようにふうと細い吐息をはきだした。
「よく考えてみろ。マリーベル一人でやって来て、簡単に会わせてもらえると思っていたのか?」
 マリーベルははっとして、デュークをじっと見つめた。
 今ようやくその事実に気づいたらしい。
 案外、大切なところでぬけている。
 たしかに、この屋敷の主は、マリーベルのような一般人がひょっこりやって来て、会わせてくださいといって会わせてもらえるような人ではない。
 しかし、マリーベルには確信がある。
 約束はしていない。
 けれど、在宅していれば、マリーベルとの面会を断ることはないだろう。
 マリーベルの予想があたっていれば。
 そして、面会を拒まれれば、そこでマリーベルの予想がはずれていたこともわかる。
 そう確信している。
 どちらにしても、在宅さえしていれば、マリーベルにとってはそれが答えとなる。
 マリーベルにとって大切なことは、面会ではない。あくまでその出方のみ。
 覇気がなくなったマリーベルに気づき、デュークはいたずらっぽく笑む。
「でもまあ、ここの使用人は、門前払いをするほど無慈悲じゃないけれどね」
 デュークは、マリーベルをさっと抱き寄せる。
「って、それ、どっちよ!?」
「さあ?」
 デュークはにやっと意地悪く笑う。けれど、目は優しくマリーベルの姿を映している。
 マリーベルは怒りにかっと顔を赤くして、抱き寄せるデュークの胸をぐいぐい押しやる。
「デュークの馬鹿! 大嫌い!」
 どさくさにまぎれて、この変態ドスケベ当主は何をするのだろうか。マリーベルを抱き寄せるなど、百年早い。
 マリーベルは、デュークに大人しく抱きしめられてやるほど暇ではない。そんな余裕もない。
「はいはい。お嬢さんはうるさいから少し黙っていてね。俺が取り次いでもらうから。俺なら何度も来ているし、使用人も顔を知っている」
「……くっ。じゃ、じゃあ、仕方がないから取り次がせてあげるわよ。だから、とりあえずこの手を放せ!」
 余裕しゃくしゃくにくすくす笑うデュークの胸を、マリーベルはべしべしたたく。おまけに腕もがんがんたたく。
 けれど、マリーベルをしっかり抱きしめるデュークの腕はびくともしない。
 なんだか自信たっぷりなデュークが、腹立たしい。いつもはマリーベルの方が優位なので、よけいに腹立たしい。
「ありがとうございます、お嬢様」
「……嫌味野郎」
 マリーベルは悔しさいっぱいをこめて、デュークをにらみつけるしかできない。
 そして、デュークが馬車から顔を出すと、口を開く前に、門番はさっと扉をあけ中へ招き入れた。
 馬車が門前に停まった時からすでに、誰が訪ねてきたのか把握していたのだろう。
 馬車には、リープ家の紋章が刻まれている。
 そして、デュークが顔を出したので、それは確信となった。
 開けられた門をくぐり、馬車は敷地の奥へ進んでいく。
 車寄せにつき、マリーベルとデュークが馬車から降りると、ちょうど玄関の扉が開いた。
 まるではかったような時機に、マリーベルはデュークの手に手を重ねたまま、思わずそちらへさっと視線をやった。
 すると、開けられた扉から、老年のしゃんとした使用人が姿を現した。
 そして、そこにデュークの姿を見ると、にっこり笑う。
「いらっしゃいませ、リープ侯爵」
 どうやら、デュークの言葉は誇張ではなく、しっかり顔を覚えられる程度にはここを訪ねているらしい。
 マリーベルは、思わずデュークの背に隠れていた。
 何故、こんな行動をとったのかはわからないけれど、やっぱりなんとなく気がひけたからだろう。
 ほぼ勢いのままやって来てしまったけれど、本来ならマリーベルはこのようなところにやって来ていい身分ではない。
 だってここは、デュークも言っていたように、首都でも屈指の貴族の屋敷なのだから。
 デュークの背から恐る恐る様子をうかがうマリーベルに気づき、老年の使用人は一瞬驚いたような顔をした。それから、何事もなかったようにやわらかな笑みを浮かべる。
 それを見て、マリーベルは不思議そうに首をかしげる。
 どうして、驚いたような顔をしたのだろう?
 いや、しかし、よくよく考えると、あのリープ家当主が年頃の娘をつれているのだから、まあ、驚かれても不思議ではないだろう。
 女たらしで女性に困ることはないと言われているが、一人の女性を連れて歩くことはないとも言われているのだから。
 リープ家当主は過去に、女性同伴でこの屋敷を訪れたことはない。


 マリーベルとデュークが玄関広間へ招き入れられると、知らせを受けていたのだろうこの家の主が、にこやかに微笑みながら出迎えにやって来た。
 そして、デュークの背に隠れるようにして、興味深そうに辺りをきょろきょろ見まわすマリーベルに気づき、ふっと口の端をゆるめた。
「マリーベルさん、よく来てくれたね、嬉しいよ」
 主に声をかけられ、マリーベルははっとして、慌ててデュークの背から飛び出して姿勢を正す。
 玄関に入るまではさすがに及び腰気味だったけれど、そこに目的の人がやって来たのだからそのままではいられない。
 柄にもなく、借りてきた猫のように引っ込み思案でおとなしい少女のような振る舞いをしてしまっていた。
 本来のマリーベルは、どんな相手でも強気でがんがん攻めるはず。
「突然申し訳ありません、ファーガソン公爵さま」
 マリーベルは勢いよくぺこりと頭を下げる。
「かまわないよ、君ならいつでも大歓迎だ。――もちろん、デュークくんもね」
 屋敷の主――ファーガソンは、マリーベルにさっと歩み寄り、その手をとり頭をあげさせる。
 そして、ちらりとデュークに視線を送り、いたずらっぽく笑う。
 デュークは微苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
 目配せだけで、デュークとファーガソンは何かしらの意思の疎通をしたのだろう。
「俺はおまけですか」
「ははは、そうすねないすねない」
「まったくもう、ファーガソン卿は」
 茶目っ気たっぷりに笑うファーガソンに、デュークは諦めたようにもう一度肩をすくめた。
 ファーガソンは、マリーベルの手をとったまま奥へと促す。
 その後を、デュークも脱力感たっぷりについていく。
 ファーガソンが握るマリーベルの手が気になるけれど、とっても気になるけれど、デュークはおくびにも出さないように努める。
 けれど、間違いなく、デュークのそんなそわそわした様子に、ファーガソンは気づいている。
 ファーガソンは、おかしそうに、けれど優しげに、デュークにさりげない視線を向けている。
「それで、今日はどういった用件かな?」
 手を引くマリーベルの顔を、ファーガソンがのぞきこむ。
「そ、それが、その……」
 マリーベルは口ごもるようにつぶやくと、ちらっとうかがうようにデュークを見た。
 すると、ファーガソンは何かを納得したように、ははあとうなずいた。
「まあ、いいか。とりあえず、お茶でもどうかな?」
「はい、ありがとうございます」
 このまま追及されても答え方がわからないので、マリーベルはとりあえずそう礼を言って、ファーガソンに従うことにした。
 しばしの猶予ができた分、ある意味助かったのだろう。
 聞きたいことはひとつだけれど、勢いのままやって来てしまったために、それをどのように切り出せばいいのかマリーベルはまだ整理ができていない。


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update:10/04/21