未消火恋心
(1)

「あんたなんて、大嫌いっ!」

 その叫びとともに、乾いた音が淋しく前庭に響き渡った。
 昇降口と、校門の間のそこ。
 まわりには、卒業証書や花束を抱えた生徒たち。
 一瞬、すべての時間がとまった。
 すべての注目を集め。
 誰一人もれることなく、そこにいた人は……みんな、わたしたちを見ていた。
 そして、ざわざわとまた時間は動き出す。
 何事もなかったように。
 だけど、それは、どうにも不自然で。

 腕につけた時計の針の音だけが、妙に大きく聞こえていた。


 あの日から、月日は流れ、そろそろ二年。
 大学の二回生も終わろうとしている。
 もそもそとしゃべる講師の、無意味と思える講義を聴きながら、ぼんやりと黒板を見下ろす。
 階段教室のいちばん上の席から。
 ……ああ。聴きながらは語弊があるわね。
 だって、聴いていないもの。全然。
 こんなにつまらないと知っていたら、こんな講義なんてとらなかったのに。
 でもまあ、この九十分という時間――実質は、六十分にも満たないような気がするけれど――いろいろと内職ができるからいいけれど。
 なかには、もうやっていられないと、放棄しちゃった学生たちも少なくない。
 耳障りな講義をバックグラウンドミュージックがわりに、机の下に隠してうつメール。
 ちょうど今、メールが届いたばかりだから、その返事。
 珍しく、高校時代の友達、優子(ゆうこ)からの連絡。
 それは――
 同窓会のお知らせ。
 気がはやいことに、早々に出欠まで求めてくれている。
 相変わらずね。

 それに、わたしが送った返事は――


 あの日あの時から、わたしの中の時間はとまったまま。
 腕につけた時計は変わらず時を刻んでいるのに、わたしの中の時計はとまったまま。
 卒業式のあの日、あいつを平手打ちして別れた。
 あの時は、あれでよかったはず。
 すべては、もう終わっている。
 なのに……。
 どうして今でも、あの時のことを思い出すたび、こんなに胸が苦しくなるの?
 まるで、あの日のまま、思いがくすぶっているよう。
 冬の空を見上げ、ぼんやりとそう思う。


 結局、あのメールには、「不参加」と返事をした。
 別にこれといって用事はなかったけれど……何故だか、そうしてしまった。
 ……ううん。何故、なんかじゃない。
 それは、必然。
 きっと頭のどこかで、「あいつがくるかもしれない」と、そんなことを思ってしまった自分がいるからかもしれない。
 終わったことなのだから、気にしなければいいのに……。
 だけど、あいつの顔を見るだけで、またあの時の怒りがよみがえってきそうで。
 ううん。絶対に、顔を見れば、ののしる。
 そういう自信がある。その自信だけはある。
 もう、あの時のような思い、二度としたくない。
 今でも、あの瞬間のあいつの顔が、脳裏にやきついてはなれない。
 どうしてあんなに、傷ついたような顔をしていたの?
 驚いたような顔をしていたの?
 あれは、全部あいつが悪いはずなのに。
 傷ついたのは、わたしの方なのに。

 でも……。
 わたしって、なんて未練がましいのだろうとも思う。
 だって、今日、こうやって街中をぶらぶらしているのだから。
 今日は……あの日。
 たしか、駅前の噴水前で待ち合わせて、そこからみんなで一緒に会場まで行くと言っていた。
 同窓会へ断りを入れた時、そう教えてもらった。
 もし都合がつけば、飛び入りでもいいから来てねって。
 ――いじわるよね。
 知っているはずなのに。
 わたしがどうやっても行くことができないこと。
 わたしたちが、あの日、卒業式の日、喧嘩別れしたこと。
 あんな場所で、あんな喧嘩をして、そしてそのまま……。
 なのに、来いっていうの?
 あいつが来るかもしれないそこに?
 もう、どうにもできない、この思い。
 もう終わった思いだから。


「あっぶねえ〜なあ。お前、死ぬ気かよ!」
 空をぼんやり見上げていると、ふいにそう怒鳴りつけられていた。
 ぐいっと腕をひかれ。
「赤信号!」
 そして、続けざまにそんな怒声も聞こえてくる。
 誰だか知らないけれど、失礼ね。ぶしつけね。
 っていうか、ちょっと待って。
 これは、誰、なんかじゃないわ。
 わたし、この声には嫌というほど聞き覚えがあるのだけれど?
 だって――
 がばっと振り返ると、怒ったような馬鹿にするような顔がとびこんできた。
「あ……」
 その顔をみとめた瞬間、わたしはそう声をもらしていた。
 だって、その顔……。
「久しぶりだな」
 目が合うと、怒った顔が一気にばつが悪そうな笑みを浮かべた。
 そして、わたしの腕をつかむ手をするっとはなしていく。
 はなした手が、手持ち無沙汰にさまよう。
「なんで……」
 今までつかまれていたそこを、ぎゅっとにぎりしめる。
 ふいっと視線をそらし、そう言うのでいっぱい。
 もしかしたら、声がかすかに震えているかもしれない。
「俺に聞かれても知るかよ。とにかく、お前、何やっているんだよ。らしくないな」
 むっと口をとがらせて、今度はそう非難してくる。
 少しすねたようなその素振りが、あの時のまま。
 変わっていない。
 返事に困ると、いつもそうやってすねてみせていたわよね。
 そして、そんなあんたに、わたしはいつも決まって追い討ちをかけていく。
「だって、あんた……」
「俺が、お前に声かけちゃ、何かまずいか?」
 視線をそらしたまま、一歩後退する。
 何でもいいから、はやくこの場を立ち去りたくて。
 本当は、こうやって話すこと自体、嫌。
 ……ううん。辛い?
 かすかなわたしの警告に、こいつも気づいたらしく、またむっと頬をふくらませる。
 眉根なんかは、きゅっとよったりして……。
 やっぱり、そこも変わっていない。
「う、ううん……」
 もう一歩下がり、そうつぶやく。
 だけど、やっぱり視線はそらしたまま。
 別に、まずくはない……と思う。
 ただ、そうやって普通に声をかけてこられる……というあんたの神経が、ちょっと……かなり疑わしいだけ。
 わたしは、今でもこんなに苦しいのに。
 普通、そうやって平然と声をかけてこられる?
 二年前、喧嘩別れした彼女に。
 しかもあんた、あんな大勢の前で、わたしに平手打ちをくらったでしょう?
「じゃあ、いいだろう。ちょっとつき合え」
 しかも、そうやって、否応なしにわたしの腕をつかもうと、手をのばしてくる。
 一歩、距離を縮めて。
 せっかく、インターバルを広げていたのに、この男のために台無し。
 そして、また、腕をつかむ。
 こういう強引なところも、やっぱりあの時のまま。
 その顔を見なくたって、わたしわかるわよ?
 あんた、今、とっても得意げに微笑んでいるでしょう?
 無駄に二年もつき合っていたわけじゃないのよ。
「時間まで、まだ少しあるだろう」
 しかも、返事もしないうちに、そうやって話をどんどんとすすめていくし。
 やっぱり、二年前からちっともかわっていない。
 あれから二年たち、わたしたちも大人になったというのに……。
 あんたは、こどものままね。
「ちょっと! わたし、同窓会には行かないわよ」
 そう語気を荒げながら、つかまれている腕をぐいっと引き戻す。
 それと一緒に、こいつの手までついてきちゃったのは……計算外だけれど。誤算だけれど。


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update:04/12/20