セクハラ教師の罠
ペテン師

「それで、話って何?」
 当然のように椅子にふんぞり返り、見下すようにインチキ教師を見やる。
 わたしには、このインチキ教師とまともに話をする気なんてさらさらない。
 適当に相手をして、あしらって、そのまますたこらさっさと逃げる予定。
 ペテン教師の相手など、この程度で十分。
 しかし、インチキ教師め、そんなわたしを前にして、まるで自分が優位にいるように、わたしなど思いのままというように、にやりと微笑む。
 むきー。なんてなんて、癪に障る男かしら、このペテン師は!
「だから、どうしてそう俺を嫌うのか、一度聞いてみたかったんだよ。――それで、どうして?」
 脈絡なく放たれたその言葉とともに、わたしにずいっと詰め寄り、高瀬は眉間にしわをよせる。
 真剣な眼差しでわたしを見つめてくる。
 そこまで真剣にならなくてもいいんじゃないの?というくらい、真剣で熱い眼差しをわたしに向けてくる。
 やっぱり、変な奴。
 どうしてって、そんなの決まっているじゃない。
 あなたがペテン師だからよ。
 ペテンな現代文を教えるペテン教師だから!
 まったく、この男は。それくらい理解しなさいよ、これまでのことから。
 まがりなりにも、国語教師でしょう?
 ――死んだって認めてやりたくなんてないけれど。
「決まっているじゃない。あなたがめちゃくちゃだからよ。よくそれで教師と名乗れるわね」
 はあと大きくため息をもらし、面倒くさそうに答える。
 当然、あてつけがましく。
 すると高瀬は、「ふーん」とつぶやき、そしてにやりと笑う。
 ――まったく通じていない。わかっていたことだけれど。
「やっぱり、南川はいいな」
 今まさにけなしてやったのに、高瀬はさらにはそんなことを言って、右手をわたしの頬にひょいっとのばしてくる。
 避けようとしたけれど、一瞬の遅れをとり間に合わなかった。
 悔しい。……自分の運動神経のなさが。
 どうやら、この男には、皮肉というものはまったく通じないらしい。
 嫌味もあてつけも何もかも。
 まったく、なんて男よ。
 これではもう、無敵のペテン師じゃない。
 どこをどうとれば、皮肉の答えがいい≠ノなるのかとは聞いてはいけない。
 そんなことを聞いては藪蛇になる。
 ますます理解不能になる。この男の言葉もこの状況も。
 即座にそう判断し、その言葉はぐっと飲み込んだ。
 ……恐らく、その判断は間違っていないだろう。
 いや、絶対に間違いであるはずがない。
 何しろ相手は、完全無敵に俺様極悪ペテン師なのだから。
 高瀬はわたしの頬に手を触れ、そのままぐいっと自分の方へ引き寄せる。
 同時に、わたしの顔は、またしても高瀬の胸へとダイブ。
 ダイブしたそこでは、高瀬の心臓が、どくんどくんと早鐘を打っていた。
 ……何故?
「やっぱり、してよかった。間違っていなかった」
 またしても、何の脈絡もない言葉がわたしの耳に降り注ぐ。
 甘くあたたかい吐息とともに、耳元でささやかれていた。
 心臓の音よりも小さくかすれたような声で、高瀬はそうひとりごちていた。
 怪訝に思い、高瀬の胸の中から、思わず高瀬を見上げる。
 すると、高瀬はわたしの視線に気づき、少し困ったように微笑んだ。
 それは、わかっていて欲しかったのにと、わたしを少し責めるような微笑。
 どうしてわかってくれないの?とも言っているよう。
 ……むかつく。
 どうしてわたしが、高瀬のことをわからなきゃいけないのよ!?
「なんだ、お前、気づいていなかったのか? あのプリント」
「あの……プリント?」
 あのプリントって、もしかして……?
 語尾は疑問形だけれど、わたしの中では断定できていたかもしれない。
 あのプリントとは……。
 そう、わたしの人生が終わる原因を作ったあのペテン宿題プリント……のことよね? 絶対。
「お前なら絶対、あれを持って、俺に抗議をしにくると思っていた」
 そう言って、高瀬はにやりと微笑む。
 だけど、その微笑には、これまでのような嫌味なものはなかった。
 むしろそこには、少しの切なさと苦しさがこめられている。
 ――まさしくその通りだから腹が立つ。
 風に飛ばされるプリントを追いかけ迷い込んだ校舎裏。
 あの時、風にプリントが飛ばされるまでは、それを持って、高瀬に物申しに行くつもりだった。
 これは一体、どういうことだと。
 もう我慢ならない。一度でいいから、まともな授業をしろと。
 じゃないと、わたしは一人でだって高瀬の授業をボイコットするぞと。
 そう喧嘩を売りに行くつもりだった。
 いや、せめて、まともな宿題を出せ、だったかもしれない。
 あまりの怒りのためにもう忘れてしまったけれど、とにかくわたしは高瀬に文句を言いに行くつもりだった。
 ――悔しい。
 結局のところ、そんなわたしの行動など、高瀬にはお見通しだったということ?
 腹が立つ。
 ペテンでインチキ教師なくせして、そこだけは妙によみが冴えている。
「高瀬、それって……」
 ごくっとつばを飲み込む。
 今想像してしまった自分の考えが、間違いであればと願いを込めて。
 言い当てられてしまったわたしの行動と同時に、わたしの頭によぎったある事実。
 それは、とんでもない事実。
 だけど、あながちはずれてもいなさそうな事実。
 でもでも、それだけはあって欲しくない。それだけは……。
「お前と、こうして二人きりで話したかった」
 ――大当たり。
 的中してしまった。よりにもよって、そんなことが。
 でも、どうして?
 いつも汚らわしそうに高瀬をにらみつけていたから、その仕返しをしようとでも思ったとか?
 だって高瀬、思っていた通り、本性極悪だったし。
 相変わらず怪訝な眼差しを向けていると、高瀬はやれやれと肩をすくめた。
 そして、再びわたしの頬に高瀬の手が添えられる。
 切なそうな熱い眼差しが降り注がれた。
 ――ちょっと待って。
 本気で待って。
 こんな急激な展開、ありですか?
 さすがに、頭が切れる、回転が速いと言われるわたしでも、ついていくのがやっとよ?
 だから、待て。
 とにかく待て。
 ことごとく待て。
 とことん待て。
 こんな高瀬、今まで見たことがない。
 こんな真面目な高瀬、今まで見たことがない。
 こんなのってこんなのってこんなのって、まるでまるでまるでー!
 そう思った瞬間、わたしの体はびくんと震えていた。
 ばっと高瀬を引き離す。
 そして、次第に高瀬から遠ざかっていこうとする。
 だけど、それは高瀬が許してくれなかった。
 震えても、遠ざかろうとしても、その度に高瀬へ引き寄せられる。
 広げているはずのその距離が、わたしの意思など無視して、甘い香りとともに縮められていく。
 とうとう完全に引き寄せられ、あたたかな吐息がわたしの耳にかかった。
 同時に、ささやかれていた。
「好きだよ……」
 そんな信じられないとんでもない言葉を。
 ――待て。
 とにかく待て。
 何がなんでも待て。
 それって、かなりまずいですよ。
 わかっていますか? インチキ先生。
 それは、世間一般でいうところの、禁断の恋というものですよ?
 大丈夫ですか?
 あなたはまがりなりにも、認めたくないけれど、一応は教師。多分、教師。
 まあ、この場合、恋には進展しないけれど。
 だって、わたしの答えは決まっているもの、「ノー」!
 とにかく「ノー」! とことん「ノー」! 何がなんでも「ノー」!
 ふざけるなっていうの!
「はいはい。冗談はやめて、この手をはなしてよ。将来有望、学校一の人気教師の名が泣くわよ」
 ぷいっと高瀬から赤くなった顔をそむけ、ぶっきらぼうに言い放つ。
 さすがにね、わたしだって顔が赤くなっちゃうわよ。
 いくら大嫌いな奴とはいえ、こんなことを言われたら。
 これも嫌がらせの一環かもしれないと思っていても。
 どこをどうとれば、そうなるのかとつっこみたいところ。
 高瀬の手をぐいっと引きはなそうと試みる。
 その瞬間、ぎゅっとすごい力で腕をつかまれ、強引にまた引き寄せられてしまった。
「ちょ……っ! 痛いじゃない。はなし――」
 その痛さと強引さに、高瀬に物申してやろうときっとにらみを入れる。
 その瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃に見舞われた。
 いや、雷にうたれたような、いやいや、この世の終わりに直面したような衝撃に襲われた。
 だってだってだって、こいつ、この男、このインチキセクハラ教師……!!
「これでわかっただろう?」
 高瀬は少しむっとしたような顔をして、じっとわたしを見つめる。
 ぺろりと唇をなめながら。
 その目はちょっとわたしを責めている。
 そして、また抱き締められた。
 今度は、さっきみたいな強引なものじゃなくて、優しく包み込むように。
 甘い香りに包まれる。
 わたしは、さっきの衝撃で、もう抗うことができなくなっていた。
 ただ高瀬の胸に顔をうずめ、呆然とするしかできなかった。
 ふるふると小刻みに体を震わせる。
 だって、このセクハラ教師――。
 こいつ、この男、このインチキ教師。
 よりにもよって、奪いやがったのよ。わたしのファーストキス!
 ずっとずっと夢見てきた、ファーストキス!
 ファーストキスは、極上の王子様と最高のシチュエーションでと決めていたのに!
 それを、その夢を、この男は、こうもたやすく打ち砕いてくれた!
 こんな蒸し暑い放課後の国語科教官室なんて最低な場所で、これまた最低なペテン師のために、わたしの夢は無残にも散った。
 絶対に許さない、この男!
 理事長の孫だか学校一の人気教師だか知らないけれど、していいことと悪いことの区別もつかないの!?
 この破廉恥教師!
 高瀬がしたことは、犯罪よ!
 こいつ、この男、絶対にいつかぶん殴ってやる!
 そう決意した瞬間、わたしの意識など関係なく、それは見事に達成されていた。
 仁王立ちで威圧的に見下ろすわたしの足元に、頬をおさえ、目をすわらせた高瀬が座り込んでいた。
 とても不服そうに、わたしを非難するように見つめている。
 ……この場合、非難するのは当然わたしの方だというのに。
 きいー!
 乙女の夢、ファーストキスを返しやがれー!
 こんのインチキ教師!
 ――というか、もしかして、はじめからこのつもりで、鍵をかけたとか?
 ……最低。
 やっぱりペテン師だ。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/01/16