狂乱の宴(5)
闇夜の月に焦がれる太陽

 一般的に、にんにくは吸血鬼が苦手としていると言われているけれど、実際それがどの程度なのかはわからない。実際その場面を目にすることなど、普通ではない。
 なので、ヴァンパイア・ハンターのマリーベルにとっても、このにんにく爆弾ははじめてのことで賭けだった。
 それが、今目の前でその効力をまざまざと見せつけている。
 吸血鬼にとってにんにくが、まさかここまで効果を発揮するとは思っていなかった。
 誰よりも、にんにくの粉を降りかけたマリーベル自身が、その威力に驚いている。
 ダークは地面に這いずりながら、誇りと気力と憎しみだけで、デュークをにらみ上げる。
「一度ならず二度までも、こんなふざけた奴らにこんなふざけたものでやられるとは……っ!」
 たしかに、ダークは、前回もマリーベルの常識外の方法で返り討ちにあい、今回もこんな突飛な方法で追い詰められている。
 誇り高い吸血鬼のダークにとって、これほどの屈辱はないだろう。
 しかし、ダークの怒りは何故か、張本人のマリーベルでなくデュークに向けられているように見える。
「高位のヴァンパイアが、かたなしだな」
 ダークの怒りをあおるように、デュークは嘲笑うように見下ろす。
 うめき苦しみながらも、なお気品高くありつづけようと虚勢をはり、ダークはデュークを憎しみに満ちた目でにらみつける。
 ダークの目からは、強い意志を感じる。強い負の意志を感じる。
 このような目に遭わされても、ダークが敵意を向けるのはデュークだけ。
 先ほどからの殺意に満ちた目は、すべてデュークに向けられている。
 思いつめたようにダークを見下ろしていたマリーべルが、肩を抱くデュークの手をさっとはらい一歩踏み出した。
 デュークは怪訝にマリーベルを見る。
 手を払われすねているのではなく、何故その行動に出たのかがわからないよう。
 ディークの胸が、得体の知れない不安を覚える。
 いや、それは得たいの知れないものではない。デュークは気づいている。
「ダーク、ごめん。もう見逃せない」
 地をはうダークを冷たく見下ろし、マリーベルはつぶやいた。
 同時に、スカートをまくりあげた。
 デュークはぎょっとして、思わずさっと顔をそらす。
 けれどすぐに、何かに気づき、さっと視線を戻しそこを見る。
 マリーベルは、あらわになった腿に巻きつけ隠し持っていた短剣をすっと抜き取った。
 それは、対ヴァンパイア用のハンターのための短剣。
 短剣の柄に、ダグラス家の家紋が刻まれている。
 銀の短剣を用いれば、高位の吸血鬼でも退治することが可能になる。
 デュークははっとして、慌ててマリーベルへ手をのばす。
 しかしその時には、苦しみ動くこともままならないダークの心臓めがけて、マリーベルがその短剣を振り下ろしていた。
 鈍く不気味な音が(くう)を伝わり、その場に広がる。
 むせるような音がして、白い雪の上にぼたぼたと赤いものが落ち、染みていく。
 心臓に銀の刃を打ち込まれ、最後のあがきとばかりにこの世の全てを呪うようにダークが(くう)をにらみあげている。
 つうと、赤い涙が両目から流れ落ちる。
「き、貴様……っ。覚えていろよ。この恨み、必ず晴らしてやる……っ!」
 そう最期の力を振り絞り、断末魔の叫びを上げる。
 次の瞬間、ダークの体は指先と足先からさらさらと崩れ落ち、見る間にすべてが灰になった。
 ダークが倒れていたその場には、人のかたちをした灰の山がある。
 けれどそれも、どこからか吹いてきた風により、すぐに吹き飛ばされていく。
 ぶわっと空に舞い上がり、空の向こうに上っていく。
 灰になる直前、ダークはふと目を細めマリーベルを見つめ、小さく口を動かしていた。
 それを、マリーベルも、そしてデュークも見逃していなかった。
 ダークの唇は、声にはなっていなかったけれど、その動きから……愛している=Aそう言っているように見えた。
 それは、ほんの一瞬のことだった。
「デュ、デューク!?」
 わずかな時間の出来事に呆然としていたマリーベルが、はっと気づき、慌ててデュークを見つめる。
 デュークは、マリーベルを制するように前にたっている。
 マリーベルは、困惑気味にデュークの背を見ている。
 デュークは、マリーベルの短剣を片手でおさえ、もう一方の手にはリープ家に伝わる剣をにぎっている。
 その剣は、赤い染みができた白い雪の地面を突き刺している。
 先ほどまで、灰の中心に、その剣はささっていた。
 デュークはすっと剣を雪の中から抜き取り、ゆっくりと振り返る。
「マリーベルをこれ以上苦しめられないから」
 切なげにマリーベルを見つめ、デュークは妙に落ち着いた声音でささやいた。
 マリーベルの顔が、何かに気づき悲痛にゆがむ。
 同時に、デュークの胸に飛び込んだ。
「デューク……。ごめん、ありがとう」
 デュークの胸に顔をぎゅっと押し当て、マリーベルは苦しそうにつぶやく。
 デュークの優しさと苦しみを理解し、そしてすべてを受け入れるように、マリーベルは身を寄せる。
 決意したとはいえ、ダークにとどめをさすことにわずかなためらいを抱いていたマリーベルに、デュークは気づいていたのだろう。
 許せないけれど、見逃せないけれど、吸血鬼だとしても、その命を奪うことにためらいと痛みを覚えないはずがない。
 狩りをする時、マリーベルはいつも胸に激痛を覚えていた。
 それを、デュークは知っていた――気づいていたのだろう。
 そして、気づいてしまったから、デュークがかわりに吸血鬼の心臓に剣をつきたてた。少しでも、マリーベルの痛みをやわらげるために。
 ヴァンパイア・ハンターといっても、その命を奪うことにためらいを感じていることを知っているから、マリーベルが苦しまないためにデュークがとどめをさした。
 ダークは見知らぬヴァンパイアではなく、よく知り、一度は見逃したヴァンパイア。
 それだけに、マリーベルの苦しみは、いつもの狩り以上のものがあっただろう。
 マリーベルの命さえ奪おうとしなければ、あんなに残虐な行為に至りさえしなければ、マリーベルもこんな決断をすることはなかっただろう。
 ダークは、その高すぎる自尊心のために、道を誤った。
 道を誤った吸血鬼は、人間のために粛清あるのみ。
 すべては、マリーベルのため。デュークは、マリーベルのために動く。
 デュークは剣を鞘におさめ、マリーベルをいたわるようにそっと抱き返した。


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update:10/07/25