太陽と月の恋歌(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルたちがいる部屋の扉が三度鳴った。
 マリーベルとデュークはようやく我に返ったようにはっとして、慌てて離れる。
 互いに背を向け、マリーベルはうつむき、デュークは天井を仰ぎ、恥ずかしそうに顔を染めている。
 今さら遅い。二人は誤魔化しようがないほど抱き合っていた。
 ファーガソンはそんな二人を見ておかしそうに小さくくすりと笑うと、扉へ向かい返事をした。
 すると、扉がゆっくり開き、そこから先ほど玄関で対応した老年の使用人に連れられて、ジョナスが申し訳なさそうに入ってきた。
「ジョナス?」
 ジョナスに気づき、デュークはいぶかしげにつぶやく。
 マリーベルもそのつぶやきに反応し、まだ赤く染まっている顔をばっと扉へ振り向かせた。
 デュークは、憎らしいことに、すでにあっさり何事もなかったように平然としている。顔もマリーベルと違って赤くない。
「ご歓談中のところ申し訳ありません。デュークさまに急ぎお伝えしたいことがございます」
 さっと、デュークの顔が険しくゆがむ。
 ファーガソンは、おだやかに微笑み、「おや?」と首をかしげている。
 これまでに何度か見かけたことがあり、ファーガソンもジョナスの顔は知っているので、突然やってきてもたいして気にはしていない。
 むしろ、ジョナスがファーガソンの前に現れる時は、必ずデュークを連れ戻しにやって来る時。
 そういう前例が何例もあるので、ファーガソンもジョナスの闖入には寛容になっている。
 悪いのは放浪癖がある主であって、それを必死に探しまわる使用人ではない。
 できが悪い主を持つと、使用人も大変ということを、この二人は体現している。
 気の毒な使用人だと、ファーガソンはジョナスにちょっと同情の念を寄せてもいるかもしれない。
 しかし、今回はどうやらそういうおちゃめなことではないらしい。
 いつものジョナスは、憤怒の形相でデュークにずかずか歩み寄り、容赦なくその首ねっこをつかみ連れ戻していく。
 けれど、今のジョナスはうろたえた様子がうかがえ、すがるようにデュークを見つめている。
 明らかに、これまでとは様子が違う。
 ジョナスはすっとデュークに歩み寄ると、そっと耳打った。
「デュークさま、もうこれ以上はもちこたえられません」
「……また、か?」
 デュークもさっとジョナスに顔を向け、険しい眼差しで見つめる。
 ジョナスは、一度深くうなずいた。
「はい。それで……」
 そこまで言って、デュークの横で不安げに様子をうかがっているマリーベルをちらりと見る。
 デュークはジョナスの視線に気づき、細い息を吐き出す。
「わかった、すぐに行く」
「ちょ、ちょっと、デューク? 何があったの?」
 マリーベルはデュークの言葉をきき、慌てて問いかける。
 これまでは様子をうかがっていた方がいいだろうと思っていたけれど、いきなりデュークがどこかへ行くと言い出したのだから、マリーベルも問いかけずにはいられない。
 この様子からして、きっと尋常ではない。何かよくないことが起こっているのだろう。
 ジョナスがデュークに耳打ったことはマリーベルには聞こえなかったけれど、きっと悪いことが起こっている、それだけは確信できる。
 ならば、マリーベルも協力をした方がいいだろう。ただし、それは吸血鬼がらみのこと限定だけれど。その他のことには手出しはできない。
 腕をつかみ訴えるように見つめるマリーベルに、デュークは観念したようにもう一度大きく息をはきだした。
「すまない。マリーベルには黙っていたけれど、この一週間ほど、吸血鬼の被害がでているんだ」
 もうこれ以上はマリーベルに隠し通すだけの自信が、デュークにはなくなったのだろう。
 極力マリーベルの耳にだけは入れないようにしていたけれど、ここにきてあっさり白状してしまった。
 事態は、デュークたちの予想よりも急速に拡大してしまった。もう手に負えなくなりつつある。
 どうにかして隠し通そうとしても、これだけ大きくなってしまっては、きっとすぐにマリーベルの耳に入る。
 ならば、その前に告げておいた方がいいだろう。
 デュークが知らないところでマリーベルに暴走されるくらいなら、知っているところで暴走される方がまし。
「黙っていたって、どうして!?」
 マリーベルはデュークの腕を握る手に、ぎゅっと力をこめる。
 非難するように、真意をさぐるように、デュークをじっと見つめる。
 すうっと、強張っていたデュークの口元がゆるんだ。
 そして、逆にマリーベルを非難するように目を細める。
「マリーベルはすぐに暴走するから」
「……うっ、は、反論できないっ」
 たしかに、吸血鬼が出たと聞けば、マリーベルは間違いなく暴走していた。
 図星なだけに、言い返すことができない。
 マリーベルは、悔しそうに唇をかむ。
 けれどすぐに、きっと顔を引き締め、まっすぐデュークを見る。
「それで、状況はどうなの?」
「幸いと言おうか、死者はまだリープ家ハンターにしかでていない」
 誤魔化すように問うマリーベルに、デュークもからかうことは自粛し、ヴァンパイア・ハンターとして答える。
 ここまできてしまったら、いっそマリーベルに協力をあおいだ方が、暴走を多少なりとはとどまらせることができるだろう。
 少なくとも、デュークの知らないところで暴走しない。それだけでも、デュークは救われる。
「ま、まだって……。死人が出ているじゃない!」
 マリーベルはぎょっとし、デュークをにらみつける。
 デュークはあっさり告げているけれど、死者が出ているということは、もはや普段たんたんとこなしている狩りとは違う。
 しかも、その死者がハンターというのだから、尋常ではない。
 それに、デュークはまるでハンターの死に心を痛めていないようにも見える。
 それが、マリーベルには少しひっかかる。
「ああ、だが、一般人にはまだ犠牲者はいない。被害は加えられているが、幸い命に別状がないものばかりだ」
 動揺の色を見せるマリーベルとは違い、デュークはあくまで冷静に答える。
 たしかに、一般人に甚大な被害が出ていないことは、不幸中の幸いだろう。
 ヴァンパイア・ハンターは、常に落命の覚悟はしている。そうでなければ、ハンターなど務まらない。
 なので、ハンターが亡くなったとて落ち着いているデュークも、普通といえば普通だろう。
 たとえ、自分の一族のハンターが犠牲になっていたとしても。それがハンターの定めなのだから、いちいち同情などしていられない。


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update:10/05/05