狂乱の宴(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マ、マリーベル! 待って、危険よ!」
 ファーガソンに支えられるプリシラが、まだ苦しい息にたえ慌てて叫ぶ。
 今にも飛び出しそうなプリシラを、デュークがすっと手を出し制した。
 プリシラは信じられないと目を見開き、非難するようにデュークをにらみつける。
「デュークさん!? どうしてとめるの!?」
 デュークはちらっとプリシラを見て、妙に落ち着いた声でつぶやいた。
「いいんだよ、あれで」
「で、でも……」
「いいから、見ているんだ」
 デュークは険しい表情で、ダークへ歩み寄るマリーベルをまっすぐ見つめる。
 プリシラは仕方なくデュークに従い、腑に落ちない様子で、悔しげにマリーベルの背を見つめる。
 この場合、誰よりもマリーベルをとめたいのはデュークのはずなのに、どうしてそのデュークが助けに入らずただ見守っているだけなのか、プリシラにはわからなかった。納得できなかった。
 このままマリーベルを行かせてはどれほど危険か、あの吸血鬼にやられたプリシラにはよくわかる。
 あの吸血鬼は並みの吸血鬼ではない。
 いくらハンターとして名高いマリーベルとて、一人でどうにかできるはずがない。
 たとえ、デュークが加勢したとしても、恐らく結果はかわらないだろう。
 けれど、だからこそ、どうしてデュークはマリーベルをとめないのか。
 悲痛に染まるプリシラの顔が、さっと怪訝にゆがんだ。
「でも、どうして? あの吸血鬼、一瞬ためらったような気がしたのだけれど」
 そのことにふと気づいたように、プリシラは難しそうにつぶやく。
 たしかに、プリシラののどをかききる前、迫っていた爪が一瞬ためらったような気がした。
 だからこそ、本来ならば即死だったはずなのに、プリシラは首を切られた後も命をとりとめていた。
 そのために、こうして今、死の危険から脱出できたわけだけれど……。
 それにしたって、あれほどの吸血鬼が、プリシラ如き半人前吸血鬼を殺せないなんて……。
 そのような失敗、ためらいがあった以外にはあり得ない。
「恐らく、マリーベルが飛び出て驚いたのだろう」
 まっすぐにマリーベルを見つめ見守るデュークが、ぽつりつぶやいた。
「デュークさん?」
 プリシラは不思議そうにデュークを見る。
「あのヴァンパイアは、きっとマリーベルは殺せない」
「……え?」
 確信めいて力強く言い放つデュークを、プリシラはおろおろ見る。
 プリシラには、デュークが言っていることがよくわからない。
 あの吸血鬼は、たしかにマリーベルに復讐すると言っていた。
 それなのに、殺せないなんて……。殺さないと、復讐にならない。
 だけど、そういえば、その後に、マリーベルを迎えに来たとも言っていた。
 マリーベルを殺したいほど愛していると、矛盾したことも言っていた。
 では、つまりはそういうこと?
 あの吸血鬼は、もしかして、マリーベルのことを――?
「やあ、どうやら観念して、僕のものになるようだね」
 歩み寄るマリーベルに気をよくしたように、ダークは口のはしをあげる。
 しかし、マリーベルはその言葉と同時に、ぴたりと足をとめた。するどい眼光で、ダークをにらみつける。
「誰があなたのものになんてなるものですか」
「……なに?」
 ダークはいまいましげに顔をゆがめ、マリーベルにばっと手をのばす。
 言うことをきかないならば、力ずくで手に入れようとでもいうのだろう。
 マリーベルはそれをさっとかわし、胸元からすっと取り出した小袋をダークめがけてなげつけた。
 それは見事命中し、ダークの額にぶつかった。
 同時に、小袋ははじけ、中のものが飛び出て散らばる。
 小袋の中に入っていたものは、白い粉のようだった。
 白い粉がダークの顔、肩、胸、手、足と、全身にくまなくかかる。
 ぽとりと、中味を失った小袋が、ダークの足元に落ちる。
 次の瞬間、ダークは両目をおさえ、体をよじり苦痛にうめきはじめた。
 すぐにその場に崩れ落ち、のたうちまわる。
 その突然の異変に、様子を見守っていたデュークもプリシラも、そしてファーガソンも目を見開き呆けている。
 一体、ダークに何が起こっているのか理解できていない。
 マリーベルもまた、目を真ん丸く見開き驚きをあらわにしている。
「あらいやだ、本当にきいちゃった。さっきので最後の聖水を使っちゃったから、いちかばちかで使ってみたのよねえ」
 かと思うと、マリーベルは、なぜかおっとりほのぼのつぶやく。
「な、何をかけた!?」
 苦しみもがきころげまわりながら、ダークはなおも強気にわざとらしくとぼけるマリーベルをにらみつける。
 マリーベルののほほんとした様子が、余計にダークの怒りをあおぐ。
 ダークの体中、先ほどの白い粉が触れただろうところが、赤くただれはじめる。
 デュークははっと気づいたように、恐る恐るマリーベルに声をかける。
「マリーベル、あれって……」
「うん、ロザリアが送ってきた害虫駆除剤。あれ、にんにくの粉末も入っていたのよね」
 マリーベルは振り返り、ちろっと舌を出しておどけてみせる。
 けれど、マリーベル自身もあっけにとられているようで、目はどことなく泳いでいる。
 まさか、ここまでうまくいくとは思っていなかったのだろう。
「うーわー、残酷」
 デュークの頬がひきつった。
 いくら賭けにしたって、これは少しばかり同情を禁じえない。
 ダークの体のただれたところが、次第にどろりと解け落ちていっている。とてもむごたらしい状況に見える。
 しかし、デュークはふっと嘲るように小さく口のはしをあげ、ゆっくりとマリーベルに歩み寄っていく。
 口で言っているほど、残酷とは思っていないのだろう。むしろ、当然の報いと思っているかもしれない。
「多少の足止めにはなるかと思ったけれど、まさかここまで効いちゃうとは。意外」
 微苦笑を浮かべるマリーベルの肩を、やってきたデュークがさっと抱き寄せる。


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update:10/07/14