動き出した(けだもの)(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 一通りの検証を終えたのだろう、警察が死体を死体袋に入れ運び出しはじめた。
 その横で、マリーベルは地面に広がる血をにらみつけつぶやいた。
「ぷんぷん吸血鬼の気を感じるわ」
「ああ」
 デュークも深くうなずき同意する。
 飛び散り広がる血の痕からは、たしかに吸血鬼の気がぷんぷん漂っている。
 それは、ここにやって来た時から感じていたので、これが吸血鬼の仕業であるとすぐにわかった。
 同時に、一連のハンター殺害に関与していることも。
「今回のこの騒動、なんだか腑に落ちないわね」
 気づけなかったことに後悔をしても、今はそれにひきずられている場合ではない。
 そのような暇があれば、この残虐な事件を起こした吸血鬼を見つけ出し、退治しなければならない。
 それが、マリーベルにできるせいいっぱいのこと。
「ああ、まるで俺たちを試している――おびき寄せているように感じる」
「どういうこと?」
 マリーベルは、怪訝にデュークを見る。
 するとデュークは、難しい顔でマリーベルをまっすぐ見た。
 もうマリーベルに隠し事はせず、何もかも話すつもりなのだろう。
 こうなってしまっては、隠しても意味はないし、マリーベルの協力も必要になってくるだろう。
 デュークはマリーベルを暴走させないように黙っていたはずなのに、結局マリーベルも巻き込んでしまっている。
「はじめは目撃情報だけだったんだ。そうしたら、それを調べさせていたハンターが次第に襲われるようになって……。そして、ついにはこんな結果になってしまった」
 デュークは苦しげに顔をゆがめる。
 デュークとて、こんな結果は本望ではない。
 被害を最小限にとどめ、早急に解決したいと思っていた。
 しかし、よほどの切れ者なのだろう、まったく相手にたどり着けず、こんなことになってしまっている。
 これは、明らかにリープ家、そしてそこの当主の失態。
 もう少しうまく事を運べていれば、あるいはこのようなことにはならなかったかもしれない。
 今回は、これまでと勝手が違っていた。
 通常は、目撃情報などはなく、最初の被害がでてはじめて吸血鬼の出現を知る。
 しかし、今回は、まるで挑発しているように段階を踏んでいる。
 そのため、事態把握に手惑ってしまった。
 また、吸血鬼の目撃情報が出た同じ頃から、マリーベルへの不気味な視線も感じている。
 これは一体、何を暗示しているのか?
 この件に関係があるのだろうか?
 嫌な予感がする。同時に、そうではあってほしくないと願う。
 しかし、恐らく、そうなのだろう。
「不自然ね」
 マリーベルもそのことに気づいたのか、苦々しげにつぶやいた。
 その時だった。
「それは、マリーベルが狙われているからよ」
 崩れた雪山の向こうから、一人の女性がまっすぐにマリーベルを見つめ歩いてくる。
 顔は強張り、まるでマリーベルをにらんでいるようにも見える。
「え? プリシラ!? どういうこと――」
「そこで、この騒動を聞いてきたのよ」
 プリシラは、マリーベルの言葉をさえぎるように、その疑問の答えではないことをぴしゃりと言った。
「そう……」
 マリーベルは何かを言いたそうに口を動かしたけれど、結局そうつぶやくだけにとどまった。
 マリーベルの言葉をさえぎってまで、プリシラは何かを誤魔化そうとしていることがわかるので、きっとそれ以上は追及してはいけないのだろうと判断した。
 けれど、プリシラの言葉は聞き捨ててはいけないことも確か。
 マリーベルが狙われているとは、どういうことだろうか?
 いや、追及してはいけないとか聞き捨ててはならないとかは、あくまでマリーベルが自分自身に言い聞かせている言い訳にすぎないだろう。
 聞かなくても、マリーベルはなんとなく気づいてしまった。
 きっと、それを認めたくなくてあえて言葉にしなかった。
 言葉にしてしまったら、嫌でも認めなくてはならなくなる。その現実を。
 ――プリシラはあの後、とめるハロルドを置いてやってきた。
 ともに人間であるハロルドを連れて来ては危険だと判断し追い返した。
 街が騒がしいことに気づいたのが、あの不気味な男が去ったすぐ後だっただけに、プリシラは嫌な予感がしてその騒ぎの中心にやって来た。
 すると、案の定、そこにマリーベルがいて、ひどく動揺し、同時に確信した。
 この騒動は、マリーベルに関係がある。
「それにしても、随分ひどいことになっているわね」
 辺りの雪に染みる赤いものを汚らわしそうに見まわしながら、プリシラはため息まじりにつぶやいた。
 マリーベルの顔が悔しそうに悲痛にゆがむ。
 ここまでになるまで気づかなかった。
 気づいていれば、こんな被害を出さずにすんだかもしれないと思うと、悔しくてたまらない。
 マリーベルは自らの不甲斐なさが憎くてたまらない。
 きっと、デュークもマリーベルと同じ思いだろう。
 これまで被害が小さかったこともあり、マリーベルが暴走しないようにと伏せていたために、こんな結果になってしまった。
 自身の読みの甘さに辟易しているだろう。
「マリーベル、あなた、一体何をしたの?」
「プリシラ?」
 プリシラはついっとマリーベルに詰め寄り、その両手をぎゅっとにぎる。
 マリーベルは戸惑いがちにプリシラを見つめる。
 ぎりっと、プリシラが奥歯をかみ、悩ましげに吐き出した。
「あんな大物のヴァンパイアに狙われているなんて……っ」
「ちょっ、プリシラ? どういうこと!?」
 マリーベルも、今度ばかりは聞き捨てておけなかった。
 プリシラの言葉をそのまま受け入れるとするならば、つまりは、マリーベルは大物のヴァンパイアに狙われているということになる。敵にまわしているということになる。
 そして、この騒動もマリーベルを狙ってのこと……?
 いや、そこまで結びつけるにはまだ早計かもしれないけれど、しかし、この状況、そしてその言葉からすると、ほぼ間違いないだろう。
 マリーベルの顔からさっと血の気が引いていく。
 まさか、マリーベルが原因で、こんな惨状になっているなどとは。
 それにしても、マリーベルにはまったく身に覚えがない。
 あるといえばたしかにあるけれど、それならば、直接マリーベルの命を狙ってくるだろう。こんなにたくさんの犠牲を出す意図がわからない。
 驚きうろたえるマリーベルの手をさらにぎゅっと握り締め、プリシラは鋭い眼差しで見つめる。
「接触があったのよ。わたしがマリーベルと親しくしているのをどこかで見ていたのでしょうね。マリーベルを罠にかけるために協力しろと、ハロルドを使って脅してきたわ」
「な……!?」
 マリーベルの膝ががくりとおれ、くずおれそうになる。
 それはすなわち、この騒動との関連性はあえておいておいたとしても、ハロルドがマリーベルのために危険にさらされたということにはなる。
 そこまでマリーベルは吸血鬼に憎まれてしまっているのだろうか?
 人間と恋した吸血鬼の心を救ったことが、マルセルを結果的に殺してしまったことが、こんなにも吸血鬼に憎悪されることになってしまったなんて……。
 マリーベルがここまで執拗に憎まれるなど、それしか考えられない。
 ハンターであるために憎まれているのなら、それはマリーベルに限らずすべてのハンターにあてはまる。
 それこそ、マリーベル一人が狙われることはないだろう。
 ハンターならば、少なからず吸血鬼と対峙し、時にはその命を奪うこともある。
 今回リープ家のハンター半数が犠牲になっていることから、狙いはハンターすべてということも考えられる?
 ――わからない。わかってきたかと思えばまたわからなくなる。どんどんこの一連のハンター殺しの目的がわからなくなる。


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update:10/05/26