ペテンプリント
ペテン師

「まったく、好感度ナンバーワンの学校一の人気教師が、聞いて呆れるわね? 猫を被っていやがったのね?」
 インチキ教師高瀬昂弥に担ぎ上げられ、そのまま教官室の中へさらわれ、わたしは今ここにいる。
 詐欺師高瀬昂弥と向かい合うように、くるくるまわる事務用の椅子に座らされている。
 これ以上ないというほど顔をゆがめ、あてつけがましく言ってやった。
 するとこのペテン師、思った通りに反応を返してくれる。
 にやりと微笑み、ずいっと前のめりになって、わたしに迫ってくる。
 その目が、怪しく光り輝いている。
「俺も……。学校一の才女がびっくりだね。教師にそんな口のきき方をするとは」
 高瀬は嫌味ったらしくそう言うと、ふうとわたしの耳に息を吹きかけた。
 その瞬間、何とも言えない気持ち悪さに、びくんとわたしの体が反応する。
 ぶぶぶぶぶと、鳥肌が体を駆け抜けていく。
 何を考えているのよ、このくされ教師。
 普通する!? こんなこと。こんなセクハラ行為!
 さすがは、ペテン師だけのことはある。
 ――と、妙に納得……。
 できるわけないでしょう!
 そうだった。この男は普通じゃなかった。普通の教師じゃなかった。
 インチキ教師だったのよ!
 それにしてもむかつくわね。
 本当に気持ち悪いからやめてよね、耳にふう≠セなんて。
 もちろん、耳じゃなくてもやめてよね。
 それにしても、勘違いもはなはだしい!
 たしかに、その辺りのわたしが嫌いとする人種の上位に位置するキャピキャピ娘さんたちなら、きゃあとか叫んで喜ぶところだろうけれど、わたしにとっては気持ち悪いことこの上ない。
 嗚呼、思い出しただけでも、鳥肌が……。
 まったく、だから必要以上にモテる男は嫌いなのよ。
 この超勘違い、調子のりまくり男!
 あんたは、何様のつもりだ!?
 俺様なのは態度だけじゃないのね!?
 よーくわかったわ、このインチキ教師!
「おあいにくさま。わたしはあなたのことを、教師だなんて思ったことは一度もないから」
 ずいっと乗り出された高瀬の体をぐいっと押し返しながら、これ以上ないというほど汚らわしく言ってやった。
 それに、これは事実。
 どうすればペテンな現代文を教える奴を、教師だなんて思えるというのよ。
 けれど、この男、軟弱かと思っていたら、結構胸板があるかもしれない。だって、さっき押し返した胸が……。
 ああもうっ、だから、何を考えているのよ、わたしは。
 まったくもう。こんな男のことなんて、考えるなというの!
 たしかに顔はいいかもしれない。
 だけど、性格は最悪じゃない。予想していたように。
 わたしだって、ペテンな現代文さえなければ、このインチキ教師のことを、そんなに嫌いには思わなかったわよ。そう、ペテンな現代文さえなければ。
 ――いや、やっぱり嫌っていたかもしれない。
 ううん、絶対に嫌っている。
 だって、こうして一緒にいるだけで、やっぱりチキン肌になっちゃうんだもん。
 それってつまり、体全部で嫌っていて、受けつけないということでしょう? 問答無用で拒否反応を示しているということでしょう?
 このインチキ教師に対して。
「お? それはまた大きくでましたね、南川楓花さん」
 わたしの言葉に、高瀬はとても愉快そうにそう言った。
 しかもさらりと。まったくこたえたところなどないというように。
 そう、楽しんでいる、こいつ、この男。 
 わたしが憤るのを見て、楽しんでいるのよ。
 きいっ。むかつく男ね、本当!
「それで? 君はどうしてあんなところにいたのかな? 校舎裏などというところに」
 高瀬は急に鋭くわたしを見つめ、射抜くように、言い逃れなどさせないというように、真剣な眼差しを向けてきた。
 ……この男、やっぱりペテン師だ。
 どこからどう見ても、極悪極まりない。
 しかも、右腕をつかまれているから、逃げられない。
 というか、セクハラよ、これ。セクハラ反対。
 セクハラ教師高瀬昂弥の腕を払いのけるべく、ぶんと右腕を振り上げた。
 そして、右手に持っていたあの風に飛ばされたプリントを、ずいっと高瀬の顔におしつける。
 プリントなんて、ずっとずっと握り締めていたものだから、しわしわのよれよれになっちゃっていたけれど。
 でもまあ、いいわ。
 だってこのプリント、ペテン教師が用意した、ペテン現代文のペテンプリントなんだもの。
 今思えば、どうしてこんなペテンなプリントを懸命に追いかけていたのか、自分がわからない。
 こんなもの、なくなっても、わたしには痛くも痒くもなかったはず。
 むしろ、今すぐ破り捨てたいくらい。
 ……そう、いくらペテンな宿題プリントだからといっても。
 宿題でも、こんなものに取り組む必要などない。だって、ペテンなんだもん。
 こんなペテンプリントさえなければ、今わたしはここにいることはなかったのにと思うと、悔しくてたまらない。
 くうー。何もかも、このインチキ教師のせいよ!
「これよ。これが風に飛ばされたから取りに来ていたの。そうしたら見ちゃったわけよ、あなたの裏の顔」
「それはそれは、また運がいいね」
 ペテン教師のペテンな笑顔が、おしみなくわたしにそそがれる。
 にっこりと、極悪な笑みをたたえている。
 ――運がいいわけがあるかっ。このペテン師!
 裏の顔、まさしくそうだった。
 普段の生徒のことを思っていますよーな笑顔なんて、インチキもインチキ。インチキすぎて笑っちゃうくらいインチキだったのよ。
 裏では、こんな極悪な本性を隠していたのだから。
 裏では、お子様の相手も疲れるよなーと、舌打ちするような教師なのだから。
 しかも、けっこうな俺様と見た。
 けっこうどころじゃなく、根っからの俺様。
 さすがは、超金持ちのおぼっちゃま。
 将来を約束された、金持ち男。
「ええ、最高にいいわね。この下がないというくらいに、最高に運がいいわ!」
 高瀬につきつけていたペテンプリントを、あてつけるように、わざとぐしゃりと握り締めた。
 手の甲に青筋なんか立てちゃうくらいに、思い切り怒りを込める。
 本当、最高に運がいいわよ。
 どう探したってこの下がないというくらいに、ある意味最高にね!
 高瀬の奴、握り締めたプリントを見て、「あーあ」なんて声にならない言葉をもらした。
 結局、まったくあてつけになんてなっていないということ。
 ……むかつくっ。
 そして――。
「かわりのプリント、あげようか?」
 などと、高瀬はいけしゃあしゃあと、何事もなかったかのようにさらりと言う。
 ――殴りたい。殴り倒したい。この男、インチキ教師高瀬昂弥、二十六歳!
 というか、こんなペテンな宿題プリント自体出すなっていうの!
 どこかの芸能人が、私生活を赤裸々に告白した暴露本の宿題プリントなんて!
 ペテンどころか、その神経を疑うわね、まったく。
 健全な高校生に、そんな不健全なものを読ませるな!
 この学校の風紀を率先して乱しているのは、間違いなくこのインチキ教師に他ならないわね。
 その地位を利用して、好き放題してくれちゃって。
 かわりのプリントをあげようかと言いながら高瀬が取り出してきたプリントは、普通のプリントだった。
 普通の文法プリント。
 ……どうして?
 きょとんと高瀬を見上げると、奴はにやりと微笑んだ。
 もちろん、ペテンな微笑み。
「他の奴らには、ちゃんとこのプリントを渡したんだけれどねー。南川の反応が面白くて、つい意地悪しちゃった」
 ぺろりと舌を出して、高瀬はさらりとそんなことを言った。
 当然、その目はわたしをからかって遊んでいるといったふう。
 な、な、なんて教師なのよ、この男!
 さすがはインチキ教師ね!
 せっかくだから、陰険というおまけもつけてあげちゃうわよ!
 ――やられた。
 たしかに、おかしいとは思っていたのよ。
 だって、今回に限って、一人一人プリントを手渡ししていたのだから。
 きいー。そういうわけだったのね、このインチキ教師!
 ……でも待って。
 どうして、わたしにだけこれを?
 面白いからという理由だけで、こんなことをする? 
 いくら普通じゃないインチキ教師が考えることだからって、ここまで意味がない理解不能なことを、普通する?
 まるっきり、訳がわからない。
 このインチキ教師、ますます胡散臭い。
 ぷんぷんと、インチキ、ペテンの臭いがにおってくる。
 さらにおまけに、いかさま、八百長のオプションもつけてあげよう。
 差し出された文法のまともなプリントを奪い取り、これ以上ないというくらい憎しみをこめて、わたしは高瀬をぎろりとにらみつける。
 世界中、どこを探したって、これほどインチキな教師はいないだろう。
 ――絶対。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/01/06