未消火恋心
(2)

「ふ〜ん……」
 ……ムカつく。
 あんたって、そう。
 いっつもそうだった!
 そうやって、何かといっては、悟りきったようにつぶやくの。
 見透かしたような目で、わたしを見てくるの。
 そのくせ、肝心なところでは、いつもダメダメ。
 だから、わたしに平手打ちされて、三行半(みくだりはん) をつきつけられるのよ。
「何よ、その目」
 視線をそらしたまま、そうやってはき捨ててあげる。
 見なくたって、今、あんたがどういう目でわたしを見ているかくらいわかるわ。
 ……悔しい。
 どうして、あれから二年もたつのに、今でも、こいつのことが手にとるようにわかってしまうの?
 そして、こいつのわたしの扱いも、あの時のまま。
 まるで、時間がとまったように。
 胸で時を刻む針も、とまったまま。
「相変わらず、素直じゃないな」
 つかむ腕をそのまま引き寄せ、わたしを抱き寄せる。
 ほら。やっぱり。
 何もかも、あの時のまま。
 どうして、なんで?
 わたしは、かわったのに。あの時に、あんたへの思いはなくなったのに。それなのに……。
 こうやって抱き寄せられると、どうしてこんなに胸が苦しくなるの? 切なくなるの?
 あの日の思いが、よみがえってくる。鮮明に。
 胸の奥底で、鎮火しきれていない火がくすぶっているよう。
 どうして、いまさら、こんなことをするの?
 どうして、わたしは、それにいちいち反応しているの?
 絶対におかしい。
 二年前に終わったはずの恋に、こんな気持ちを抱くなんて。
「うるさいわねっ」
 わたしの腕をつかむ手を、べちっとひっぱたいてやる。
 いい加減、この手をはなさないと人を呼ぶわよと、とうとうこいつ……(あきら)を見てしまった。
 ずっと、見ないようにしていたのに。
 見てはいけないと、わたしの中の何かが警鐘を鳴らすから。
 ばちっと目があい、この男はにやりと微笑む。
「そこがかわいくない」
 そう言いながら、この男ってば、そのままわたしを抱きしめる。
 そして、瞬時に、乾いた音が響いた。
 だけど、スクランブル交差点のここでは、行きかう人々や車の音にのみこまれ、それは人々の耳にはとどかない。
 ただ、当事者であるわたしたち……わたしの耳に、妙に大きく聞こえたというだけ。
 忙しそうに歩く人たち、誰一人として、わたしたちに見向きもしていない。
 そこが、あの時とは違う。
 二年前の、あの時とは。
「放っておいてよ。あんたには関係ないんだから!」
 今、晃の頬をぶったばかりの右手をにぎり、ぎろっとにらみつけてやる。
 右手が小刻みに震えているのは、それは武者震い。
 決して、それ以外の理由で震えてはいない。
 本当に、この男、どさくさにまぎれてなんてことするのよ。
 そんなことをされたら……。
 ほら。また、胸がざわつく。
「関係あるよ」
 じりじりと後退していくわたしを見ながら、晃は妙に冷静につぶやく。
 はたかれ赤くなりはじめた頬を、気にすることなく。
 ただ、わたしだけを見つめてくる。
「はあ!? 何言っているのよ。もう彼氏でも彼女でもないじゃない」
 そうよ。
 もう、そういう関係じゃないのだから、放っておいてよ。
 これ以上、わたしにかまわないで。
 かまわれればかまわれるだけ、むなしくなってくるから。
 わたしたちは、喧嘩別れしたのよ?
 それを今さら、そんなことを言ったって……。
 すべてが遅すぎるのよ。
 そして、都合がよすぎる。
「俺は、わかれたつもりはない」
 一気に距離をつめ、妙に低く静かに晃はそう言う。
 まっすぐに見つめてくるその目が、怖い。
「だって、あの日から、もう二年もたっているのよ!?」
 また、晃がわたしをとらえようと腕をのばしてくる。
 だけど、それをはらいのけ、もう一歩下がる。
 どうしてこの男は、そんな今さらなことばかり言ってくるの?
 わかれたつもりはないって……。
 でも、たしかに二人は、あの時に終わったのよ。
 今さら、そんなことを言われても、もうどうにもならないじゃない。
「それでも」
 しっかりとそう言って、一歩晃が歩み寄る。
「それでもって、あんた……。だって、あんた、あの時……」
「あの時? 何だよ?」
 のばしてくる手をぴくっととめて、怪訝そうにわたしを見つめてくる。
 訝しく見たいのは、あんたじゃなくてわたしの方よ。
 さっきから、訳のわからないことばかり言って。
 わかれたつもりはないって……。
 じゃあ、どうして、あの後、すぐにわたしへフォローを入れてこなかったの?
 それすらもしなかったくせに、よくそんなことが言えるわね。
 いつもそう。
 いつも、自分勝手なの。
 自分の中で勝手にすすめて、それで後でわたしが戸惑うの。
 もう、あんたのわがままで強引なところ……ついていけない。
 なのに、どうして胸はこんなに苦しいの?
 こうやって、再会して、一緒にいればいるほど、胸の苦しみは大きくなっていく。
「わたしじゃないこを見て、かわいいって言ったじゃない」
 もう一度、のばされた手をぶち、思いっきり叫んでいた。
 すると晃の奴、大袈裟に目を見開き、わたしを見つめてくる。
 ぽかんとあけられたその口が、なんともまぬけで、あんたにお似合いよ。
 そうよ。つき合っている彼女の目の前で、あんた、そんな最低なことをほざいたのよ。
 それじゃあ、わかれられて当たり前じゃない。
 あの二年前の日から言えなくて、ずっとわたしの中につかえていた。
 まるで、迷宮に迷い込んでしまったような感じ。
 出口の見えない思い。
 きっと、それが、こんなにも胸をじりじり焦がしていたのね。
 二年もの間。
 だって、今はなんだかすうっと心が晴れたようだもの。
 こんなに楽になるなら、あの時に言っておけばよかった。
 ……これも、やっぱり今さらだけれど。
「って、ちょっと待て。それでお前、あの時あんなに怒って……」
「当たり前じゃない! わたし以外の女の子を見るなんて許せな――」
 ぎっと晃をにらみつけ、そう叫ぶ。
 だけど、それは最後まで言えなかった。
 だって、この男が強引にわたしを抱きしめてしまったから。
「お前って、やっぱかわいいわ」
 ぎゅうっとわたしを抱きしめ、髪に顔をうずめてくる。
 そしてそこで、くすくすと笑い出す。
 それが、何だかとってもムカつく。
 こういうところも、全然かわっていない。
 どうしてこの男は、いつも勝手に自己完結して、満足げに笑うの?
 わたしの気持ちなんて、完全無視して。
「ちょっ……バカ! はなしなさいよ」
 ぐいぐいと晃の胸をおし、腕の中から逃れようともがく。
 もうつき合ってもいない女の子を抱きしめるなんて、最低な男のすることよ。
 それなのに、こいつってばもっと腕に力をこめてくる。
 そして、そのまま耳元に顔をもってきて、そっとささやいた。
 妙に、あまく。
「嫌だ。あの日から、ずっとこうやってまた抱きしめたかった」
 そしてそのまま、口づけてきた。
 その口づけも……やっぱりあの日のまま。
 強引で……だけど優しいキス。
 本当に、あんたって最低男。
 つき合っていもいない女の子に、こんなことをしてくるなんて。
 しかも、人目の多い、こんなところで。
 ……きっと、誰も、わたしたちには目もくれていないのだろうけれど。


「ほら、行くぞ」
 人目も気にせず、何分……何十分、この男はわたしを抱きしめ続けていただろう。
 本当は、もっと短い時間だったかもしれないけれど、わたしにはそれくらい長く感じる時間だった。
 でも……嫌じゃなかった。
 晃に抱きしめられると、胸がすっと楽になったから。
 あんなに、苦しくて辛かったのが嘘のように。
 ぷすぷすと小さな煙をあげていた胸が、今は凪いだ海のよう。
「行くって、どこに?」
 するっとわたしを解放し、今度はすっと右手をだしてくる。
 それはまるで、そこにわたしが手をさかね、握ることは当たり前というように。
 そんなの、当たり前じゃないわ。
 だって、わたしたちは、二年前のあの日、終わったのだもの。
「もちろん、同窓会。みんなを驚かせてやろうぜ。いつの間に仲直りしたんだってな?」
 ちょっとの間も待ちきれないのか、晃はそう言いながら、強引にわたしの手をとってくる。
 こういうところも、相変わらずね。
 いちばんはじめに、二人手をつないだ時は、あんなに緊張していたのに。
 どうして、そう当たり前のように手を握れるの?
 それも、二年前とかわらず。
「……あんた、相変わらずね」
 だから、思わず、そうやって吹き出してしまったじゃない。
 あまりにも、あんたが二年前のままだから。
 だけど、仲直りなんてしていないわよ。
 そこだけは、否定させてもらうわ。


 ……ねえ、わかっているの?
 わたしは、まだ許してなんていないんだからね?
 あの時のこと、ちゃんと謝るまでは。
 そしてもう一度、ちゃんと言って?
 わたしが好きだから、つき合って欲しいって。
 そうじゃないと、わたしたちは二年前にわかれた恋人のまま。
 こうやって、あんたに強引に手をひかれるのは嫌いじゃないから。
 こうやって、あんたの後姿を見るのは嫌いじゃないから。
 二年前もそう。
 あんたにふりまわされながら、あんたの後を追うのは……とても楽しかった。
 あの時はこどもだったけれど……。
 それでも、精一杯恋愛していたよね。
 あんたは、一生懸命背伸びして。


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update:04/12/23