狂乱の宴(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「やっぱり……。では、わたしの命が目的なのね」
 予想していた、望んでいたともいえる答えを得て、マリーベルは得心したように怒りと苦しみに顔をゆがめた。
 マリーベルは、その言葉を予想していた。
 ダークが首都にわざわざ戻ってきてしようとしていることなど、それくらいしかない。
 あの時、憎しみをかう程度に、マリーベルはダークの誇りをずたずたに壊した。
 なので、いつか復讐にやってくることも予想できていた。
 ただ予想外だったのは、その目的のために、関係のない人々の命を奪ったこと。
 それが、マリーベルに果てしない罪悪感を植えつける。
 マリーベルが自らの意志を貫いたがために、落とさなくてもいい命がいくつも落ちてしまった。
 マリーベルさえ、あの時、マルセルを見捨てていれば……。
 いや、やはり、それもできない。
 結局、すべてを守りたいと願うのは傲慢にすぎないのだろう。
 いちばん大切なものを守るためには、そのほかのものは切り捨てる、そういうことだろう。
 マリーベルは、人々に串刺しにされ殺されても仕方がないほどの罪を、背負ってしまったのだろうか?
 人間で、しかもハンターであるのに、吸血鬼に味方してしまった報いが今きているのだろうか?
「そうだね。僕にあれだけ恥をかかせてくれたんだ。殺したいほどに愛しているよ、マリーベル」
 ダークは艶かしい微笑をうかべ、うっとりとマリーベルを見つめる。
 赤く光る目の奥に、煮えたぎる炎が見える。
 ダークの背の向こうの西の空が、真っ赤に燃えている。
 それはまるで、業火のように、……いや、残虐な吸血鬼に散らされた鮮血のように。
 赤い空よりもっと赤く、その吸血鬼の目が妖しく光る。
 マリーベルはふるっと首を一度ふり、苦しげにダークを見つめる。
「一体、何度こんなことを繰り返せば気が済むのよ。わたしが憎いなら、関係のない人たちを巻き込まずに、直接わたしだけに手を下せばいいじゃない」
「それでは面白くないじゃないか」
 ダークは不満そうに口をとがらせる。
 きゅっと雪を踏み鳴らし、一歩マリーベルに歩み寄る。
「面白くない? そんな理由で!? そんな理由だけで、こんな手のこんだことを、こんなむごいことを……!?」
 マリーベルの顔がかっと怒りに紅潮する。
 ダークは鼻で笑うように口のはしをあげた。
「君たちはまったく気づいていないようだけれどね。……くす。どうやら、今回は僕の方が上手だったようだね」
 そして、楽しげにくすくす笑い出す。
 ダークは、マリーベルの背で不安げに様子をうかがっているプリシラを、すっと指差した。
 同時に、プリシラの体が大きく震えた。
「そうそう、一週間前、その半人前の吸血鬼を襲わせたのも僕だよ」
 ダークは今度は、けらけら馬鹿にするように笑い出す。
 プリシラは目を見開き、複雑そうにダークを見つめている。
 ダークの言葉をそのまま解釈すれば、マリーベルとプリシラが出会ったあの事件も、ダークが仕組んだということになるだろう。
 あの時、デュークも感じた気持ち悪い視線が、ダークのものだったのだろう。
 では、最初から、マリーベルとプリシラの出会いさえも、ダークによって仕組まれたことになるのだろうか。
 すべては、マリーベルに復讐するために。マリーベルのためだけに、プリシラを追い詰め、ハロルドの命を危険にさらした。
 マリーベルたった一人のためだけに、多くの命が奪われた。
「……そう」
 マリーベルはすっと視線をそらし、苦しげに顔をゆがめる。
 握った拳がぶるぶる震えている。
 先ほど赤かった空も、今はもう青色を取り戻している。
 マリーベルの存在薄い反応に、ダークは面白くなさそうに舌打ちする。
「驚かないね。では、今回も……」
「ええ、そうね。わたしは気づいていなかったけれど、デュークは気づいていたようよ」
 自嘲するように口のはしをあげ、マリーベルはゆっくり顔をあげる。
 まっすぐに、にらみつけるようにダークを見る。
 ダークの顔が、いまいましげにゆがむ。
「まったく、憎らしいね。だから嫌いなんだ、リープ家当主は。殺してやりたいほどに憎らしい」
 さっとデュークへ体をむけ、ダークは赤い獣の目でにらみつける。
 先ほどまでとは違い、ダークがまとう気配が一気に険しくなった。
 そうしてしばらくデュークをにらみつけ、ダークは再びさっとマリーベルに向き直る。
 すうと、ダークの手がマリーベルへのびていく。
 太陽が消える日。
 その日は、満月の日よりもさらに、怪物たちに力がみなぎる。
 ダークにとって、望みを叶え、そしてすべてを締めくくるにはこれほど適した日はない。
 こんな好日、何十年、何百年に一度、訪れるとも知れない。
 なんと幸運なのだろうか。
 ダークはしっかりとマリーベルを見つめ、妖艶な笑みを浮かべた。
「マリーベル、もう一度言おう。僕と一緒においで。今回はこの男を殺しに、そしてマリーベルを迎えに来たのだよ」
 マリーベルの顔が、怪訝にゆがむ。
「迎えに来たですって?」
「ああ」
 ダークの手が、マリーベルの目の前にさしだされた。
 まるでそれは、その手をとるように言っているよう。
 ダークの手をとり、ダークの言葉に従うように。
 マリーベルは差し出された手をよけるように、さっと後退した。
「あくまで僕を拒絶するんだ?」
「拒絶するも何も、最初からあなたなどと馴れ合う気はないわ」
「へえ、そういうつもりなんだ? じゃあ……」
 にらみつけるマリーベルを、ダークは目を細めてみつめ、次の瞬間、さっと顔をそらした。
 ダークがにらみつける先には、プリシラとともに様子をうかがうファーガソンがいる。
 マリーベルもダークの視線の先に気づき、ばっと駆け出した。
 とびかかるダークから、ファーガソンを守るようにその前に躍り出る。
 マリーベルの首元へ、ダークの鋭くのびた爪が迫る。
「マリーベル!!」
 一瞬の出来事にわずかな差で出遅れてしまったデュークも飛び出していた。
 けれど、あと一歩のところで間に合いそうにない。
 マリーベルへ、その白い肌をかききるように獣の爪がのびていく。
 同時に、どさりと、肉塊のようなものが倒れる音が、青い空に映える銀色の世界に響いた。


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update:10/06/26