水の城

 夏になれば、避暑の旅。
 それは、毎年繰り返される行事。
 ある年は、有名避暑地で森林浴。
 ある年は、無名リゾート地で海水浴。
 そして、今年は――

 きらきら輝く、山奥の湖のほとり。
 一軒宿のペンション。
 対岸には、お城が見える。
 木々の間から、頭をのぞかせるお城。
 あのお城にはきっと、王子様が住んでいるのかな?
 真っ白い、お城。
 湖面に、ぽっかりと浮かんでいる。
 太陽の陽を浴び、きらきらきらきら光っている。

 あれは、別荘だと誰かが言っていた。
 今は……使われていない。


 朝、目覚めると、カーテンの隙間から差し込んでくる陽光が、いちばんはじめに目についた。
 やわらかい朝の光は、目にとても優しい。
 だけど、それでもちょっぴりまぶしくて、思わず目を細めてしまう。
 窓に歩み寄り、勢いよくカーテンを開く。
 すると、一気に襲い来るめいっぱいの朝日。
 木漏れ日のように飛び込んでくる、光のシャワー。
 思わず、目をつむってしまう。
 きらきらきらきら輝いて、夏の朝を感じさせる。

 そんな目覚めを迎えた朝は、どこか心はずむ。
 誰にも気づかれることなく、ペンションを抜け出したい。
 そんなこどもじみた誘惑にかられる。
 いたずら心がうずく。
 横のベッドで眠るこの友人は、目覚めた時、わたしがいないことに気づき、一体どのくらい驚くだろう?

 だからかもしれない。
 さっとワンピースに着替え、帽子片手にわたしはペンションを抜け出した。
 さわやかな山の風に吹かれ、スカートの裾が、ひらりと舞う。
 さわさわと、とても心地よい風が頬をかすめる。


 きらきらきらきら輝く湖へ、一気にかけていく。
 ペンションのすぐ横に広がる、小さな湖。
 とても水が綺麗なのだと思う。
 底まで、見ることができるから。
 朝日を受け、エメラルドグリーンに輝く、朝の湖。
 水の底では、ゆらゆらと、手招きするように景色が揺れている。

 そんな湖岸を、時折、ぱしゃぱしゃっと水をはね、歩いていく。
 それが、なんだか楽しい。
 こどもに戻ったようなそんな楽しさ。
 童心にかえる、とでもいうのかな?
 今はなんだか、そんな気分。

 誰もいない朝。
 誰もいない湖。
 そこを、一人歩く。
 そんな些細なことで、こんなにうきうきするなんて……。
 知らなかった。
 こんなにわくわくするなんて……。
 気づかなかった。
 とても、楽しい。

 ぱしゃんとはねた水が、勢いあまってスカートをぬらす。
 それもなんだか、楽しくて、くすぐったい。
 朝の湖の水は、ひんやりとして、気持ちがいい。


「くすくすくす……」
 そんな時だった。
 どこからともなく、笑い声が聞こえてきた。
「誰!?」
 たしか、声は、後ろのこの茂みから聞こえてきた。
 だから、ばっと振り返り、茂みにそう声をかける。
 だって、誰もいない朝。
 誰もいない湖。
 そんなところで、わたし以外の誰かの声を聞くことがあるなんて……。
 そんなのは、あってはいけないことだもの。
「ごめん。あまりにも楽しそうだったから……」
 がさがさっと数度小さな音を鳴らし、茂みの中から男の人がでてきた。
 口元に手をやり、相変わらずくすくすと笑っている。
 一瞬、目を奪われた。

 真っ白いシャツを着た、やわらかそうな男の人。
 胸の辺りがはだけていて、彼もまた起きたばかりなのだと思わせる。
 ほんわりと、かすみがかかったように、やわらかい雰囲気をまとっている。
 年の頃は……きっと、わたしとたいしてかわらないと思う。
 とても、白が似合う。

 そんな目の前の彼を、わたしはじろりと見つめる。
 真っ白のリボンのついた真っ白の帽子を、きゅっと目深にかぶりなおして。
 そこから、ちろりと視線だけを向ける。
 すると彼は、笑いをやめ、くすりと肩をすくめた。
 そんなに警戒しないでよ、と。
 それがなんだか、おかしい。
「窓から、君がここにいるのが見えてね」
 そして、そんなことをつぶやきながら、湖の中へと歩いていく。
 わたしの横を、すうっと通り過ぎ。
 瞬間、冷たい風を感じる。
 彼とわたしの間に、一筋の風が起こる。
 ぱしゃんと、水を踏む音が響く。
 小鳥の声だけしか聞こえない、朝の湖に響き渡る。
 緑の香りが、肺に流れ込む。

 ねえ、そんな理由で、わざわざここまでやってきたの?
 こんなに朝早く。
 そして、それは、どこから?

「……ぬれるよ?」
 そう言った時にはもう遅かったかもしれない。
 彼は、すでに膝まで水につかっていた。
 パンツの裾をあげることなく、靴を脱ぐことなく……。
 そんなことは気にしたふうもなく、ごく自然に水につかっている。
 気持ちいい、なんて微笑んで。
 きらきらと、まぶしい笑顔をわたしに向ける。
 そして、何故だか、その手をわたしに差し出してくる。
 まるで、おいで、というように。
 湖の中へと、手招きされている感覚に襲われた。
 惑わされているのか、魅せられているのか……。
 わたしは、迷うことなく、その手をとっていた。
 触れた彼の手は、ひんやりとしていた。

 そして、一緒に湖の中へ入っていく。
 やっぱり、彼同様、わたしも膝までびしょびしょになっちゃって、気づけば、そこでぱしゃぱしゃと水のかけ合いをしていた。
 わたしたちを包むものは、光と水のシャワー。
 まだ涼しい、夏の朝。


 きらきら飛び散る水しぶきがとても綺麗。
 東の空からのぼってきたばかりの太陽がとてもまぶしい。
 そして、緑の中、緑の湖ではしゃぎ合うのは、とても楽しい。
 知らない間に、夢中になっていた。

「びしょびしょになっちゃったね」
 一体、どれだけそうして過ごしただろう。
 どれだけ、時間がたったのだろう。
 太陽が、東の端から、少し上に移動した頃だった。
 上から下までびっしょりぬれたわたしに、再びそう手を差し出してくる。
 彼もまた、上から下までびっしょり。

 着ていた白いシャツが水にぬれ、もうその役目を果たしていない。
 ぬれてすけた白いシャツがぴっとりと肌にはりついて、体のラインを強調する。
 目のやり場に、……困る。
 それでも、ちらりと、そんな彼を目に入れた瞬間、どくん……と、胸が波打った。
 すると、彼はそれを見透かしたように微笑み、すっとわたしの胸に顔を近づけてくる。
 そして、そこに冷たいキスを一つ落とした。
「ドキドキいっている……」
 そうささやきながら。

 瞬間、心臓が止まった。
 呼吸ができなくなった。
 そんな感覚に襲われる。
 同時に、わたしの顔は真っ赤に染め上がっていた。
 抵抗することも、罵倒することもできなくて……。ただ、彼になされるがまま。
 彼に触れられたそこが、とても熱い。

 きっと、わたしの白いワンピースも、ぬれてすけているに違いない。
 白いリボンの白い帽子は、気づかないうちに、湖の真ん中まで流されている。
 もう、取りに行くことすらかなわない。
 きっとあの帽子は、そのままこの湖にとけこんでしまうのだわ。
 ――もう、きっと、わたしには必要がなくなるだろうから、別にかまわないけれど。

「このままじゃ風邪をひくから……。おいで。僕の屋敷がすぐ近くにあるんだ」
 そうわたしの胸でささやくと、彼はふいっと顔をあげ、にっこりと微笑んだ。
 彼の吐息がかかったそこは、やっぱりとても熱い。
 それから、彼はおもむろに、ふわりとわたしを抱き上げた。
 わたしも彼の首に両腕をまわし、きゅっと抱きつく。
 そうすることが、自然に思えて。

 つれていって。
 あなたの望むところに。
 だって、わたしの予想がはずれていなければ……。
 あなたは、きっと――

 彼が踵を返したその先には……あの、お城がある。
 今は使われていない、緑にうまるあのお城の別荘。
 知らない間に、わたしはそんなところにまで来てしまっていたのね。
 滞在しているペンションの対岸にある、あの真っ白いお城。

 じゃあ……この人は、お城に住む王子様?
 そして、わたしを今から、そこへつれていくの?
 どくどくと鳴り止まない胸をきゅっとおさえて、わたしは彼の腕の中、大人しく彼につれられていく。
 がさっと茂みに吸い込まれるように入り、そしてお城へと向かっていく。
 刻む鼓動は、はやくなる一方。


 やっぱり、彼はお城の王子様だった。
 だって、今目の前にあるのは、ペンションから眺めていた、真っ白いお城。
 そして、彼は、何のためらいもなく、そのお城へと足を踏み入れていく。
 今は使われていないはずのこのお城は、何故か、手が行き届いているような様相を見せる。
 どこにも、古ぼけた様子はない。
 洗いたてのカーテンが、風にひらひらゆれているのが印象的。

 そこで、熱いシャワーを借りて、着替えも借りて、目の前には、ホットミルク。
 かげりのない優しい微笑みで、それを彼がさし出してくる。
 わたしも、ためらうことなく、それを受け取る。
 胸が、くすぐったい。

 それから、天蓋つきのベッドへと誘われた。
 腰に手をそえられ、逃れられない。
 それでもかまわない。
 わたしはもともと、あなたに従うつもりだったから。
 だって……もう逃げられないのでしょう?
 あなたに出会ったその時から、すでに。

 ベッドまで誘われ、その上にぽすっと腰をおろすと、体全部がすっぽりとすいこまれそうで、ふかふかの感覚が、とても気持ちいい。
 ミルクをこくんと一口口にふくむと、体中にぬくもりがひろがっていく。
 口の中には、あまいあまいミルクの味がひろがって、心がとてもあたたかくなる。

 カップに口をつけたまま、ちろっと目の前で微笑む彼を見てみると、すぐにその視線に気づいて、にこっと微笑みかえしてくれた。
 それがなんだかくすぐったくて、わたしはふいっと視線をそらす。
 するとそこで、彼はくすくす笑っていた。
 自然に、わたしの横に腰を下ろしながら。
 彼が腰を下ろすと同時に、彼の分だけベッドに重みが加わり、わたしの体はころんと彼に傾いていた。
 同時に、わたしの手からは、ミルクの入ったカップが奪い取られ、そしてすっぽりと彼の腕の中。
 ミルクのカップは、ベッドの下に、ことんと置かれている。

 彼に抱き寄せられた瞬間、びくんと、体が拒否反応を示したけれど、それはすぐにどこかへ消えてしまった。
 素直に彼に身をゆだねる。
 きっと、体がびくんとしたのは、いきなりで驚いただけね。
 だってわたしは、はじめから、あなたを拒んでなんていないもの。
 ただ、不思議な人……。そう思っていただけ。
 そして、その理由に、わたしは気づきはじめている。

 それから、そのまま、わたしはベッドにしずめられていた。
 まだ濡れたままの髪が、シーツの上に広がっていく。
 その上に、彼の影が重なる。
 それから、わたしたちは――

 深い深いキスをかわしていた。
 互いに求め合うように。
 ひかれ合うように。
 こうすることが、当たり前のように。
 もっともっとと、求め合う。

 一体、いつから、こんなにもこの人に惹かれてしまっていたのだろう。
 まだ、出会ったばかりのはずなのに。


 もう、どうなったっていい。
 何だか、わけがわからないけれど、このまま流されたっていい。
 そうすれば、きっと、心地いい夢をみられるような気がする。
 この幸せな時が続くはず。
 目をつむり、本当のことさえ見ようとしなければ。
 わたしは、きっとこのベッドで、永い永い、終わりのこない眠りにつくのね?

 この人が誰だって……。
 この人が何だって……。
 そんなのはかまわないわ。
 そう、たとえこの人が、……人でなくたって。


 だって、わたし、知っているから。
 このお城の話の続き。

 このお城には、以前、やっぱり王子様が住んでいたのだという。
 その王子様は、体が弱かった。
 このお城は、王子様のために建てられたもの。
 王子様の保養のために……。
 だけど、ある年の夏、王子様の姿はぱったりとお城から消えた。
 それと同時に、王子様の召使いをしていた人たちの姿もぱったり……。
 以来、お城には、誰も近づくことはない。
 その夏、このお城で、一体何があったのか、誰も知ることはない。
 ただ一つ、わかっていることは、このお城にはもう、王子様はいない、ということだけ。

 ペンションの気がいいオーナー夫婦が、たしかこんなことを言っていた。
 あのお城には、近づいてはいけませんよ。
 どうして?
 そう聞くと、オーナー夫婦は苦く笑うだけだった。


 ねえ、今、わたしにキスをするあなた。
 あなたは、わたしも一緒につれていくの?


 長い長い、深い深いキスがおわり、ふうと息をはきだす。
 そして、からっぽになった肺に、もう一度酸素を送り込む。
 不思議……。
 まだ、呼吸ができる。

「ねえ、名前、教えて? 僕は、(みどり)
 耳元でそうささやきながら、彼はふわりとわたしの髪をすいていく。
 まだ濡れたままの髪は冷たいはずなのに、それ以上に彼の手は冷たく感じる。
 それでも、心地いい。
「碧……くん?」
 ぼんやりとした頭で、天蓋をぼんやり見上げたまま、彼の名を繰り返す。
 すると、首筋で微かに揺れる気配がした。
 それは、首を縦にふるように。
 すっぽりとベッドにうまって、その上に彼の影がかさなったままのこの体勢では、わたしは身動きすらとれない。
 ただ、体いっぱいに彼のぬくもりを感じるだけ。
 おかしいね。
 だって、彼は、碧くんは――

 その名前は、まるでここの湖みたいね?
 透明な水面に辺りの緑が映り、エメラルドグリーンに輝く、湖。
 きっと、碧くんの心も、その湖のように透明なのね。澄んでいるのね。
 だってあなたは、こんなに綺麗だから。
 その心で、わたしを惑わすから。

 ねえ、一体、わたしをいつ、つれていくつもりなの?
 このままこんなに心地いい時間が続けば、気がかわるかもしれないわよ?
 ……ううん。そんなことはないわ。
 だって、ここにとどまれば、あなたはいないもの。

「わたしは……湖都(こと)
 そう名前を告げると、首筋にあたたかい吐息をかけていた彼の唇が、再びわたしのそれに重なっていた。
 そして、すべてをもっていかれるように、彼は再び深く口づけてくる。

 もう、頭はくらくらで、何も考えられない。
 あなたに口づけられることが、こんなに幸せだと思えるなんて……。
 このまま、どうなってもいいわ。
 たとえ、このままつれていかれたって……。
 どこへでも。
 わたしは、あなたについていく。
 ねえ、あなたは、わたしをつれて、どこへかえっていくの?

「わたし……このお城の話、知っているよ」
 少し唇がはなれた隙をつき、そうつぶやいてみる。
 わたしの思いをあなたへ伝えるため。
 このまま、あなたに誘われるまま、つれていかれてもいいわ。
 だって、きっと、わたしは、それを望んでいるから。
 このままはなれるくらいなら……いっそ、あなたと同じものになってもかまわない。
 きっと、今まで、一人淋しく、さまよっていたのね?
 だって、わたしを求めるあなたは、こんなにも熱いから。
 冷たいはずのあなたは、熱いから。
「この城の話……?」
 そうつぶやいただけで、彼はわたしへのキスをやめようとはしない。
 それが、とても嬉しく感じる。
 だって、それは、わたしを求めてくれている、そのあらわれでしょう?

 時折唇がはなされる隙をつき、わたしは、ぽつりぽつりと告げていく。

 このお城には、体の弱い王子様がいたこととか。
 ある日、突然、王子様の姿が見えなくなったこととか。
 一緒に、召使いたちの姿も消えたこととか。
 以来、このお城には、誰も近づきすらしていないこととか。

「ああ。それは、僕だよ。小さい頃、体がよわくて……ここで保養していたんだ」
 それを告げると、彼は一瞬目を見開きわたしを見つめたけれど、すぐにそう言って、くすくすと笑い出した。
 あっさりと、認めた。
 彼が、王子様なのだと。
 きっと、あなたにも、もうわかってしまったのね。
 わたしが、あなたの正体に気づいてしまったこと。

 それからまた、彼は執拗にわたしにキスを落としてくる。
 それらすべてを、わたしも受け入れる。
 だって、一つたりとて、逃したくないから。
 あなたがくれる、たくさんの、冷たいけれど、熱いキス。

 ねえ、どうして、そんなにたくさんキスをするの?
 そう聞きたいけれど、それは、わたしも心のどこかで求めていることだから、あえて聞かない。
 だって、そんな無粋な質問のために、この幸せな時間がなくなるのは嫌だから。
 もう、流されているのだわ。
 惑わされているのだわ。
 どうしてこんなに、あなたを求めるようになったのか……。
 わたしにはわからない。
 だけどそれは、きっと、あなたが人ではないからかもね?
 やっぱり、あなたが、このお城の王子様だったのね――

「だけど、ある程度の年齢に達すると、体もずいぶん強くなって、家に戻ったんだよ。その時、一緒に使用人たちも引き上げさせた。その後は、人にこの別荘の管理をまかせていたのだけれど……。なんだか、急にまた来たくなって、やってきたんだ」
 相変わらず、キスかくすくす笑いか、どちらともつかないその動きとともに、そんな言葉がわたしに触れる唇からでてきた。
 長く、深く、求め合うキスには、無粋なその言葉。
 だって、わたしたちにはもう、言葉なんて、会話なんて必要なかったのじゃない?

 ……って、ううん。そうじゃなくて……。
 ――え?
 今、彼は、何と言ったの?

 彼の言葉に一瞬思考をとめ、そして再び動かし、その言葉を反芻する。

 家に戻った?
 人にまかせていた?
 また、やってきた?
 それって……?

 頬やまぶたに触れる彼を、わたしは思わず凝視する。
 だって……それって……。
「それで、今朝、思いの他早く目覚めてしまって……。そこの窓から外を見てみると、湖のほとりに君がいた。気づけば、君に会いに行っていた」
 きらきら輝く君に、心奪われたのかもね? あの瞬間。
 そう言って、彼はまた、キスをしてくる。
 それを、わたしも受け入れる。
 頭は混乱しているのに、この行為だけは、わたしも求めているとわかるから。
 やっぱり、流されている。

 しばらくして、ようやく重なるそれがはなされると、わたしは吐息とともに彼に尋ねていた。

 オーナー夫婦はこんなことを言っていたけれど?

 そう言うと、彼は笑ってこう言っていた。
「ああ。彼らにこの屋敷の管理をまかせているからね。だから、今年、僕が来ていることも知っているんだよ。きっと、君に悪い虫がつかないように忠告したのだと思うよ。もちろん、彼らにとっての悪い虫は、この僕」
 そうして、くすくす笑う。
 いたずらが成功した時のように。
 まるで、たちが悪いこども。

 つまりは、そういうこと?
 オーナー夫婦は、わたしと彼が出会わないように仕向けていただけ?
 だって彼は、悪い虫だから。
 わたしは彼らの話を鵜呑みにし、一人、からまわっていたの?
 だって、彼の言うことが本当なら……。
 あなたは、わたしと同じ世界を生きる人だから。

 戸惑うわたしにかまわず、悪い虫は、またキスの雨を降らせてくる。
「これからも、ずっとずっと一緒にいようね。はなさないから」
 そんなことをささやきながら。
 ぎゅっとぎゅっと、めいっぱいわたしを抱きしめて。

 ねえ、それは、どういう意味?
 そんな無粋なこと、あえては聞かないけれど。
 聞かなくたって、その意味はちゃんとわかるから。

 ねえ、わたしをどこへつれていくの?
 どこだってかまわないわ。
 あなたがいれば。
 あなたさえいれば。
 わたしは、どこまでもあなたについていく。


 夏になれば、避暑の旅。
 それは、毎年繰り返される行事。
 ある年は、有名避暑地で森林浴。
 ある年は、無名リゾート地で海水浴。
 そして、今年は――

 山奥の湖のほとりで、真っ白いお城の王子様に出会った。
 そして、恋に堕ちた。


水の城 おわり
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update:04/08/17
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(C) Sayaki