未消火恋心
(3)

 ……で、こうなるわけね。
 結局、来てしまった駅前の噴水。
 この横断歩道を渡れば、みんなが待つ噴水がある。
 ほら、もうそこには、ちらちらと懐かしい顔ぶれがあるわ。
 みんな、すでに思い出話にはなをさかせているよう。
 それを目にすると、晃ってば「相変わらず、馬鹿面な連中ばかりだなあ〜」なんて暴言をはいたから、すかさずお仕置きをしてあげたけれど。
 一体、どっちが馬鹿面なのだか。


「あ、美夏(みなつ)。来てくれたんだ。こっちこっち」
 信号が赤から青にかわり、横断歩道に足を踏み出すと、噴水の前から、そうやって優子が手招きしてきた。
「う……うん。久しぶり、優子」
 優子に、ぱたぱたと駆け寄る。
 すると、ちょうど盲人用のメロディーが途切れた。
 もうすぐ、また赤に変わる。
「久しぶり。ねえ、ところで、今誰と話していたの?」
 複雑そうに表情を強張らせ、優子はそんなことを言ってきた。
 その手は、さっきまでわたしたちがいた場所をすっと指し示している。
 もしかして、それはわたしたち……わたしに対するあてつけ?
 優子も当然のように、二年前のあのことは知っているから。
 それに、その後、わたしたちが仲直りしたってことは、絶対知らないはず。
 だって、二年間、連絡すら取り合っていなかった二人だもの。
 それなのに、さっきたまたま再会して、そして時間のかからないうちに仲直り――まだ認めてやらないけれど――したのだから。
 まさか、そんな二人が一緒に来るなんて、誰も思わないわよね。
 どうせそういうことを言うなら、晃に言ってもらいたいものだわ。
 全部、あいつが悪いのだから。
「え? 誰って……」
 優子の腕にそって、その先に視線をずらしていく。
 そこにも、そのまわりにも、あるはずのあいつの姿がなかった。
「あれ……? 今たしかに、晃と一緒だっ……」
 どうして? さっきまで、すぐ後ろにいたじゃない。晃。
 優子に呼ばれたから、先にきちゃったけれど……それでも、信号がかわらないうちに渡ってこられるわよね?
 ううん。たとえ渡れなかったとしても……。
 どうして、どこにもいないの?
 わたしの視界の、どこにも。
「え!?」
 そこまで言いかけて、わたしの言葉は優子のその言葉にさえぎられた。
 それに、首をかしげてみせる。
 すると、優子は顔を真っ青にして叫んだ。
「そんなことあるわけないよ! だって、晃は二年前のあの日……っ」
 だけど、そこまで言いかけて、慌てて口をふさぐ。
 ばっと両手で覆い。
 同時に、そこに集まっていた同窓生たちも、一斉に会話をやめて、わたしたちに注目していた。
 どこか、苦しそうな表情を浮かべて。
 優子はそんな彼らを一瞥して、ばつが悪そうに口をひらいてくる。
「あの日、卒業式の日、あの後、帰宅途中に、二つ向こうのスクランブル交差点で、あいつ、信号が赤なのに気づかずに車道に出て、それで車にはねられて……。だから、今日来れるはずがないのよ。――あんた、知らなかったの?」
 みんなが、一斉にわたしから視線をそらしていく。
 誰もが、わたしとは目を合わせられないと。
 誰も口にしないけれど、その理由がわかるから。
 あの日、卒業式の日といえば……。
 誰の目にもとまるくらい激しく、わたしたちが喧嘩した日。
 そして、そこから導き出されるものは――
 晃は、わたしとの喧嘩のせいで……。
 ゆっくりとうなずくと、今それを告げた優子ですらも、すいっとわたしから視線をそらしていく。
 まるで、知らせなくていいことを知らせてしまった……というように。
 この場に、重苦しい沈黙が落ちてくる。

 待って……。
 その交差点、さっきわたしがあいつに助けられた……。
 じゃあ、さっきまでわたしが会っていた晃は……?
 あの場に晃が現れたのは、偶然じゃなかった?

 ――体の中を、おぞましい何かが、嵐が駆け抜けた。


 同時に、わたしはそのまま走り出していた。
 後ろの方で、慌ててわたしを呼び止める、元クラスメイトたちの声などかまわずに。
「って、美夏! あんたちょっと待ちなさいよ! どこにいくつもりよ!?」
 悲鳴に似た、優子の声が頭をすり抜けていく。
 どうするって、そんなの決まっている。
 晃の家に行くんじゃない。
 そして、真偽のほどをたしかめるのよ。
 そんなことあるはずないわ。
 だって、わたしはたしかに、さっき晃と再会して、そして抱きしめられてキスをした。
 あのぬくもりは、決して偽物なんかじゃなかった。
 二年前と同じ、優しいぬくもりだった。
 よく知る、晃のぬくもりだった。
 殺したって死なないようなあの馬鹿が、そう簡単に死ぬはずないじゃないっ!
 もし、本当に死んでいたとしたら……あんたの墓前で、大笑いしてあげるわよ。
 何ともあんたらしい、格好悪い死に方だってねっ!


 ――ごめん。晃……。
 嘘よ。嘘。
 さっき言ったこと、全部嘘なの。

 あの時に、時間も心もとまって……一歩も歩き出せなかった。
 だって、今でも晃を思うだけで、こんなに胸が苦しくなるんだもの。
 そんな思いを抱えたまま、他の人に恋なんて……できるわけがない。
 だから……嘘なの。
 さっき言った言葉。
 本当は、わたしも、あんたとわかれたつもりなんてなかった。
 だから、本当は嬉しかった。
 あんたも、同じ思いでいてくれたのだとわかって。
 でも……わたしも相変わらずで、素直じゃないから。

 わたしも、今でもあんたのことが好きなの。
 二年間、忘れることなんてできなかった。
 だけど、あんたからの連絡はまったくなくて……。
 それに、わたしは意地っ張りだから、絶対に自分から折れるなんてしたくなかったから……。
 だから、不安だけが、苦しみだけが募っていったの。
 そしてそれはもう、わたし一人の胸にはしまいきれなくなってしまっていたの。
 そんな時、あんたがわたしの前に再び現れたから……。
 本当は、その胸にすがりつきたかった。
 でも、できなかったの。
 怖くて。
 二年間、あんたはわたしに連絡一つよこしてくれなかったから。
 だから、もう嫌われてしまったのだと。

 だけど……つまりは、そういうことだったの?
 わたしに連絡一つよこさなかったのは……しなかったのじゃなくて、できなかったから?
 そうとは知らず、わたしは二年間、ずっとあんたのことを……。
 ごめん。ごめん。
 謝るから。たくさんたくさん、謝るから。
 だから、こんな喧嘩したまま、わたし一人おいていかないで。
 幽霊でも何でもいいから、さっきみたいに、またわたしの前に現れて……。
 そして、仲直りして。
 もう恋人に戻れなくてもいいから、喧嘩したままでお別れだけは嫌。
 わたしは、今でもこんなにあんたを思っているのだから。


 ――二十分後。
 わたしは、住宅地の中にいた。
 そこには、二年前まで、わたしがよく通っていた家がある。
「な……なんで……?」
 はあはあと荒い息をして、ぽつりとつぶやいていた。
 目からはぼろぼろと涙がこぼれ、見れた顔じゃない。
 もう、あちこちぼろぼろよ。
 それなのに、どうしてこの男は――
「やっぱり来たか」
 なんて、にやにや笑って、わたしを見ているの?
 『皆部(みなべ)』の表札がかかった、その家の前で。
 冬の淡い陽光に包まれて。
 どうして、あんたがそこに立っているの? 晃。
 皆部晃。
 二年前、喧嘩別れした、わたしの恋人の名前。
「や、やっぱりって……!? っていうか、あんた死んだのじゃ!?」
 ずびしっと晃に指をさし、大声で叫ぶ。
 頭の中は、除夜の鐘のようにゴーンゴーンといっているけれど、そんなのは無視。
 思考が停止したままだって、これだけはわかるわ。
 だって、優子のあの口ぶりだったら……。
「勝手に人を殺すなよ。俺、二年前から二十分前まで、意識不明」
 どこか不敵に微笑みながら、ゆっくりとわたしへ近づいてくる。
 っていうか、ちょっと待って。
 二十分前まで、意識不明って?
 二十分前といえば、ちょうど優子からあんたのことを聞いた時で……。
 じゃあ、その言葉が本当だとすれば、あのスクランブル交差点で、わたしを助けることなんて、晃には無理……よね?
 だとしたら……あの時の晃は?
 間違いなく、あれも晃だったはず。
 まさか、魂だけが抜け出して……とかそんなホラー?
 でも、わたしはたしかに、あんたのぬくもりを感じていたのよ?
「で、意識が戻るとすぐに、病院を抜け出してきた。お前はやって来ると思っていたから」
 くすくすくすと意地悪く笑いながら、するっとわたしを抱きしめる。
 抱きしめられた瞬間、もう何もかもがどうでもよくなってしまった。
 あの時の晃は何だったのか、とかそういうものすべてが。
 ……どうでもいい。
 こうやって、また晃に触れることができるのなら。
 まだ混乱する頭で、それでも晃に抱きしめられていると、この男ってば、何ともこの男らしい戯言をはいてくれる。
 耳元で「きっと、今頃、病院では大騒ぎだろうな? 意識不明の患者が消えたあ〜って」なんて、おかしそうにささやく。
 ぎょっと晃を見つめると、やっぱりにやっと意地悪く微笑むだけ。
 だけどすぐにその顔は優しくかわっていき……今までみたこともなくらい、あまい笑みをわたしに落としてきた。
 二年前の晃からは、とうてい想像もできない優しい微笑み。
 ぎゅっと、もう少しだけわたしを抱く腕に力をこめて。
「言っただろう? 俺は、わかれたつもりはない。もう絶対、はなさないから。――二年間、寝ている間、ずっとお前の夢だけを見ていた」
 そうやって、繰り返し繰り返し、何度もキスを落としてくる。
 これまでの二年間分、取り戻すかのように。
 それに、わたしも身をゆだねる。
 やっぱり、あの時の晃も、晃だったのね。
 そして、あれはきっと……この時を、告げていたのね。
 大嫌い≠ヘ、終わりじゃなくて、通過点。


 わたしの時間と、晃の時間が、またともに歩き出す。
 とまっていた時間が、再び動き出す。


未消火恋心 おわり

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update:04/12/26
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(C) Sayaki