狂乱の宴(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 乱れる息を整えながら、目の前にそびえる門扉を見上げるマリーベルがいる。
 その両脇をかためるように、デュークとプリシラ。
 一歩ひいたところに、ファーガソンが立っている。
 大貴族の老紳士ともなればそうとう体に負担がくるだろうと思ったが、あれだけ駆けたというのに、ファーガソンは不思議とあまり息が乱れていない。
 どちらかというと、マリーベルの方が息の乱れがはげしい。
 半分は吸血鬼だけあり、プリシラの息の乱れはなく、デュークもかるく深呼吸をすると息が整った。
 マリーベルがにらみつけるように見るその門扉は、首都の中心部に位置する屋敷のもの。
 かつては薔薇屋敷と呼ばれていた。
 今は有刺鉄線がめぐらされ、立ち入れないようになっている。
 この屋敷は、主を失い随分たつのだろう。積もった雪の下から、門扉に悲しくからみつく枯れた薔薇が顔をのぞかせている。
 この屋敷は、いつ頃からか、首都の者たちは気味悪がって近寄ろうとしない。
 昼前の街がにぎわう時分の今でも、辺りに人の気配がない。この一帯だけ閑散としている。
 まるで誰かがそう仕向けているかのように、忘れ去られた屋敷となっている。
 そろそろ太陽も真上にさしかかろうとしていると、気温もいくらか上がってきた。
 今朝まで雪が降っていたはずなのに、今は冬にしては日差しが幾分強い。
 太陽を見上げることがままならない。
 上がった気温のため解けはじめた雪が、ぽたりぽたりと地面に落ちていく。
 雪解けの水滴が落ちたそこには、小さな穴が開いている。
 それが、辺りに散らばり、何かの呪符のように屋敷をかこんでいる。
 マリーベルは門扉にそっと手を触れ、ごくりと息をのんだ。
 それから、頑丈に鉄線がまかれた門扉をもう一度見上げる。
 その時だった。
 直視を避けていた太陽が、ふと目のはしにとまった。
 まぶしさにさっと目をそむけたけれど、何かに気づいたようにもう一度ちらっと太陽を見る。
 瞬間、マリーベルはぎょっと目を見開いた。
 ここまで駆けてくることに気をとられていて、この空の変化には気づいていなかった。
 まだ夕方でもないのに、何故か辺りは薄暗くなっている。
 午前中のこの時間にこんなに暗くなるということは、これから雪でも降るのだろうか?
 そのわりには、空にはひとつも雲がない。
 マリーベルはまぶしさに目を細めつつも太陽を凝視する。
 そのマリーベルの様子に気づき、デュークたちも不思議そうに空を見上げた。
 すると、デュークたちもまた驚きに目を見開いた。
「太陽が欠けていく。――不吉だわ」
 息をのみ、マリーベルがぽつりつぶやいた。
 同時に、辺りがすうっと暗くなり、やがてまるで闇に支配されたように真っ暗になった。
 空から、太陽が奪われた。
 デュークは、とっさにマリーベルを抱き寄せ、その胸に抱く。
 この暗闇にまぎれて、マリーベルがとこかへ行ってしまわないように。失わないように。
 何故か、闇はマリーベルを好む。
 ――マリーベルはまるで、闇夜に不思議にふと現れた月のよう。
 月の光はさまよう旅人を導く道しるべ。
 ひとつ星よりも、北の空に輝く七つの星よりも、心落ち着かせる希望の光。
 星ひとつない闇夜の空に、ぽっかり現れた月のよう。
 暗闇にともった小さな光。
 そんなあわい光にひかれる、すべてを魅了する太陽。
 それは、まるでデュークのよう。
 闇夜の月に焦がれる太陽。
 太陽が失われた空を見上げながら、マリーベルはぶるっと体を震わせる。
 なんだか、気持ち、体に寒気を感じた。
 このような時に空から太陽がなくなるなど、これは何の凶兆だろうか。
 心と生気を奪われたように空を眺めていると、黄金に輝く金の輪が現れた。
 かと思うと、それはじわじわ形をかえ、輪の一部分だけぷくりと盛り上がった。
 そうしてそれは、次第に大きくなり、再び太陽が顔を出した。
 この短時間の内に一体何があったのだろう、太陽はどうしてしまったのだろうと、いまだぼんやりしていると、太陽はすっかり元の姿を取り戻していた。
 青い空にまんまるの太陽が浮かんでいる。
 まぶしさに、きゅっと目を閉じる。
 その時だった。
 ぎいっと錆びた音がしたかと思うと、枯れた薔薇がからまる門扉がゆっくり開いていく。
 地面には、いつの間にか、ちぎれた鉄線が力なく落ちている。
 開けられた門扉の中から、人影が現れた。
「やあ、久しぶりだね、マリーベル。待っていたよ」
 デュークに抱かれたままのマリーベルへ向かい、現れた人影が満面の笑みを浮かべる。
 マリーベルの顔が、苦々しくゆがんだ。
 驚きの色はない。
 デュークの胸をかるく押し、マリーベルはその腕の中から出て行く。
「やっぱりあなただったのね、……ダーク」
 そして、現れた人影をしっかり見据え、低く重い声でつぶやいた。
 人影――ダークの顔が、いびつにゆがむ。
 現れた人影は、あのダークだった。
 まだ冬に入る前、秋の終わりの頃、マリーベルたちに敗れてこの首都を去ったはずの吸血鬼。
 そして、この見捨てられた枯れた薔薇の屋敷は、かつてダークが住んでいた屋敷。
 喜ぶべきなのだろうか、マリーベルの予想は的中してしまった。
 ここにダークがいて、そしてマリーベルを待っていたということは……。
 ダークの姿を認めた瞬間、プリシラの顔から色が失われていた。
 その反応から、やはり、プリシラが言う高位の吸血鬼とは、ダークで間違いないだろう。
「なかなか気づいてくれないから、そろそろ待ちくたびれるところだったよ」
 ダークはおかしそうにくすくす笑いながら、にやりと口のはしをあげた。ちらりと二本の牙が赤い口からのぞく。
 ねっとりとした嫌な視線を、マリーベルに流すように向ける。
 その言葉から、マリーベルの予想は、ダークによって肯定されたことは間違いないだろう。
 マリーベルは震える拳を握り締める。
「あなた、まだ懲りていなかったのね」
「懲りる? どうして?」
 必死に怒りを抑えはきだすマリーベルに、ダークはきょとんと首をかしげた。
 けれど、その目は挑発するようにマリーベルを見ている。
 マリーベルは今にも爆発しそうな怒りにたえ、皮肉るように微笑した。
「そう、そうね。そういえば、あなたはそんな人だったわね。それで、今回は何を企んでいるの?」
「企む? 人聞きが悪いね」
 ダークはにやっと笑い、とぼけたようにくすりと声をもらした。
 ぴくりと、マリーベルの眉が動く。ダークをにらみつける眼光が、わずかに鋭くなる。
 捕えるようにゆらぎなく、マリーベルはダークをにらみつける。
 そのゆるぎない眼光に、ダークは諦めたように渋々肩をすくめた。
 そして、面倒くさそうにはき捨てる。
「復讐だよ」


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update:10/06/16