狂乱の宴(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 デュークの顔から色が失われ、絶望感に支配される。
 体ががくがく震え、その場にくずおれそうになる。
 しかし、どうにか押しとどまり、ゆっくり視線をあげる。
 そこには、見たくない、認めたくない現実があるだろうが、しかしそれを避けているわけにもいかない。
 現実を受け入れ、次の行動へ移していかなければならない。このままにはしておけない。それは、マリーベルも望むこと。
 つんと、血の臭いがデュークの鼻をつく。
 目の前がぐるぐる揺れめまいを覚える体を叱責し、デュークはそこを見た。
 すると、雪とその上に降る枯れ落ちた薔薇の中に、金色の髪が波打つように広がっていた。
 そしてそこからは、赤い血がじわりじわり広がっていく。
「プ、プリシラ……!?」
 デュークが雪の上に横たわるそれを確認すると同時に、悲痛な叫び声があがった。
 はっとして、デュークがかすむ視界とめまいを覚える頭を覚醒させると、倒れたそれ――プリシラを、マリーベルが抱き起こしていた。
 一瞬、その状況を理解することができなかったが、すぐに理解し、同時にデュークは一気に現実に引き戻される。
 こんな気持ちを抱いてはいけないけれど、胸に安堵感がじわり広がる。
 マリーベルは、無事だった。けれど、かわりに……。
「よ、よかった……。マリーベル、無事ね?」
 赤いものがからみついた手を、プリシラを両腕で抱え見下ろすマリーベルへ弱弱しく上げていく。
 けれど、それはわずかに地面からはなれただけで、マリーベルに到達していない。
 そのすぐ横では、すました顔で、ダークがのびた爪からしたたる赤いものをぺろりとなめている。
 そこにマリーベルの姿を確認すると、プリシラはかすれる声でつぶやいた。
「プリシラ、どうしてこんなことを!?」
 マリーベルの目に、じわりと涙があふれる。
 悲痛に瞳をゆらめかせ、プリシラを見つめている。
 自責と後悔の念がマリーベルの体いっぱいを覆う。
「マリーベルがそのおじさんを守りたかったみたいに、わたしもマリーベルを守りたかったから」
 その言葉は、荒い息に消え入るようにつぶやかれた。
 プリシラの血がこぼれる口元が、わずかに上がる。
 その目も優しげにマリーベルを見つめている。
「馬鹿! だからって、こんな無茶……っ」
 マリーベルはぼろぼろ涙をこぼし、非難するように叫んだ。
 そして次の瞬間、はっと何かに気づき、プリシラの上体を片手に抱きなおす。
「待っていて、今助けるから。半分吸血鬼のプリシラには辛いかもしれないけれど……」
 そう言って、マリーベルはコートから小瓶を取り出した。
 その瓶は、マリーベルがいつも聖水を入れているもの。
 蓋をさっと開け、プリシラの口元へ押し当てる。
 あふれる血と混ざり合いながら、それはプリシラののどを通っていく。
 すると間をおかず、プリシラの体が大きくはね、わずかに荒かった息が落ち着いた。
「な、何を飲ませたの?」
 プリシラは不思議そうに、けれどどこか責めるようにマリーベルを見つめる。
 マリーベルはほうと小さく息をはき、複雑に眉尻を下げた。
「聖水よ。ダグラス家に代々伝わる聖水。これは、吸血鬼につけられた傷を癒す効果もあるの」
 どうやら、プリシラは半分は吸血鬼でも、半分は人間なだけあり、聖水は効力を発揮したらしい。
 痛みと傷は残るものの、致命傷から救うことはできる。
 吸血鬼には毒薬に等しい聖水なので、半分は賭けだった。
 あのままでは、プリシラは間違いなく死んでいた。
 ならば、どちらにしても助からないなら、試してみる価値はある。少しの可能性でも、賭けてみる価値はある。
 それまで成り行きを見守っていたデュークが、さっとマリーベルに歩み寄り、そっと耳打ちした。
「マリーベル、その聖水は……」
「ええ、最後のひとつよ」
 マリーベルはこくりうなずく。
 首都へ持ってきた最後の聖水をとうとう使ってしまった。
 これにより、この先何かがあっても、マリーベルは聖水で自らの身を守ることも、そして誰かを助けることもできなくなる。
 けれど、後悔はしていない。
 いつかはなくなるものだったのだから、それがこの時、マリーベルをかばい傷ついたプリシラになったというだけ。
 ただ、思いのほか首都で吸血鬼騒動が続き、予定よりも早く聖水がつきてしまった。
 恐らくそれも、ダークの狙いだったのだろう。
 数々の吸血鬼騒動を起こし、マリーベルに聖水を使い果たさせる。
 デュークによると、秋以降の吸血鬼の出没数は、普通ではあり得ないものだったという。
 そう考えると、すべての辻褄があい、悔しいことに合点がいく。
 何もかも、マリーベルのために、ダークによって仕組まれたものだった。
「なんだ、つまらない。そんな半人前を助けるんだ? マリーベルは本当、お人よしだね。そんなもの、捨て置けばいいのに」
 ファーガソンが、マリーベルの手からプリシラを受け取ろうとしているそこへ、その言葉が降った。
 マリーベルたちははっとして、ダークをにらみつける。プリシラに気をとられ、ダークの存在をつかの間忘れてしまっていた。
 ダークは汚らわしそうにプリシラをにらみつけ、そして蔑むようにマリーベルたちに視線を注ぐ。
 価値のない半人前の吸血鬼を救うなど、よくそのような愚かしいことができるものだと、その目がいっている。
 マリーベルの目が、鋭く光り、ダークをとらえる。
「……許せない」
 ぼそりと、重く低い声がマリーベルの口からはきだされた。
 マリーベルはうつむき、さっと立ち上がる。
 そして、ぎゅっぎゅと雪を踏みしめ、ダークに歩み寄っていく。


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update:10/07/05