動き出した(けだもの)(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 明らかにうろたえよろけたマリーベルを、プリシラが助け支える。
「ハロルドも言ってくれたし、もちろんわたしは断ったわ。けれど、でも……っ」
「他にも接触されている吸血鬼はいるだろうと?」
 マリーベルは動揺を色濃く見せながらも、どうにか平静を装い、プリシラに確認する。
 プリシラは険しい顔でマリーベルを見つめ、こくんとうなずいた。
「ええ、きっと……。この首都には、隠れているだけで他にも吸血鬼は何人もいるわ。――わたし、気をつけるように言ったわよね。マリーベルは吸血鬼によく思われていないって。間違いなく、協力する吸血鬼がでてくるわよ」
 マリーベルはきゅっと唇をかみ、ふるっと一度小さく首をふった。
 そして、支えるプリシラの腕を、やんわり解いていく。
 苦しげに、血で汚れた白い雪をにらみつける。
「来るべき時が来たということか……」
「マリーベル?」
 怪訝に見つめるプリシラへ振り返り、マリーベルは諦めたように苦く笑った。
「覚悟はしていたのよ、いつかはこうなるのじゃないかって」
「ちょ……っ、それじゃあ、あなた、わかっていて……!?」
 プリシラは目を見開き、またマリーベルに詰め寄ろうと腕をのばす。
 けれど、その手をさっとよけ、マリーベルは苦痛に満ちた微笑を浮かべプリシラを見つめる。
「プリシラ、実は、今回がはじめてじゃないのよ。以前にも、あの吸血鬼――マルセルのことを理由に、命を狙われたことがあるの」
 マリーベルは悟ったように語る。
「嘘!?」
「本当よ。だから、プリシラ、あなたもこれ以上わたしにかかわらない方がいいわ。あなたは、誘いを断ってくれたと言ったわね。では、今度は、それを理由にあなたとハロルドも危なくなるわ。しばらくは身を隠していた方がいいわ」
 悲しげな優しい微笑を浮かべ、マリーベルは諭すようにプリシラを見る。
 プリシラは不安げにマリーベルを見つめる。
「それじゃあ、マリーベルは?」
 マリーベルはふっと自嘲気味に笑った。
「わたしはもちろん、その大物ヴァンパイアとやらと戦うわ」
 それが、こんな騒動を引き起こす原因を作ってしまったマリーベルに課された義務。
 覚悟はしていた。いつかはこうなると。
 そして、こうなってしまった以上、マリーベルが責任を持って片をつけなければならない。
 マリーベルさえあのようなことをしなければ、このようにたくさんの命を奪われることはなかったと悔やみそうになる。
 けれど、あの時の判断は間違っていなかったと信じたい。
 それよりも今は、これ以上被害を拡大しないことに努めなければならない。
 後悔していたってはじまらない。今すべきことは、この騒動に終止符をうつこと。
 すべてはマリーベルの責任。マリーベルが命を賭けても片づけなければならない。
「マリーベル!? き、危険よ、あの男はそんなに簡単には倒せないわ! 普通じゃないのよ!?」
 プリシラは血相を変えてマリーベルに迫る。
 マリーベルの顔が、難しくゆがんだ。
「……男? 男の吸血鬼なのね。他に特徴はある? それだけ教えて」
 マリーベルは、プリシラをにらむように見つめる。
 プリシラは一瞬怪訝に顔をゆがめたけれど、すぐにマリーベルの意図するものを理解したのか考え込む。
「取り立てては……。ただ、いい香りがしたわ。お茶のいい香り」
「お茶のいい香り……?」
 マリーベルの顔色が、何かに気づいたようにさらに険しく変わった。
「うん、とっても甘いお茶の香り」
 プリシラが戸惑いがちに答えると、マリーベルはさっとデュークへ視線を向けた。
「……デューク」
 するとデュークは、力強くうなずいた。
 それだけで、デュークにもマリーベルが意図することがわかったらしい。
 なんてわかりやすい暗号なのだろう。
「ああ、恐らく、あいつが戻ってきたのだろう。思いのほか早かったようだな」
「ええ、あの男、まだ懲りていなかったのね」
 マリーベルはいまいましげに唇をかみしめる。
 やはり、マリーベルとデュークの考えは同じだった。
 ようやく合点がいった。
 ならば、間違いなく狙いはマリーベル。そして、この一連の騒動は――。
「マリーベル? 知っているの?」
 言葉にせずとも理解し合ったマリーベルとデュークの様子を、プリシラは不安げにうかがう。
 プリシラには、二人が何を言っているのかわからない。けれど、その口ぶりから、二人にはもう犯人がわかってしまったのだろう。あの恐ろしい吸血鬼にも心当たりがあるのだろう。
 マリーベルはさっとプリシラに向き直り、どことなく得意げに、けれど自嘲気味に小さく笑う。
「ええ、前にもわたしの命を狙った吸血鬼だから」
 プリシラの顔から、さっと血の気が引いた。
 マリーベルのその言い方は、まるで命を投げ出す覚悟をしているようにプリシラの耳には聞こえた。
 恐らく、マリーベルにはこの先のことが読めてしまっているのだろう。そして、読めた先の覚悟もしている。
 マリーベルの決意はゆるぎなく、深いところにあるのだろう。
 プリシラはすがるようにマリーベルを見つめることしかできない。すがるようにその無事を祈り、無謀なことはしないよう願うことしかできない。
 とめようとマリーベルへのばしたプリシラの手が、行き場をなくしたようにだらんとたれる。
 マリーベルはくるりと体を翻しプリシラに背を向けると、そのまま歩き出した。
「マリーベル、待て。危険だ!」
 デュークもマリーベルの覚悟を察したのだろう、慌てて叫ぶ。
 すると、マリーベルは勢いよく振り返り、デュークをにらみつけるように見つめた。
 デュークを見つめるその目は、まるで助けを求め悲鳴をあげているように見える。
 マリーベルとて、恐らく、それは本意ではないのだろう。……本意であるはずがない。
 いつものマリーベルは、吸血鬼だからといって無闇に狩ったりしない、その命を奪うことにためらいを覚えているくらいなのだから。
「かまわないわ! あいつはきっとあそこでわたしを待っているわ!」
 マリーベルはそう叫ぶと、そのままだっと駆け出した。
「馬鹿! お前、聖水はもう……っ」
 同時に、デュークも慌てて後を追う。
 今回はもしかすると、マリーベルは本気で狩るつもりかもしれない。
 それほどマリーベルを怒らせることを、あの吸血鬼はした。
 無関係の人々の命を奪った。ただマリーベルを殺したいという目的のためだけに。
 そこまでされては、マリーベルも黙っていられない。これ以上の被害を出さないためにも許してはいけない。
 今なら、ためらいなく狩れる。
 デュークの言うとおり、聖水は、辛うじてあと一回分を残すのみ。
 これをかつてのようにあらかじめ飲んでおくという手もある。
 けれど、同じ可能性をとるならば、マリーベル一人のためでなく、思わぬ事態に対応できるように飲まずに残しておく。
 あらゆる可能性を考えると、それがきっといちばんいい。
 マリーベルは自分がとった行動の責任を果たすためにも、一人だけ安全策を講じておくつもりはない。
 すでに巻き込んでしまっているのだから、自らの命を賭しても、せめてデュークたち協力者のために貴重な一回分は使いたい。
「待って、マリーベル。わたしも行くわ!」
 マリーベルとデュークが駆け出したのを見て、プリシラも慌てて後を追いかける。
「駄目よ、プリシラまで危険な目に遭うわよ!」
 すぐに追いついたプリシラの進路を邪魔するように、マリーベルはさっと手を振る。
 けれど、プリシラは非難するようにマリーベルをにらみつける。
「かまわないわ! 友達を見捨てるなんてできない!」
「プリシラ……っ」
 ちらと横目でプリシラを見て、マリーベルは苦しげに顔をゆがめた。
 それから、目元をぐいっと一度ぬぐい、前方をにらみつけるように走り続ける。
 一見あてもなく走っているようだけれど、恐らく、マリーベルは確信を持って駆けているのだろう。
 マリーベルは無茶はするけれど、あてもなく走るという馬鹿はしない。無謀なこともしない。
 雪に覆われた首都の街を、マリーベルたちは全速力で駆けて行く。
 遅れをとったジョナスとカルヴィンは、不安げにその後ろ姿を見送っている。
 どちらにしても、二人はハンターではないので、ともに行くだけ足手まといになることを理解している。


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update:10/06/02