動き出した(けだもの)(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

 人ごみを掻き分け、広場を出てすぐだった。
 建物の陰からふいに現れた人影に、とまりきれずぶつかりそうになった。
 マリーベルは慌てて体をひねり、どうにかそれを回避した。
 けれど、均衡をくずした体がぐらりとよろけその場に倒れそうになる。
 ともに駆けていたデュークが、さっとマリーベルの腕を引き抱き寄せ支える。
「ファーガソン公爵さま!」
 突如現れた人影に向かい、マリーベルは叫んだ。同時に、支えるデュークの胸をどんと押し引き離す。
 瞬間、デュークは面白くなさそうにむっと眉間にしわを寄せた。マリーベルに袖にされ、すねたのだろう。
 マリーベルの目の前には、驚きに目を見開くファーガソンが立っている。
「随分大きな騒動になっているようだから、気になって様子を見に来てみたのだが、これは一体……?」
 広場を眺めながら、ファーガソンは眉根を寄せる。
 その惨状から、ひと目見ただけで何があったのか、ファーガソンはすぐに理解したのだろう。
 マリーベルの体が、びくんとはねた。
 デュークが、それを誤魔化すようにさっとマリーベルを抱きしめた。
 今度は乱暴に押しのけるのではなく、マリーベルはやんわりデュークを引き離していく。
 そして、体勢を整えると、マリーベルはファーガソンの問いに答えることなく、ぺこりと一度頭をさげた。
「ごめんなさい、急いでいるから、わたしはこれで――」
「ちょっと待ちなさい」
 まるで逃げるように駆け出そうとしたマリーベルの腕を、ファーガソンは険しい顔でつかんだ。
 マリーベルはばつが悪そうに、ファーガソンからさっと目をそらす。
 ファーガソンにつかまれた腕が、かすかに震えている。
「一体、何が起こっているんだい? まさか、危険なことでは……」
 ファーガソンは、疑わしげに責めるようにマリーベルを見つめる。
 マリーベルはつかまれた腕を必死にぶんぶんふり、ファーガソンの手を振り払おうとする。
 けれどすぐに無理だと諦めた。
 そして、意を決したように射抜くようにファーガソンを見つめる。
「詳しい説明は出来ないけれど、公爵さまもしばらくはわたしにはかかわらないでください。危険です」
 ファーガソンは、一瞬うろたえたように顔をゆがめる。
 まさか、マリーベルからそのような言葉が飛び出すとは思っていなかったのだろう。
 そのすきをつき、マリーベルはもう一度腕を大きくふり、ファーガソンの手を振り払おうとする。けれど、また失敗に終わった。
 ファーガソンの手はがっちり腕をつかんだまま、なおも執拗にマリーベルを引きとめようとしている。
「ならば、なおさらだ、この手ははなせない。どういうことか説明しなさい」
 しかりつけるように、ファーガソンはマリーベルを見つめる。
「こ、公爵さま……っ」
 少しのうろたえを見せるマリーベルに、ファーガソンは迫る。
 マリーベルの目には、不都合があるだけに、そのつもりはないのだろうけれど、ファーガソンは尋問しているように見える。
 そう、きっと、ファーガソンにはそのつもりはない。ただ純粋に、マリーベルの身を案じているだけだろう。
 それがわかるから、マリーベルは余計に口を割るわけにはいかない。
 業を煮やしたように、ファーガソンはさらにマリーベルに詰め寄る。
「マリーベルさん、どういうことだね?」
「無理、言えません!」
 弾かれたように言い放つと、マリーベルは乱暴にファーガソンを突き飛ばした。
「乱暴をしてごめんなさい。でも、今はまだ言えないの!」
 そして、苦渋に満ちた顔をさっとそらし叫ぶと、そのまま駆け出した。
 その後を、プリシラも追いかけていく。
 デュークはファーガソンに軽く一礼すると、二人の後を追うため足を踏み出した。
「デュークくん!」
 しかし、今度はデュークがファーガソンにつかまってしまった。
 腕をがっちり握られる。
 デュークはファーガソンに気づかれないように、かるく舌打ちした。
 デュークは、その立場上、マリーベルと同じように、ファーガソンの腕を振り払うことはできない。
 渋々足をとめ、ファーガソンに向き直る。
「ファーガソン卿、すみません、急いでいるので手を放してください」
 ファーガソンはデュークのその言葉をあえて聞き流し、ずいっと詰め寄った。
 デュークはあからさまに面倒くさそうに顔をゆがめる。
 たとえ礼に欠けるとしても、これくらいはっきり表に出さないことには、ファーガソンも諦めてはくれないと判断した。
 けれど、ファーガソンは諦める様子なく、さらにデュークに迫る。
「どういうことだね、マリーベルさん、あの娘が危険とは」
 今にも食い殺さんばかりに鬼気迫った様子で、ファーガソンはデュークをにらむように見つめる。
 いつもはおだやかな老紳士のいつにない険しい様子に、デュークはかるく違和感のようなものを覚えた。
 怪訝にファーガソンを見つめる。
 そして、すぐにぷいっと顔をそむけた。
 ファーガソンは一度深呼吸するとデュークの腕をはなし、得心したように妙に落ち着いて言い放った。
「わたしも行こう」
 デュークは驚愕に目を見開き、ファーガソンを凝視する。
 けれど、まっすぐ駆けるマリーベルの後ろ姿を見つめるファーガソンを見て、デュークは諦めたようにぷるっと首を一度振った。
 それから、マリーベルへ向かって駆け出したファーガソンに遅れて、デュークも駆け出した。
 まるで大切なものを守るように追いかけるファーガソンの後ろ姿を、デュークは苦しげに見ている。
 ファーガソンほどの年になると、こうして駆けることからして重労働だろうに、必死にマリーベルの後を追っている。
 それが、どうにも腑に落ちない。
 どうして、ファーガソンは、マリーベルに対してそこまで一生懸命になるのだろう?


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update:10/06/09