太陽と月の恋歌(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルとデュークが応接に通されるとすぐに、使用人がティーセットを持ってやって来た。
 窓辺のソファーに座るマリーベルたちの前にそれを整え終わると、三人だけを残しあとの使用人たちも含め皆部屋から出て行った。
 先ほどから何かを言いたそうにしていて、けれど言いにくそうにもじもじしているマリーベルに、ファーガソンが配慮したのだろう。
 マリーベルもまた、使用人たちがすべて退室したことを確認すると、幾分か落ち着いたように見える。
 それから、ファーガソンにすすめられるまま、とりあえず一口お茶を口に含んだ。
 ふうと、マリーベルの口から小さな吐息がもれる。
 そして、すっと顔をあげ、まっすぐファーガソンを見る。
「実は、今日はファーガソン公爵さまに確認させていただきたいことがあり、来ました」
「わたしに?」
 ファーガソンは持っていたカップをソーサーに置き、首をかしげる。
 マリーベルは、こくんとうなずく。
「はい。あの、公爵さまは、先日、お嬢様のお話をしてくださいましたが……」
「ああ、あれだね」
 ファーガソンは合点がいったように、ぽんと手を打った。
「お嬢様の話?」
 デュークはすっとマリーベルに上体を寄せ、耳打つ。
 それが聞こえたのだろう、ファーガソンはデュークに視線を向け微笑んだ。
「ああ、デュークくんは知らなかったね。わたしの娘はね、駆け落ちしたのだよ」
「はあ!? そ、そんなとんでもないことを、あっさり……!?」
 デュークは思わず立ち上がり、ファーガソンをまじまじ見つめる。
 たしかに、貴族にとっては、致命的とも言えるそんな醜聞で重大なことを、ファーガソンはやけにあっさりけろりと告げた。
 しかし、ファーガソンは変わらず、やけにのんびり続ける。
「まあ、表向きは病死したことになっているからねえ」
「いや、そういうことじゃなくて、ファーガソン卿、あなたって……」
 デュークは頭をおさえ、倒れこむように再びソファーに腰をおろす。
 そして、一人納得したように、言い聞かせるように、ぶつぶつつぶやく。
「いや、うん、まあ、知ってはいましたけれど、本当に楽しい方ですよね」
「ありがとう」
 ファーガソンはにっこり笑う。
 「別に誉めていないのですけれどね……」と、デュークは続けたそうだけれど、それはぐっと飲み込んだらしい。
 大きなため息が、デュークの口からもれる。
 それから、ふと何かに気づいたように、デュークはさっとマリーベルに視線をやる。
「ああ、そうか。それじゃあ、たしかに俺は邪魔だったかな。な、マリーベル?」
「え? あ、ちょ、ちょっと、何か勘違いをしていない? わたしは別に……っ」
 マリーベルはぎょっと目を見開き、慌てて否定する。
 勘違いとかそういう以前に、デュークは何をどう解釈したのか、マリーベルにはいまいちよくわかっていないのだけれど。
 でも、とりあえず否定をしておいた方がいいだろうと判断した。デュークのことだから、その後に何をつづけるかわからない。
 たしかに、マリーベルは最初、デュークは邪魔だと思った。
 けれど、こうしてともに来てみると、悔しいことに少しだけ頼もしいと思える。
 きっと、デュークがいなければ、マリーベルはここまで円滑にファーガソンに尋ねることはできなかっただろう。
 認めたくないけれど、そこはデュークの力。
「違うのか? マリーベルも身分を気にしているみたいだから、てっきり駆け落ちの仕方を聞きにきたのかと」
 デュークはマリーベルにずいっと上体を寄せ、にやにやとからかうように笑う。
 わざとだ。デュークはわざととぼけている。
 ずれたことをわざと言って、マリーベルの反応を見て楽しんでいる。
「馬鹿! からかわないでよね! そんなのじゃないわよ!」
「じゃあ、何?」
 マリーベルが憤ってみせると、デュークはますます楽しそうに笑う。
「な、何って……」
「マリーベル、俺はリープ家の当主だよな?」
 まっすぐ見つめるデュークの視線からすっと目をそらし、マリーベルは口ごもる。
「何を今さら」
「当主ということは、リープ家においては、俺が絶対なんだよ」
「だ、だから何を……」
 デュークは真剣な眼差しでマリーベルをじっと見つめる。
 ふいに変化したデュークの表情、そして口調、言葉に、マリーベルは戸惑いの色を見せる。
 一体、デュークは何を言いたいのだろう?
 今、デュークが当主だとかそういうことは関係ないような気がするのだけれど?
 ふっとデュークの口元がゆるみ、得意げに引きあがった。
「ということは、俺がマリーベルを望めば誰も反対できない」
 デュークの両腕が、マリーベルの背にさっとまわる。
「そういうことじゃないでしょう!」
 べちんと、マリーベルは背にまわるデュークの腕をたたく。
 むうと頬をふくらませ、マリーベルは憎らしげにデュークをにらみつける。
 先ほどからのデュークの脈絡ない言葉の意図が、マリーベルにはさっぱりわからない。
 ……いや、わかっている。わかっているから、戸惑いうろたえてしまう。
「そういうことだよ。俺はマリーベルが欲しいんだよ」
「な……っ!? ば、馬鹿! 人前でそんなことを……っ」
 デュークの腕の中で、顔を真っ赤にしたマリーベルが、慌ててわたわたもがきだす。
 悔しいことに、どうやらマリーベルの予感は的中してしまったらしい。
 先ほどの訳のわからない言葉は、このための布石だったのだろう。なんてあくどい手口。
 デュークはさっぱり解放する気はないらしく、たたじっとマリーベルを見つめている。
 かと思うと、デュークはまた、意地悪げににっと笑った。
「マリーベル、もういい加減に諦めようよ。まあ、すぐにとは言わないけれど、そうだな、春が来るまでには」
 春が来るまでにはということは、すなわち、マリーベルが北の街へ帰るまでにはということだろう。
 何を諦める……? とは聞かない。マリーベルにも、嫌というほどわかってしまっている。
 それをわかっていて、デュークはあえて、こういうまわりくどい言い方をしているのだろう。悔しすぎる。
 では、デュークはそれまで、マリーベルが諦めるまでずっと、こんな恥ずかしいことをし続けるということだろうか。
 そんなの、マリーベルにはたえられない。恥ずかしすぎて、マリーベルは死んでしまう。
 それだけならいいけれど、ずるずるひきずられて、なしくずされ、ついにはデュークの望む通りになってしまう恐れがある。
 それだけは避けなければならないのに……。
 マリーベルだって、そこまで意志は強くない。
 なんて危険な言葉なのだろう。誘惑なのだろう。
 まるで、花の甘い蜜の香りに惑わされるミツバチの気分。
「もうっ、デュークって、どうしていつもそんなに軽いの!? そういう問題じゃないでしょう!」
 マリーベルは必死に自らを奮い立たせ、デュークを責める。
 そうしないと、マリーベルはもう自分をたもつことができない。
 このまま、甘い誘惑にひきずられてはいけない。
 マリーベルだって、できることなら、意地をはるのをやめ、諦めたい。でも、それができないから、こんなに苦しんでいる。
「じゃあ、どういう問題?」
 デュークはじっとマリーベルを見つめる。
 マリーベルはまた、さっと顔をそらした。
 マリーベルにとっては、デュークは、すべてに恵まれた、まるで太陽のような存在。
 そんな太陽を、マリーベルごときちっぽけな存在が独り占めしていいはずがない。
 太陽から、目がくらむような光を奪ってはいけない。
 デュークは、輝ける太陽。マリーベルは、それを遠くから見つめるちっぽけな存在。たとえることが許されるなら、マリーベルはきっと月。
 どんなに追いかけたって、決して追いつくことができない。
 東からのぼった太陽が西にしずむ頃、月がようやく東へやってくる。
 永遠に、その距離をたもったまま、太陽を追い続けている。
「無理なのよ、身分がこんなに違うんだもの。デュークは、ヴァンパイア・ハンターとはいっても、侯爵位を持つ立派なお家の当主さまよ。たんなるヴァンパイア・ハンターの家系というだけのわたしとは全然違う。つりあわないのよ」
「そんなの関係ないよ」
 顔をそらしたまま目を合わせようとしないマリーベルの頬に手をかけ、デュークはむりやり向き合わせる。
 マリーベルも意地になっているのだろう、どうにかデュークと顔を向き合わせても、その目だけはあわせようとしない。
 けれど、デュークはかまわず、マリーベルを見つめている。
「関係あるわよ。本当は、ずっと嫌いじゃない。だけど、だから、誤魔化すしかないのよ。はじめの頃と同じように振る舞うことでしか、自分の気持ちを誤魔化せないの。でも、そんなにずかずか心の中に入ってこられたら、それももう限界。デュークなんて嫌い」
 デュークは目を見開き、顔を真っ赤にする。
 それから、すべてを理解し納得したように、静かに笑みを浮かべた。
 マリーベルのその言葉、聞き方によっては、なんて情熱的な愛の告白なのだろう。
 マリーベル自身は気づいていないだろうけれど、デュークにはしっかりそう聞こえた。
 だからデュークは、奇跡に驚き、嬉しさに頬を染める。
 こつんと、デュークの額がマリーベルの額に触れる。
 マリーベルは驚き体を震わせ、デュークを凝視する。
 けれど、マリーベルはデュークを振りほどくことも突き飛ばすこともできない。
 デュークと触れ合っているところすべてが、熱を帯びる。
 ファーガソンは、そんな二人を、あてられたように微笑を浮かべ見ている。
 マリーベルではないけれど、人目があるところでよくこのようなことができるものである。しかも、他人の家で。
 二人はもはや、それすら忘れているのだろうけれど。


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update:10/04/28