動き出した(けだもの)(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 ファーガソンの屋敷から出ると、先ほどまで降っていた雪はすっかりやんでいた。
 空は青く晴れ、太陽が首都の街を銀色に輝かせている。
 ジョナスによって用意されていたリープ家の馬車に乗り込み、マリーベルたちはここまでやってきた。
 ファーガソン邸からはさほど離れていない。
 首都の中心に位置する広場。
 この広場は、先日、マリーベルとデュークが雪祭りを見に来た広場になる。
 雪祭りはまだ開催されていて、午前中の今時分から人でにぎわっていた。
 この広場を囲むように八方に広がる道々から、人々が暗い顔をして様子をうかがっている。
 そして、彼らはマリーベルたちが馬車をおりここへやって来きた瞬間、思わず顔をそむけた。
 その光景は、散々だった。
 あれほど誇らしげに会場をうめつくしていた雪像は、すべて無残に崩れ落ちている。
 かたちはとどめず、辛うじてそこに雪像があっただろう雪の山には、真っ赤なものが飛び散っている。
 そして、足元から広がる地面は、赤いものが、それのため解けた雪と混ざり合い、どろどろのぬかるみになっている。
「……なに、この惨状」
「まるで地獄絵図だな」
 マリーベルは耐えられず、さっと顔をそむけた。
 マリーベルの肩を抱き寄せ、デュークが重苦しくつぶやく。
 まさしくその言葉がふさわしい光景が、目の前に広がっている。
 デュークがちらと前方を見ると、見慣れた男が立っていた。
 この白く散った雪に溶け込むように全身を白でかためた男が、まげていた腰をゆっくり起こす。
「カルヴィン!?」
 デュークがそう声をかけると、男――カルヴィンははっとして振り返った。
「デュークさま」
 カルヴィンもデュークに気づき、ゆっくり近づいてくる。
「お前が来ているということは……」
「……はい」
 カルヴィンは、デュークの前までやってくると、うつむき、ふるっと一度首を横に振った。
 それは、果たして、その後に続くデュークの言葉を否定しているのか、それとも肯定しているのか……。
 カルヴィンは普段、リープ家ハンター専門に治療にあたっている。
 ハンターとは危険なことを生業にしているだけあり、生傷が耐えない。
 よって、リープ家ほどの一族になると、医者の一人や二人は抱えている。
 カルヴィンがいるということは、ここでハンターに被害がでたためやってきたということだろう。
 デュークは先ほどカルヴィンが立っていた場所へ視線をやり、そこに転がる死体を見てはっとして顔を苦しげにゆがめた。
 ちょうど首都警察がやって来て、その死体に布をかぶせるところだった。
「バディ、お前もか――」
 デュークは声をつまらせ、それだけをようやくつぶやいた。
 デュークの目の前で、かぶせた布がじわりと赤く染まり広がっていく。
 こんなに悲惨な状態の死体は、さすがのデュークでも見たことがない。
「それで、今回は何人だ?」
 デュークはすっと顔をあげ、悲痛に顔をゆがめるカルヴィンに問いかける。
 すると、カルヴィンはすっと視線をあげ、まっすぐデュークを見た。
「リープ家のハンターが三人、一般人も五人やられました」
「……くそっ」
 カルヴィンの言葉を聞き、デュークは乱暴にはき捨てた。
 デュークの腕の中で、マリーベルは心配そうにデュークを見つめている。
「だけど、どうしていきなりこんなことに……」
「いきなりではないよ。すでにリープ家のハンターの半分ほどは死んでいる」
「……え!?」
 難しい顔でつぶやくマリーベルに、デュークはさらりと答えた。
 瞬間、マリーベルは驚愕に満ちた目でデュークを見つめた。
 悔しそうに唇をかみ、苦しそうにすっと顔をそらす。
 どうして、先ほどジョナスが飛び込んでくるまで、マリーベルはそのことに気づけなかったのだろう。
 恐らく、デュークがはからって、マリーベルには知られないようにしていたのだろうけれど、だからって、これだけ大きな騒動になっているのに、どうしてマリーベルは……。
 マリーベルがもっと早く気づいていれば、あるいはそのうちの幾人かは救えたかもしれない。
 そう、リープ家ハンターの半分を失わずにすんだかもしれない。
 ここまでになるまでに知らせなかったデュークに苛立ちを覚えるけれど、それ以上にハンターにもかかわらず言われずとも気づけなかった自分自身に、マリーベルは例えようのない憤りを覚える。
 のんきにデュークとの身分の差に気をとられ悩んでいた自分自身が憎くてたまらない。
「吸血鬼は、一人だけなの?」
 マリーベルは、どうにか内なる燃える炎を落ち着かせ、静かに問いかける。
 肩を抱くデュークの手を、すっとどける。
「ああ、手口から、間違いなく」
「……そう。たった一人に、ハンターが何人も……」
 デュークも素直にそれを受け入れた。
 マリーベルは考え込むようにうつむく。
 ファーガソンの家を出て、ジョナスの案内でマリーベルたちはここにやって来た。
 やって来た時にはすでに、辺り一帯に血が飛び散り、それで染まっていた。
 ここからは見えないけれど、きっと崩れた雪像の向こう側にも被害にあったという者たちが転がっているのだろう。
 先ほどから、駆けつけてきた警察が処理に追われている。
 そして、すぐ目の前に転がるその死体は、デュークが先ほど名をつぶやいたことから、彼らのよく知る者なのだろう。
 カルヴィンと呼ぶ白ずくめの男は何者なのかマリーベルにはわからないけれど、その会話から、リープ家の関係者であることは間違いないだろう。
 それにしても、一度にハンターを三人も殺害できるなど、一体どれほどのものなのか……。
 しかも、この雪祭りを楽しんでいただろう一般人まで犠牲を出している。
 一体、何が目的なのだろうか?
 その正体がいまだわからずにいるのが、もどかしくて仕方がない。
 ここまでの被害を出してしまっては、もう悠長なことはしていられない。
 今すぐにでも正体を解き明かし、退治しなければならない。
 これはもはや、許される程度のものではない。
 いくら吸血鬼に寛容なマリーベルでも、もはやかばいようがない。犠牲を出しすぎている。
 早急に始末をつけないと、どんどん被害が大きくなってしまうだろう。
 ふと、考え込むマリーベルの耳に、子供のうめくような声が聞こえた。
 はっとして顔をあげると、崩れた雪像の向こうから、雪まみれの少年がよろりと姿を現した。
 恐らく、崩れた雪像の下から、自力ではいでてきたのだろう。
 少年は、マリーベルたちの姿を見ると、安心したようにその場にくずれおちていく。
 同時に、マリーベルは少年に駆け寄る。
「動かないで」
 その声にはじかれるように、この広場の様子を遠巻きに見ていた者たちの視線が、一斉に少年に注がれた。
 デュークとジョナス、カルヴィンもマリーベルをじっと見つめている。
 すっと、デュークが一歩踏み出した。
「お、お姉さんは……?」
 倒れこんだ少年は、そこからマリーベルを見つめ、搾り出すようにつぶやく。
 マリーベルは少年を上から下まで一通り見て、顔をゆがめた。
 首筋にくっきり、二つの牙の後がある。
 雪にまみれているだけで怪我の様子はないと思っていたけれど、こんなとんでもないものが少年の体には残されていた。
 その小さな二つの傷跡は、まぎれもなく吸血鬼に襲われた痕――。
「いいからじっとしていて。これくらいの傷なら大丈夫よ。心配ないわ」
 マリーベルはそう言って、倒れた少年を抱き起こそうと手のばす。
 その手に、さっと大きな手が重なり、やんわり制する。
「デューク」
 はっとして重ねられた手の持ち主を確認すると、マリーベルのすぐ隣にデュークが立っていた。
 デュークはさっと跪き、少年を支え起こす。
 マリーベルは強張っていた頬をわずかにゆるめ、どこか安心したようにデュークを見つめる。
 そして、再び少年に向き合い、コートの中から小瓶を取り出してきた。
 その小瓶には、ダグラス家に伝わる聖水が入っている。
 蓋をあけ、そのまま少年の首の傷にそれをさっとかけた。
「これで大丈夫よ、傷口は清めたから」
 そう言って、マリーベルは微笑んで見せる。
 少年は、不安げにマリーベルを見つめる。
「あ、あの……。お姉さんたちは、一体……?」
「ヴァンパイア・ハンターよ」
 マリーベルはにっと得意げに笑ってみせ、きっぱり答えた。
 瞬間、まわりで様子をうかがっていた者たちから、一斉に歓声が上がった。
 先ほどから遠巻きに様子を眺めつつ、その凄惨な現場にとどまり続けているこの数人の男女を怪訝に思っていたのだろう。
 けれど、それがヴァンパイア・ハンターだとわかり、皆安堵したのだろう。
 遠巻きに見ていた大人たちが、わらわら集まってくる。
 やって来た大人たちに少年をまかせ、マリーベルとデュークはまた血だまりのもとへ戻っていく。
 大人たちに支えられた少年が、マリーベルに向かって「ありがとう」と叫んでいる。


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update:10/05/19